表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

80/98

高級住宅街の湯

「今日はもう討伐はなし。だから……今から風呂、行かない?」


 俺がそう言った瞬間、テーブルに突っ伏していたハルトが、のろのろと顔を上げた。


「風呂……?」

「しかも高級住宅街にあるやつだって。ギルドが手を回したらしい」

「は?」


 トビーが、椅子から転げ落ちそうな勢いで身を乗り出す。


「高級住宅街って、あの貴族様が住んでるあそこか!?」

「そうだよ」

「オレらが入っていい場所じゃねぇだろ!」


 その反応はもっともだ。エステルも、話を聞いた瞬間から露骨に落ち着かなくなっていた。


「ちょ、ちょっと待って。そういうところって、服装とか作法とか、色々あるんじゃないの?」

「あるみたい。態度がなってないと追い返されることもあるって」

「……平民が入れるの? 服装も作法も、どっちも無理じゃない?」


 エステルは最初から諦めたように言った。横にいるナギは何も言わないが、目だけは明らかに泳いでいた。


「服装は平民の服でも、みすぼらしい格好じゃなければいいらしいよ。作法にしたって、私とリゼの後ろについて来るなら、従者って扱いにできるかな?」

「従者か」


 その言葉を聞いて、ハルトはなるほどと頷いた。


「いいなそれ! リーネの従者ってことになれば、ただの平民と違って箔が付くぞ!」


 まあ、こういう発想にはなるよな。

 貴族の従者になるってのは、別に悪いことじゃない。貴族のお庇護下に入るってことでもある。


「リンデベルク家の息女であるリーネ嬢と守護騎士、リゼ・アイゼンヴァルトのお供って感じ? 形式上、リゼはまだ私の供廻りみたいなものだっけ?」

「リンデベルク家に仕えているということになっているはずです。なので、概ね間違いないと思います」


 となれば、平民組は俺たちの従者扱いにできなくもないか。


「対等な形でパーティーを組んで、パーティー名までそれを表すようにしたのに。皆はそれでいいわけ?」

「いいだろそれで。リーネとリゼの性格はよく分かってるし、時と場合によっては従者扱いでも、エステルもそう思うよな?」

「兄さんの意見に賛成。リーネお嬢様に仕える女中? 下女? それとも僧侶? なんでもいいけど、面倒なことが起きたら守ってくれるんでしょ?」

「私も……リーネさんの従者ならいいよ」

「リーネ姉ちゃんの従者ねぇ……ま、悪くはないかな。荷役士としては、貴族相手に売り込みをかけることもある。となれば、その時に名のある貴族家に仕えていたとなれば、それこそハルトが言う以上の箔がつくってもんだぜ」


 皆はわりと前向きだった。


「必要な時は従者扱いでいいでしょう。リーネなら、調子に乗ってパーティーの和を乱すようなこともないでしょうからね」


 リゼの意見を聞いて、ならいいかと納得する。


「それなら私の従者扱いでいいか。最低限の身だしなみだけ整えれば、入れるはずだよ」


 そんな話をしたあと、俺たちはギルドを後にした。

 

 準備を済ませて高級住宅街へ向かう。

 石畳は綺麗に掃き清められ、灯りは柔らかい。建物はどれも静かで、庶民の区域みたいに、あちこちから怒鳴り声や笑い声が飛んでくることもない。

 さすがの俺も少しだけ背筋が伸びる。


「なんか……歩いてるだけで怒られそうなんだけど」


 トビーが小声で呟く。


「静かにしろ。お前が一番怪しい」

「ハルトにだけは言われたくねぇよ!」

「俺は黙ってればまだそれっぽいだろ」

「どこがだよ!」


 小声の言い争いに、思わず苦笑する。男連中はなんだかんだ余裕がある。それに比べたら、エステルとナギには若干の緊張が見られた。


 やがて、目的の建物が見えてきた。

 ――大きい。だが、派手ではない。

 石造りの上品な建物で、入口の周囲には余計な飾りが少ない。そのぶん、逆に格を感じる。


「ここ……?」


 エステルが、ほとんど囁くように言う。


「……そのようです」


 リゼがボルクから渡されていた簡易地図を見ながら答えた。


「じゃあ入ろうか」


 受付へ向かうと、店の人間が一度こちらを見た。その視線に、平民組の背筋がぴんと伸びる。


「本日は、ギルドの慰安利用で」


 俺がそう伝えると、受付係は俺の顔を見て、それからリゼへ視線を移した。


「お名前を」

「リーネ・リンデベルクです」

「リゼ・アイゼンヴァルトです」


 その名を聞いた瞬間、相手の目つきがわずかに変わる。露骨、というほどじゃない。だが、変わったのは丸わかりだった。


「……どうぞ、ご利用ください」


 その一言に、後ろで誰かがほっと息を吐いた。たぶんエステルだ。

 中へ通されながら、トビーが小声で漏らす。


「……生きた心地しねぇ」

「びびりだなトビーは。リーネの従者なんだから胸を張ってればいいんだ」

「馬鹿か、ハルト? 従者が胸を張ってどうするんだ?」


 そんな男連中の軽口を聞きつつ入っていくと、内部はさらに静かだった。

 部屋ごとの個別浴槽に区切られているようで、大衆浴場みたいなざわめきはない。


「愛人との逢瀬にも使われるわけだね」


 俺がそう言うと、エステルがぎょっとした顔になる。


「そういうところなの!?」

「声が大きいよ」

「あっ……ごめん」


 エステルがしゅんとなってしまったが、うるさいのは厳禁だからな。


「別に気にすることないよ。個室だしね。そういう声は聞こえてこないはず」


 そう言えば、エステルは顔をしかめながらも頷いた。

 そこで何かを思いついたのか、ハルトが難しい顔で俺に話しかけてくる。


「今日は混浴はよしてくれ……普通に湯に浸かりたい」

「同感。リーネ姉ちゃんたちの裸は、休むには目に毒だ」


 ハルトとトビーは、どうやら男同士で気楽に入りたいらしい。

 さらにナギが遠慮がちに口を挟んだ。


「……私、男の人と一緒は、ちょっと……」


 声は小さかったが、はっきりしていた。


「じゃあ分けようか。金はあるからね。個室を二つ借りよう」


 ということで、男湯と女湯というくくりで部屋を借りる。俺たちは二手に分かれて、女湯にした部屋へ向かった。

 脱衣所で服を脱ぎ、浴室へ入る。その瞬間、エステルが入口で固まった。


「……広っ」

「おお……」


 ナギまで感嘆の声を漏らす。

 石造りの床は湯気でほんのり霞み、浴槽は一つひとつが下手な宿の部屋より広い。湯には香料が入っているらしく、湯気に甘く柔らかい匂いが混じっていた。


「これ、風呂っていうより……なんだろうね」

「……すごい」


 エステルとナギは圧倒されていた。


「……かなり金が掛かってますね」


 どうやらリゼも同じらしく、わりと本気で驚いている。

 

「こりゃ凄い、貴族でもなかなかこういう風呂には入れないよ」

「……の割には、動じていないじゃない」


 驚いている皆を無視して、体を洗うスペースで石鹸を使っていると、エステルから突っ込みが入る。


「これくらいは想像できるでしょ。驚くようなものじゃないし、私が一番乗りだね」


 さっさと体を洗って、浴槽に沈む。

 湯の温度は温めかな。でも、風呂に慣れていないエステルとナギにはこれくらいがいいだろう。

 鼻腔をくすぐる匂いも相まって、かなりリラックスできそうだ。


「二人とも。固まっていないで体を洗って入りなさい」

「分かった」

「うん」


 リゼにそう言われて、エステルとナギも体を洗う。それを俺は、ぼーっとしながら見つめていた。


 ――リゼの身体は見慣れているからいいとして、やはりエステルとナギも良い体をしているな。


 二人とも、胸の大きさという意味では大したことない。エステルはぺったんこ寄りだし。

 しかし――腰回りがいい。安産型か……。そこには、女の持つ曲線美というものがあった。

 さらには丸出しの下半身……それを見てムラムラ――は、今はさすがにしないけどな。


 ここはハルトとトビーの意見に賛成だ。今は、こうして湯にゆっくり浸かるのが正義だぜ。


「あっ……いいお湯……」


 湯に入ったエステルから、そんな声が漏れた。リゼとナギは何も言わないが、その顔つきから考えていることは同じだろう。


 それからは無言だった。

 熱すぎもせず、ぬるすぎもしない湯に肩まで沈めているだけで、張っていたものが少しずつほどけていく。

 甘い香りの混じった湯気も心地いい。何も考えず、この温かさに身を預けているだけで十分だった。


 どれくらい浸かっていたのか分からない。湯から上がる頃には、全員すっかり茹だっていた。普段は鉄面皮のリゼでさえ、顔が緩んでいる。

 個室を出てロビーまで来ると、男連中はゆったりと椅子で休んでいた。ハルトが俺たちを見つけ、開口一番に言った。


「……天国だったぜ」

「分かる」


 トビーまで真顔で頷く。


「……もうしばらく働きたくねぇ」


 あまりに実感の籠った声だったが、単純な仕事量で言えばトビーが一番だろうからな。


「残念だけど、そうもいかない。森から魔獣を外に出すわけにはいかないよ」

「リーネ姉ちゃんは真面目だな……。オレだって分かってらぁ! 言ってみただけさ!」


 そのやり取りで、緩んでいた気分が少しだけ現実に引き戻される。

 こういうところは、冒険者っぽくなったなと感じるな。

 

 風呂屋から出た後は、トビーと別れて、三羽雀亭へ戻る。

 その頃には、すっかり日が暮れて、もう夜になろうという時間だった。

 誰も彼も、少し眠そうにしている。


「この極楽気分も今日までか」


 ハルトが欠伸混じりに言った。


「明後日からまた討伐だもの。準備もあるし、しょうがないわ」


 エステルが残念そうな顔つきで、そうこぼす。

 実際、明日は武具の整備や、ちょっとした連携の調整をする予定だ。休みとはいえ、本当の意味では休みとは言えない。


「それならなおのこと、今日は休むことを楽しもう。豪華な飯でも、マルタさんに作ってもらおう」

「賛成!」


 俺の提案に、全員が賛同する。

 休める時にこそ、大いに休む。それが、冒険者の在り方ってもんだろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ