盗賊のねぐら
翌日の早朝。
グレンツを離れて、例の隘路へやってきた俺たちは、街道を外れて北側の森へ足を踏み入れた。
朝日によって照らされているはずの木々だが、その影は濃い。葉が光を吸って、空の青さが遠くなるようだ。
乾いた土に踏み跡がつき、靴底が沈む。枝が袖を引っかけ、湿り気のある匂いが鼻に残る。
街道の匂いが背中のほうへ消えていくのが分かった。
そんな中で、先行したのは斥候であるフィンとナギだ。
二人は森に溶けるみたいに音を消して、あっという間に視界から消えた。
残された俺たちは、息を落として、ゆっくりと前進するしかない。
何かあればすぐに斥候組は戻ってくることになっているが、緊張感漂う中で待つのは堪える。だが、今はそれが最善というものだろう。
――実際に、クラウスは何も言わないしな。情報を得てから動く。そういう取り決めだ。
先頭を行くクラウスのゆっくりとした足並みに、迷いはないようだった。
歩き方に無駄がなく、思ったよりはお喋りだと思った男の姿は、ここにはない。
今は嘘みたいに閉じている。
そうして――どれだけ進んだか分からなくなりそうな頃。
前方に影が揺らめいた。それは斥候組のようだ。
フィンとナギが戻って来た。
「見つけた。盗賊共のねぐらだ」
フィンが短く言い。それをナギが頷いて補足する。
「砦……みたいな場所。昔の、使われなくなったやつだと思う」
……砦か。
盗賊のねぐらって言葉を使っていたけど、思ったよりも規模が大きい。
砦ってのは人間同士の戦に使われるものだからな。そこに盗賊が住みつくってのは最悪の組み合わせだ。
「どのような砦なのか説明しろ」
クラウスの指示に従うように、フィンが懐から紙を取り出した。
それは砦の簡単な見取り図を描いたもののようだ。
「森の中の開けた場所だな。そこに崩れかけた石壁が残ってる。単純な四角い囲いで、外壁はかなり頑丈な入り壁だと考えてれく。ただし、見張り台みたいな高いところはすでに朽ちているから、その目線を警戒する必要はない」
ナギが砦の内部に指を重ねる。
「焚き火の匂いがした。干した肉みたいな匂いも。気配からして食事かな? ただし、推測した通りに数はそれほど多くない。十人を超えるか超えないかだと思う」
「出入り口は北と南で、門だった名残がある。それと、西側の壁が崩れていて、そこからも出入りできそうだ。今分かるのはこれくらいだが、騎士様ならどうする?」
フィンの問いを受けて、クラウスは、描かれた形をじっと見つめる。
そして答えが出た。
「計画を変更する。包囲は要らん。これなら出口を塞げばいい。北は『街道の守護剣』が押さえろ」
指示を受けて、レオンが頷く。
「了解です。北口は俺たちが塞ぎます」
クラウスは次に西側の崩れた壁の絵を指で弾くように示した。
「西は『鍛鉄の剣鉈』が押さえろ。崩れた壁というのなら、賊がそこから逃げ出しても一度に相手となる数を減らせるはずだ。新人冒険者に任せるにはここしかない」
その視線を受けて、俺達はクラウスに頷いた。
「南から俺が入って行って、賊を殲滅する。だが、背中を守るために一人はいてほしいな。正面切って戦うなら囲まれても勝つ自信はあるが、飛び道具があればやっかいだ」
「分かりました。それならリゼを付けます。クラウス兄様の背中を守るには、十分な実力のはずです」
そのように提案すると、クラウスは首を横に振った。
「リゼはお前たちのパーティーの要だろう? もし西側から例の手練れが逃げてきてみろ。そいつに対処できる奴が必要になる。新米冒険者だけでそいつと戦うには荷が重い」
「それは確かに。なら誰を?」
「リーネ。お前だ。お前が来い」
突然の指名に、驚きながらも納得をする。
その理由は確かにあった。
「私がナイフ投げ――飛び道具を使えることを期待するってことですね?」
「そうだ。『街道の守護剣』のフィンも短弓は使えると聞くが、斥候の力は砦の中の戦いよりも、打ち損じた賊の追撃に使いたい。そうなると次点でリーネということになる」
そこで言葉を区切り、クラウスは真っ直ぐな目で俺を見つめた。
「父上が冒険者になることを認めたのだ。少しは使える――と、期待するが、どうだリーネ? 俺の背中を守る気概はあるか?」
そこで父親を出されるのも困る……が、まあいいさ。
確かに俺は夢想魔剣の習得をしたことで認められた。あの時に披露したのはそよ風を吹かす程度だ。
しかし――俺が編み出した技は『マインドブロウ』。こいつを使えば盗賊が相手となれど渡り合える。
それに加えて付け焼き刃だがナイフ投げもあるんだから、ここは自信を持ってもいいだろう。
「――ある。主な役割はクラウス兄様を飛び道具から守ることですね? それにいざとなったときは自分の身は自分で守ること……いけます」
「いい返事だ。背中は任せる」
クラウスは俺の答えに満足したらしい。頷き返して、次を決める。
「となると、西の押さえはリーネが抜けることになる。その代わりにナギ――君がその穴を埋めろ。どのみち西側にも斥候はいた方がいいからな」
「分かった。私も西に行く。『鍛鉄の剣鉈』の皆さん。――よろしく」
その言葉を受けて、リゼとハルト、そしてエステルが頷いた。
前衛はリゼができるから、パーティーバランスとしても崩れていない。臨時パーティーという点以外の問題はなさそうだ。
「支援術士も両方のパーティーでいるというのがいい。もし賊の手練れとの戦いになっても、一撃でやられるということもあるまい。いくら騎士でも支援術かけられた冒険者を相手にするのは厄介だからな。そうだろ? リゼ」
「クラウス殿の言う通りです。私はエステルの支援があるなら相手が騎士であっても勝てるだけの自負があります。北口についても、レオンやマレナをミレイが援護すれば、そう簡単にやられることはないでしょう」
それは俺たちに自信をつけるための言葉なんだろう。
特に北口を守る『街道の守護剣』の面々の顔に自信が満ちるのが分かった。
不安はあるだろうけど、それでも戦う気概が見て取れる。
「決め事はこれくらいだな? 今が飯時というのなら、そこに踏み込めばさらに有利だ」
北口は『街道の守護剣』。西の崩れた壁のは『鍛鉄の剣鉈とナギが担当する。
そしてクラウスと俺が南から突入――戦いの方針は、これで決まった。
「それでは配置につけ。北口まではフィンが仲間を案内しろ。俺と『鍛鉄の剣鉈』はナギに案内させ、その後に分かれる。では行くぞ」
クラウスがそう言って、皆が動き出す。
『街道の守護剣』は迂回するような形で、その砦の北側に。
ナギが行き先を示して、俺達『鍛鉄の剣鉈』とクラウスが南口と西の壁の崩れた地点へ。
無言で歩くと、その砦の南の入り口が目に入ってくる。
確かに森の中の開けた場所だ。歩哨もおらず警戒はされていない。
その中を空へ登る煙が見えた。あれが食事を今まさにしているという証拠というものだろう。
「三十数える。そうしたら突入するからそれまでにリゼたちは西へ行け」
クラウスはそう言って、数を数え始めた。
同時にリゼたちとナギが西に向かうが、最後に一度だけパーティーメンバーと顔を合わせる。
ハルトが力強く頷き、エステルは祈るような仕草をしながら、真剣な目で俺を見ている。
リゼはこちらを一瞥するだけだが、そこにあるのは信頼だろう。同じようにリゼの目を見て頷くと、軽く微笑みを浮かべた。
最後にナギと見つめ合い、酒を飲むようなジェスチャーをした。それを見たナギは同じようにジョッキを呷るような真似をする。
――これでいい。準備は整った。
それぞれが、配置に向かって歩いていき、時間も同時に過ぎていく。
クラウスの数える数字が、ついに規定の数に到達すると、無言で砦の南口に向かって歩き出した。
俺はクラウスの背中を追う。
そして、ついに砦の遺構の南の入口にたどり着いた。
今は壁を遮蔽物にして身を潜めているけど、中から賊らしき者の声が聞こえてくる程度には、距離が違い。
クラウスが足を止め、俺の方を振り向いた。
「怖いか?」
「怖いよ」
即答する。
初めて人間同士の戦いをするんだ。怖いに決まっている。
それを聞いて……クラウスは微笑みを浮かべた。
「それが正しい。人と戦うのは、いつだって怖いものだ」
そう言って、南の入口へ踏み出した。
その背中に続く――俺たちの姿を砦に巣食う賊の目線に晒しながら。




