出し惜しみをしない弊害
戦いが終わったあと、隊商の頭らしい男は青い顔のまま何度も礼を言ってきた。
だが、討伐依頼料そのものは受け取らないことになった。というより、そもそも依頼なんて受けてないからな。
こちとら善意でやっただけ……というと、冒険者の仕事を舐めた言い方になってしまうけど、レオンたちを助けるためには必要なことだった。
重要なのは、俺たちはあくまで通りがかりで、正式に護衛を請けたのは『街道の守護剣』だってことだ。そこを曖昧にしてはいけない。
「その代わり、グレイマウルは持ってけ」
そう言ったのはレオンだった。
「共同討伐だけど、助けられたのはこっちだ。せめて獲物くらいは譲らせろ」
「いいの?」
「金を気にしない人助けってのも時には必要だが……後輩たちにタダ働きさせるだなんて、先輩としての沽券に関わるってもんだ」
というのが『街道の守護剣』の主張だ。
――軽く言っているが、譲るにはあまりに高価な獲物だ。
グレイマウルは高く売れる。毛皮も牙も爪も、それなりの値が付く。だからこそ、レオンがそれを丸ごと譲ってきた意味は軽くない。
「それならありがたくもらうよ」
「おうよ! 小僧がいるんだから、運べるだろ。隊商のオヤジには荷車の使用権くらい請求してやれ」
ということになり、荷車を借りることになる。
グレイマウルから護衛代がたったそれだけということで、隊商のオヤジは恐縮しきっていた。
「任せたよトビー。私達も後ろから押すくらいはするからさ」
「おうさ! 凄腕荷役士のトビー様に任せろって!」
元気に返事を返すトビー。
実際、そこから先はトビーの独壇場である。
グレイマウルを一体ずつ積み、縄で固定して街まで運ぶ。
そうしたら解体場へ回し、また戻る――ひどく地味だが、戦いという命のチップの掛け金を本物の金に換えるには必要なことだ。
エステルの支援術があるからまだマシだが、もしなかったらトビーがいたとしても厳しいだろうな……。
そう思いつつ、皆で協力してグレイマウルを解体場まで三往復して運ぶ。
「今日は、軽く流すだけのはずだったのに……まさかこんなことになるとはなぁ……」
「しっかりしてください。魔法を使わない場合の膂力はこの中で一番上なのはハルトなのです。荷車を運ぶという意味では、重要な戦力なのですよ」
というように、ハルトをリゼが叱咤激励する。
リゼの言うことはもっともで、戦闘の時に出す瞬発力と、こういう荷運びは相性が悪い。
「男として頼りにされるのが荷運びの時だなんてな。村にいた時の事を思い出すぜ」
ハルトはそんな軽口を話しながらも、気合を入れて荷車を押している。
どうやら頼りにされることが素直に嬉しいらしい。
戦闘での決定打の役目を褒められることは役割状多くないだろうし、その気持ちは分かるぜ。
とはいえ……流石に三往復ともなれば疲れ果て、ハルトは無心で荷車を押すだけの機械と化している。
俺とリゼ、そしてナギもくたくた。体力的に元気なのはエステルくらいだが、支援術を使いすぎて精神的に疲れているのは見て取れる。
まあ、トビーだけは元気いっぱいだから、なんとかなったけどな。
そうして運び込むこと三回目。解体場は相変わらず血の臭いが濃かった。
というか、どんどん忙しくなっているようで、いつもなら対応してくれるアントン親方は仕事に出ずっぱりだ。
受付も慌ただしく、討伐証の確認待ちで人が詰まっている。
「……混んでるね」
「混んでる、じゃないよ。詰まってる」
俺がそう言うと、エステルが嫌そうに顔をしかめた。
ただ待つだけの時間は、いくら疲労回復を兼ねるといっても嫌なものだ。
最後の一体を運び終え、買い取りの精算と討伐証の確認まで済ませた頃には、空はだいぶ赤くなっていた。
ギルドの受付で討伐証を換金して、くたくたになりながらもギルドホールで一服しようとしていたところ――ちょうど『街道の守護剣』の面々がギルドへ入ってきた。
「ずいぶん疲れているようだな」
「グレイマウル三体だからね……こうもなるよ。そっちは?」
「隊商護衛の最後の仕事が終わって、情報集めも兼ねて不味い酒を飲みに来たんだが……」
レオン、マレナ、フィン、それにミレイ。
全員が渋い顔をしながらギルドホールや受付を眺めている。
「……こりゃ、想像以上だな」
レオンが低い声で呟いた。
……無理もない。ホールの中はいつもの喧騒こそあるが、明るさがない。
視界には傷を負った冒険者が腕に包帯を巻いている光景や、受付前では荒っぽいやり取り、そして昏い顔でテーブルに屯する冒険者たち。
いつもの明るさはどこかに消え、今は陰鬱な空気がホールの中を支配していた。
「リーネの話は聞いてたが……ここまでか」
「でしょ?」
俺たちは空いていたテーブルへ移って、二つのパーティーで向かい合うように座った。
ボルクも少し離れた受付からこっちを見ていた。
どこかほっとしたような雰囲気から、手練れである『街道の守護剣』が戻って来たことに安堵しているようだ。
「まさかのグレイマウルだもんな。奴が街道に出るくらいなんだから、推して知るべしってところか?」
最初にそう切り出したのはフィンだった。
「こうなりゃ俺達の仕事も一時中断だ。街道護衛の需要は高まるだろうが、ホームであるグレインフォールをこのままにしてはおけんからな」
レオンもそう言うと、マレナとミレイがすぐに頷く。
「同感だね」
「グレイマウルを狩れるパーティーとなると、我々の力が求められるのは確かでしょうね」
どうやら今後の方針が決まったらしい。
街道護衛を優先して受けるパーティーがそう判断するってことは、やはり今が緊急事態なんだと強く意識させられる。
「レオンさんがいてくれれば心強いですよ」
「まーな。しかし、ハルトもやるようになった。グレイマウルをとどめまで持っていくのは、槍使いとして成長している証だぞ」
「いやぁ……俺なんてまだまだ」
そんな雑談をしながらも、今後の動きや街道の警戒、商人たちの動きの話がひと段落した頃――。
「そういやさ」
フィンがこっちを見た。
「リーネが突っ込んだグレイマウルだが、また妙に取り乱してなかったか?」
その疑問に、レオンも思い出したように頷く。
「前に合同で森の中でグレイマウルを討伐した時も、似たようなことがあったな。――リーネ、お前さんの剣はたまに魔獣をおかしくするよな」
レオンの問いは、それだけなら軽い調子だった。
けれど、目は少しだけ探っている――ような気がする。
それに対して俺は肩をすくめた。
「たまたまでしょ。動きの噛み合わせが良かっただけだよ。顔を攻撃されるのが嫌な個体だったんじゃないの?」
「そういうもんか? こちとらそんな経験はないけどな」
「そうは言っても、それくらいしか思い浮かばないよ」
ここは笑って返すしかない。
俺の言葉を受けて、フィンは「ふうん」と半分だけ納得した顔をし、レオンもそれ以上は追及してこなかった。
マレナとミレイは興味深そうに俺を見るのみ。
……疑われている? というほどじゃないけど、違和感を彼らが感じているのは確かだ。
正直言って、内心は穏やかじゃない。精神操作は禁忌の術だからだ。
とはいえ露見するとは思っていない。あの程度で見抜かれるとは思えないし、相手は人じゃなく魔獣だ。
でも、これは良くない兆候だよな……。
違和感に気づく奴が増えれば、いずれ勘のいい誰かが、知識の線を繋げるかもしれない。
だから本来なら堂々と見せびらかしていいものじゃない。けど――。
……今日みたいに街道まで敵が溢れてくるなら、そんなことばかり言ってもいられない。
隠して済むならそれに越したことはない。けど、隠してるせいで誰かが死ぬようなら、本末転倒にもほどがある。
これが出し惜しみしないことの弊害。それでも――いざとなれば使うしか選択肢はなくなる。
――その選択肢があるってことが、贅沢な悩みってのは分かるけど、なんとも言えないなこれは。
そんなことを思いながらも、レオンたちと今後のことについて打ち合わせを進めるのだった。




