作戦会議
足を失った冒険者が、寝台の上で浅くうめいていた。
隅には、布をかぶせられた人影が三つ。
金創医が血の付いた器具を水桶で洗い、薬草の束を片づけている。
血と薬草の匂いが、むっと鼻を刺した。
その天幕の入口で、クラウスが立ち止まる。
「ここか。治療は終わったようだな。――医師殿。重傷者はこの者だけか?」
「はい。重傷者はこの者だけです。あとは、重傷者だった者たちが三人ばかり……」
金創医がちらりと視線を送った先が、布をかけられた一角だった。
人型が三つ。考えるまでもなく、あれは死者だ。
陰鬱な空気が天幕に満ちる中、クラウスはそれを押しのけるように淡々と問う。
「無傷や軽傷の冒険者もいるんだな?」
「はい。……ですが」
医師が言い淀んだところで、クラウスが促す。
「遠慮なく言え」
「……皆、かなり参っております。仲間を失った者も多くて。今、盗賊の話などを持ち出すのは……」
「冒険者だろ。今は甘えている暇はない。宿はどこだ?」
正論だが、容赦がない。
けれど、誰も反論はしなかった。必要なことだと分かっているのだろう。
「……大通り沿いの『灰樫亭』です」
前に泊まった宿の名だ。
確かに冒険者が休むには悪くない宿だった。
「『灰樫亭』は知っている。教えてくれて感謝する」
クラウスはそれだけ告げると踵を返し、さっさと歩き出した。
「行くぞ、冒険者」
乱暴なくらいの強引さだが、今はその勢いがありがたい。
俺たちは素直にその背中を追い、灰樫亭へ向かった。
灰樫亭の扉を開けると、真昼の広間で一人の男が酒をあおっていた。
冒険者だろう。ジョッキを無理やり喉に流し込みながら、目だけが乾いている。
そんな光景を横目に、クラウスはまるで気にも留めず宿の中を進む。
カウンターの向こうで帳面を付けていた中年の店主が顔を上げた。
「騎士様? それに、あんたらは……ロブ隊商の護衛の連中か」
それを受けて、クラウスが短く名乗る。
「王国第二騎士団所属、クラウス・リンデベルクだ。盗賊討伐の件で話がある。盗賊とやり合った冒険者に声を掛けてくれ」
その言葉に、酒を飲んでいた冒険者の肩がびくりと震える。
「は、はあ……分かりました」
店主は慌てて二階へ上がり、廊下でドアを叩きながら声を張り上げた。
「おい! さっきの隘路で襲われた連中! 王国騎士様がお見えだ! 話があるってよ!」
木戸を叩く音が二度ほど響き、それから階段のきしむ音が続いた。
吊り革で腕を吊った男。頭に包帯を巻いた女。外傷はないが顔色の真っ青な若い男と、同じく無傷の、小柄な少女。
ぽつぽつと、疲れ切った目をした冒険者たちが広間に降りてくる。
そしてあの酒を飲んでいた冒険者も近くに寄って来た。
「集まったな」
クラウスは窓際の空いたテーブルに立ち、全員をぐるりと見渡した。
「襲われた隊商の護衛冒険者たちだな」
数人が黙って頷く。
「先に言っておく。これは命令じゃない。依頼だ。盗賊のねぐらを突き止めて、一気に叩く。そのために、君たちのうち何人かの協力が欲しい」
広間の空気が、さらに沈んだ。
「……冗談きついぜ、騎士様」
腕を吊った男が、苦笑とも自嘲ともつかない声を出す。
「こっちはさっき、仲間を三人失ったばかりだ。違うパーティとはいえ、よく一緒に組んだ連中だった……。そいつらが、あっさり殺されたんだぞ。いくら金を積まれても、もう一回同じ場所に戻る気にはなれねえよ」
その悲痛な声に、クラウスは一瞬も揺れなかった。
「強制はしないと言ったはずだ。仇を討ちたい奴だけ来ればいい。やる気のない奴は、邪魔だ」
突き放すような言い方なのに、声は思ったよりも静かだった。
だからこそ、拒絶された冒険者たちの足が、自然と引いていく。酒を飲んでいた男は、ジョッキの置いてあるテーブルに戻る。
そんな中で、腕を吊った男が俯いたまま呟く。
「……俺たちは遠慮する。悪く思わないでくれ、騎士様」
酷い言い草をしたクラウスに反論はない。
いくら相手が騎士とはいえ、多少は言い返してもこのような場では角は立たないはず。
それでも、そんな気力や元気というものが、まるで残っていないのだろう。
顔を背け、一人、また一人と階段を上がっていく。
このテーブルに残った冒険者は、俺たち『鍛鉄の剣鉈』と『街道の守護剣』、それから──。
「……あの、その」
テーブルの隅で、小さな影がそっと手を上げた。
フードを目深に被った、小柄な少女だ。
「私はナギ……です」
か細い声が、広間に落ちる。
「私は行きます。……仲間の仇を討ちたいから」
弱々しい声なのに、不思議と揺れはなかった。
「斬られた三人は全員……私の仲間でした。私は斥候していて、逃げ回っていたから無傷で帰ってきたんです……」
懺悔のような声。
それでもナギと名乗った少女は、一度もクラウスから目をそらさない。
クラウスは黙って彼女を見つめた。怒りでも哀れみでもない。
ただ、何かを測るような目で――。
「ふむ……」
とだけ、軽く息を吐いてから、今度は俺たちに視線を向ける。
「斥候なら無理に戦う必要はない。むしろ、使い勝手はいいだろう。君たちはどう見る?」
「うちにはこのフィンが斥候をやれます。それとリゼもできますが、元騎士の腕は前線で振るってほしいですな」
レオンがそう言ってリゼを見やり、それからナギに視線を移す。
「斥候が二人いれば、動きやすくなるのは確かです」
レオンの言葉に、クラウスが頷く。
「いいだろう。ナギと言ったな? 君には斥候を任せる」
「は、はい! 頑張ります!」
「安心しろ。仲間の仇は俺が取ってやる。敵のところまで案内してさえくれれば、歯向かう奴らは全員あの世行きだ」
言葉だけ聞けば傲慢そのものだ。
だが、クラウスの顔には、まるで気負いがなかった。
必ずそうなる――ただ事実を述べているだけ、そうとしか思えない声だった。
「では作戦会議だ。椅子に座れ。……と言っても、ちょっとしたすり合わせだけだがな」
クラウスが先に席につき、俺たちもそれに続いて椅子を引く。
「まだ君たちのことはよく知らん。順番に役目と得意分野を教えてくれ」
『街道の守護剣』と『鍛鉄の剣鉈』が、それぞれどこまで戦えるかを手短に伝えていく。
それを聞き終えたクラウスは、頷いてから手短に告げた。
「斥候組はフィンとナギ。前衛のさらに前方を歩き、索敵を担当する。……ナギ、敵はどちらから来た?」
「北側です。私は南側の斥候をしていましたが、そっちからは何も……。それから、引いていったのも北側だと聞いています」
「陽動でねぐらが南側にある可能性も否定はできんが、とりあえず北側から調べる。二人とも頼んだぞ」
フィンとナギが、同時にこくりと頷いた。
「前衛で戦える者たちは両翼に展開する。盗賊を包囲するように輪を閉じる形だ。多少の打ち漏らしはあっても構わん。半分以上を仕留めれば十分だ」
「それは構いませんが、敵の数はどうだか知れませんぜ?」
レオンの疑問は、俺の不安でもある。
数ってのはそれだけで戦力になるからな。
「盗賊と言っても、それほど数はいないはずだ。魔獣の森の中で大所帯を維持することは難しい。維持できるというのなら、それは魔獣を狩って糧にしているということだろう? それなら冒険者になったほうがマシだ。腕の立つ前科者の集まりって言うのならその前提は崩れるが……まあ、まずないだろう」
なるほど……それはそうだな。魔獣を狩れるから冒険者は冒険者をやっている。
逆に言えば、狩れないから人間を襲う盗賊なんてやっているんだろうからな。
それにレアケースについて過剰に考えても仕方ない。腕自慢の前科者の集まりって、なんだ? って感じだからな。
俺たちが自分の話を理解したと見るや、クラウスは俺達を見回し、こう言った。
「リゼは別格としても、君たちも十分強い。例の手練れ以外には苦戦もしないだろう」
それは俺達の自信をより強固にしてくれる言葉だ。
王国騎士からそう言われて、喜ばない冒険者はいない。
レオンを筆頭とする、俺を含めた前衛はその言葉に勇気を貰えた。
リゼだけは淡々としていたが、そこには元王宮騎士という自負があるから当然だろう。
さらにクラウスは続ける。
「それに、包囲網を敷くのは例の手練れとやらを見つけてからだ。それまでは無理に仕掛けるな。それなら、少しは安心できるだろう?」
「……まあ、はい。しかし、想定通りにいかなかった時は?」
「無論、その時は逃げろ。戦う必要はない。自分と敵の力量差くらい、立ち会えば分かるだろう? いざとなれば自分の命は自分で守れ。それが冒険者だ」
ひどい言い方だが、正論だ。
命の線引きは、自分でやるしかない。
「一番いいのは、敵に発見されずにねぐらを見つけることだ。その場合はさっき言った通り、緩い包囲を布く。その後で俺がねぐらに突入する。君たちは輪の隙間から逃げ出す盗賊を叩け」
「腕の立つ賊が逃げてきたら?」
レオンの問いに、クラウスが肩をすくめた。
「その時も逃げろ。手練れ相手に無理をする必要はない。君たちに期待しすぎるほど、俺たち騎士は物好きじゃない。……というか、期待されても困るだろ?」
皮肉半分、本音半分というところか。
それでいて、役割と逃げ道ははっきり示しているあたりが、ずるいほど手慣れている。
「――とまあ、方針はそんなところだ。細かい動きについて何か質問は? 詰めるだけ詰めておこう」
そこから先は、細かな合図の確認や、距離感のすり合わせだった。
長時間ではないが、今までで一番、血の匂いのする作戦会議だった気がする。
やがて話はまとまり、出発は明日の早朝に決まった。
そうなれば、今日やることは決まっている。
部屋に戻り、武具の手入れをし、矢や包帯などの消耗品を確認する。
腹に軽く物を入れたら、なるべく早く横になって体を休める。
討伐前日の一日は、そうして段取りと準備だけで、ほとんど埋まっていった。




