クラウス・リンデベルク
銀髪の騎士――クラウスは、眉をぴくりと動かした。
「……声も、顔つきも、確かにリーネだが」
じろじろと遠慮なく、上から下まで見られる。
記録上は家族でも、俺にとってはほぼ他人だ。そんな相手に凝視されると、どうにも心がソワソワする。
「病弱で、手を引いてやらないと階段も登れなかった、あのリーネが……剣なんぞ下げて冒険者?」
「心機一転して、体を鍛えて元気になりました。今じゃ体力には自信があります」
「それは私が保証します。厳しい剣の稽古にも文句一言なしに付いてこれましたから」
横からリゼが補足した。
精神操作でのズル込みだから、胸を張れる話でもないけど、外から見ればそういう評価になるのだろう。
そんなリゼの言葉を聞いたクラウスは、ようやくふっと口元を緩めた。
「……なるほど。あの頃の暗い顔も、どこかに消えたか」
緊迫した空気の中で、一瞬だけ兄らしい、柔らかい表情が浮かぶ。
その温度を感じたところで――。
「騎士様……ご家族との出会いというのは承知します。ですが、今は盗賊のことをお考え頂けたらと……」
部屋の隅に控えていた町役人が、おそるおそる口を開いた。
気まずいが、優先されるべきはそっちだ。俺はクラウスを見て、こくりと頷く。クラウスもすぐに顔を引き締めた。
「ああ、悪いな。盗賊についての詳しい話を、最初から頼む」
そう言って会議卓の中央に立つ。役人がその横に並び、向かい側にはロブと、包帯姿の商人が座っている。
俺とリゼ、レオンたち冒険者は、その少し後ろに控える形で話を聞く。
「では、改めまして……」
被害商人が、巻いた腕を押さえながら隘路での襲撃について説明した。
小隊規模の盗賊。森からの包囲。手慣れた動き。そして――護衛の冒険者が、一瞬で崩されたこと。
「それは腕利きだな。少なくとも正規騎士並みの実力がある」
クラウスが短く評価する。
「はい。そいつが動いた瞬間、前衛が三人まとめて倒されました。それであとは総崩れです……」
「この話はリゼも聞いていたんだろう? どう思う?」
「元騎士の線が濃いですね。多数を相手取る戦い方は、騎士団の訓練で叩き込まれます。正式採用か、なり損ないかはともかく、正規の訓練を受けた者でしょう」
「だろうな」
クラウスは即答した。すでに何かの確信があるような口ぶりだ。
「除隊した騎士が裏稼業をやるのは珍しくない。この場合はさらに堕ちて盗賊なんぞやっているようだが……並みの冒険者では歯が立たないのは当然だな」
それを聞いて、部屋の空気がさらに重くなる。
元騎士まがいの盗賊など、商人にも役人にも最悪の存在だ。
「盗賊出没の話そのものは前からそこそこあったが、この森ではここ最近だな?」
クラウスは卓上の地図に指を伸ばし、例の隘路をなぞる。
「私はそのように聞いております。お前はどうだ?」
「俺もだ……警戒はしていたが、自分がその対象になるとは思わなかった」
「我々としても同じです。過去の盗賊出没の事例から、そこが危ないということだけは理解していましたが、こうも酷い被害が出るとは……」
商人たちと役人の言葉を受けて、クラウスは少しだけ目を伏せる。
そして顔を上げ、淡々と持論を組み立てた。
「一度襲った場所から、そう遠くには動けんさ。戦利品は保管も輸送も必要だが、盗賊なんて後ろ暗い連中は堂々と荷車で街道も走れない。今ごろ、近場のねぐらに運び込む算段をしているはずだ」
「やはり、そうなりますか。となると、盗賊のねぐらが近辺にあるということでしょうか?」
レオンがそう尋ねる。
「その通りだ。馬車の荷をすべて奪ってはいないにせよ、かなりの量がある。遠くまで運ぶ手間を考えれば、必然的に行き先は絞られる」
同意を確認するように周囲を見回すクラウス。誰も反論はない。
それを良しとして、彼はあっさりと言い切った。
「なら簡単だ。盗賊の拠点を突き止めて、その手練れとやらを斬る」
あまりにもあっさりと言うものだな……。
続きがありそうなので、黙って耳を傾ける。
「強さ自慢が頭をやっている盗賊団なんて、頭を落とせば瓦解する。あとは逃げ散るのを叩くだけだ。強奪された荷も、多少は取り返せるだろう」
自信満々の声音に、ロブと商人仲間、役人たちの表情に期待の色がにわかに灯る。
「な、何とも頼もしいお言葉……!」
「さすが王国騎士殿……!」
場の空気が少し明るくなりかけた、その時だ。
「ですが、騎士様」
レオンが、そこに楔を打ち込むように口を挟んだ。理解はしているが、納得には至っていない顔だ。
「いくら騎士様であっても、包囲の輪に一人で入っていくのは危険です。襲撃には飛び道具を使ったという話はありませんが、持っていないと断定はできない。そして、そのねぐらを探すのも別の問題になります」
レオンの言う通りだ。
ねぐらの位置は分からないし、投石だって飛び道具だ。用意しようと思えばいくらでも用意できる。
「レオンに同意します。そしてクラウス兄様は腕に自信がおありのようですが、それでも一人で向かって行ってどうにかなるようには思えません」
口を挟むと、クラウスはあっさり頷いた。
「それは分かっている。だから――」
俺の言葉に同意をして、そこで区切り、俺たち冒険者をぐるりと見回す。
「冒険者の力を借りる。盗賊の頭と戦うのは俺だ。君たちは斥候と、雑兵の相手をしてくれればいい」
もともと盗賊に対処するために護衛として雇われている身だ。
筋は通っているのか? だが、現実的な問題が一つある。
「……それは構いませんが、報酬の問題がありますね。護衛の契約はグレインフォールまでです。討伐は別の仕事になります」
レオンが、困ったように正論を口にした。
命懸けの仕事でただ働き、なんてあり得ない。
「もちろん、分かっている」
クラウスはそれも想定済みらしく、胸元から革の小さな冊子を取り出した。ぱらぱらとページをめくりながら続ける。
「俺はそこそこ実績があってな。冒険者を臨時に雇用し、後払いで報酬を払う権限がある。現金払いではなく――」
指先で一枚の紙片を軽く弾いた。
「証文を切る。王都に戻った時に、騎士団の詰所で換金できる方式だ」
なるほど、そういうやり方か。
王国騎士の署名入り証文なら、信用という意味では申し分ない。
「なるほど……しかし、詰所は王都アルトハインにしかありませんよね?」
レオンはなおも慎重だ。
「俺たちはグレインフォールの冒険者です。また王都まで出向くのは、正直あまり現実的では……。仕事の都合でいつになるか分かりません」
……ごもっとも。往復するだけで日数も金も消し飛ぶ。
「その件なら、私が!」
そこへ、ロブが勢いよく身を乗り出した。
「私が冒険者に報酬を支払う。騎士様が切った証文は、すべてこちらで預かりましょう。そして、私が王都に商用で出向いた際に、騎士団詰め所に提出して清算する。それでよろしいですかな?」
クラウスは少し目を細めてから、短く頷いた。
「問題ない。詰め所で商人に支払うのも許可されている。証文の名義を隊商主に切ればいいだけだ」
「ありがたい話です」
レオンが、ほんのわずかだが肩の力を抜いた。
『街道の守護剣』の面々も小さく頷いている。
「というわけだ。君たち冒険者には、斥候と前衛の分担を頼みたい」
「分かりました。俺たちの力で良ければ、全員で参加させてもらいます。リーネたちもそれでいいよな?」
「もちろん。先陣ってわけでもないしね。私も参加するよ。皆もいいよね?」
いくらリーダーといえど勝手には決められない。
一応、確認を取る。最初に応えたのはリゼだった。
「元騎士として、盗賊を放置することはできません。――むやみに身を危険にさらす気はないですが、クラウス殿との合同作戦というのなら話は別です」
「それは、まあ、そうだな。騎士様のお力になって、平和のために戦うのも冒険者ってもんさ」
ハルトが険しい顔をしつつも頷き、エステルも唇を噛んだまま小さく「うん」と呟いた。
「よし。流石に俺一人じゃ苦しいからな、これで戦力が整った。九人もいればなんとかなるだろう。だが、まだ戦力はいるはずだ」
クラウスは窓際へ歩み寄り、外に見える救護用の天幕を眺める。
あそこには、襲撃された冒険者たちがいるはずだ。
「怪我人はともかく、無傷の奴もいるだろう? 一応、襲撃された側の冒険者からも志願者を募ろう。数は多いほどいいからな。使える者だけで編成すればいい」
そう言うや否や、踵を返す。
「襲撃された一団がいる場所まで案内しろ。志願者を集めて、またここで作戦会議だ」
「は、はい! こちらでございます!」
役人が慌てて先導に立つ。
クラウスは躊躇いもなく、その背中を追う。
「君たちも来い。冒険者諸君!」
そう言われ、俺たちも急いでその後に続いた。
どんどんと話が進んでいくが、それがクラウスのリーダーシップなのか、単に場慣れしているだけなのかは分からない。
どちらにせよ、頼りになるのは確かだ――そう思っていると。
「……くっそうぜえ。さっさと斬って、王都に帰るぞ俺は……なんでこう貧乏くじを引くのかねぇ……」
すぐ前を歩くクラウスの背中から、ぼそりと小さな声が漏れた。
思わず吹き出しそうになるのを、ぐっと堪える。
さっきまでの頼もしげな『王国騎士様』はどこへやら。中身は、面倒ごとを全力で嫌がる男だったようだ。
――カッコつけた騎士様より、こういう人間くさいところがあるほうが好感が持てる。もっと色々話してみたくなった。
胸の奥の緊張と、妙な安心感が、少しだけ入り混じる。
盗賊のねぐらを叩きに行く作戦会議が、こうして動き出した。




