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リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


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帰り道に異常あり

 グレンツまでは、拍子抜けするくらい何もなかった。

 道は乾いていて、馬の足取りも軽い。途中の林から魔獣の気配を感じることもなく、空は高く晴れている。


 ――予定通りと言えば、予定通り。


 ただ、俺の中では、ここから先で何かがおかしくなる……そんな予感が頭を離れない。

 その違和感を抱えたまま旅は順調に進み、いくつか宿場町を抜け、ついに盗賊が出没したというグレンツまで戻ってきた。


「……静かだな」


 ハルトがぽつりと漏らす。

 確かに、変な静けさだった。往路で通ったときは、通行人の声や荷車の軋む音でそこそこ賑やかだったはずなのに、今は違う。


 人影自体は多い。だが、声の色が違っていた。

 泣き声や押し殺したような呻き。時折、怒鳴り声も聞こえる。

 近づくほどに、そういった音ばかりが耳に入ってくる。


 門の前では隊列が止められていて、先頭にはロブ。側にはレオンも一緒になって門衛から話を聞いていた。

 ほどなくして、レオンが俺達の元へやってくる。


「例の盗賊被害だが……運が悪いことにドンピシャだ。今まさに襲われて、グレンツに逃げ込んだ一団がいるらしい」

「それは……」


 そこから先は言葉が出なかった。返すべき言葉が見つからない。


「とりあえず大人しくしておけ。町には入れる。ロブの隊商は名が通ってるからな」


 そう言ってレオンは持ち場に戻る。

 重い沈黙が落ちる中、列がじわじわと動き始めた。

 町の入口をくぐると、鼻に入ってくるのは血と薬草の匂いだった。


 簡易の天幕がいくつも張られ、その下に人が寝かされている。

 包帯と添え木。それに……血の滲んだ布。


「治療所……ってほどでもないけど、応急処置場ね」


 エステルが小さく呟く。

 金創医が傷口の手当てをしているようで、痛みに顔を歪めながらも必死に治療を受けているのは、俺たちと同じ冒険者たちだった。


 指定された場所まで進んだところで、隊商の列が完全に停止する。

 そこへ、比較的裕福そうな身なりの町人がロブの元に歩み寄った。

 言葉を交わすと、今度はレオンたち『街道の守護剣』を呼び、何やら話し込む。


 やがて、一通りの相談が終わったのか、ロブと町人は町で一番大きな建物へ入っていった。

 『街道の守護剣』もそれに続き――ただ一人、レオンだけがこちらへ向き直る。


「詳しく話を聞くことになった。護衛として、そっちにも同席してほしいってさ。『鍛鉄の剣鉈』には元騎士のリゼがいるからな。知恵を借りたいんだと」


 リゼを見ると、彼女は無言でこくりと頷いた。


「――分かった。行こう」


 レオンの後に続き、俺たちは建物の中へ入った。

 そこは町役場のような場所で、グレンツの行政の中心地らしい。

 通された部屋は会議室。テーブルの上には街道一帯の地図が広げられ、室内には物々しい空気が漂っていた。


「……それで、襲われた場所は?」


 ロブが、包帯を巻かれた男に問いかける。

 身なりからして商人だ。ロブとの距離感から、古い付き合いなのだろう。


「例の隘路だ。グレインフォールから王都に向かう途中……そこでやられた」

「護衛は何人いた? 最近の情勢だ。ちゃんと冒険者を雇っていたんだろう? あの治療を受けている連中がそうか?」

「全員で八人同行していた。食い詰め盗賊くらいなら蹴散らせる腕だ。……だが」


 商人はそこで言葉を切り、喉を鳴らす。


「盗賊にしては、異常なまでの使い手がいた……。そいつ一人に、前に出た三人が一瞬で斬られた。あとは総崩れだ」


 ぞわり、と背筋を冷たいものが撫でた。


 冒険者は『身体強化』を最低限使えるからこそ魔獣と渡り合える。

 魔獣と戦える人間は、普通の人間なんて比較にならないほど強い。

 その冒険者を、一人で、しかも一瞬で三人も――。


「おそらく元騎士……それが一番説明しやすいでしょう」


 リゼが静かに言った。


「お嬢さんは……ただの冒険者じゃないようだな。騎士の関係者か?」

「元王宮騎士です。騎士の強さは、この場の誰よりも知っているつもりです」

「冒険者三人を一度に相手取れる実力は……元騎士以外、考えづらいってことか?」

「いくら高名な冒険者でも、我流では限界があります。一対多の戦闘術の訓練は騎士団では必須項目……その得手である者なら、あり得る話でしょうね」


 リゼと商人の言葉に、部屋の空気がさらに重く沈む。

 騎士が盗賊に堕ちるなんて、本来あってはならない話だ。

 だが、誰も「そんなはずはない」とは言わない。つまり――十分あり得る、という共通認識がこの場にはあるということだ。


 ……前の世界でも、似たようなものだったけどな。

 強盗に精を出す騎士や侍なんて、ごまんといた。


「敵がやばいってのは分かった。それで被害は? 全部盗られたのか?」


 ロブが、話題を変えるように問う。


「半分くらいだ。全部は持っていかなかった……時間をかけるのを嫌がったのか、最初から全部いらなかったのかは知らねえ」

「欲に目が眩んでるってわけじゃなさそうだな……盗賊の玄人か。そんな玄人が街道に居座られちゃ、たまったもんじゃないが」


 ロブは苦い顔で目を伏せる。


 ――再び、沈黙。

 

 この場にいる全員が、口を閉ざして考え込む。

 やがて、ロブがひとつ深く息を吐き、レオンに向き直った。


「さて、これからどうするかだが……護衛としての、お前の意見を聞きたい」


 ここから先は、ロブの隊商の行く末を決める話だ。

 レオンは一拍も置かず、即答した。


「聞く限り、かなり危険だ。今の俺たちの戦力じゃ、被害なしで通り抜けられるって話にはまずならんだろうな。……リゼに訊きたい。元騎士みたいな奴とやり合って、アンタなら勝てるか?」

「戦ってみないと分かりませんが……一つだけ確実なことがあります」

 

 リゼは少しだけ目線を下げて続けた。

 

「実力者同士の戦いは、一瞬で決着がつくことも多い。私の力が及ばなければ、その瞬間に戦力差が極端に広がるでしょう」


 ――勝てるとは、言わなかった。


 つまり、さっき聞いた話が本当なら、リゼでも厳しい相手ということだ。


「……そうか。ロブさん、契約の上では俺たちはグレインフォールまでアンタの指示に従うことになってる。だからあえて言うぞ」


 レオンの表情が、見たことのないほど真剣になる。


「今の話を聞く限り、無事に戻れる保証はできない。荷だけじゃない、命って意味でもだ」


 それは、護衛を請け負う者としての正直な言葉だった。

 冒険者である以上、契約には従う。従わないなら信用を失うからだ。

 だが、それでも「守り切れる」と断言はできない――そういうことだろう。


「命あっての物種か……。そこまで来れば騎士団の領分だな。グレンツに滞在して、解決するまで待つのが常道だろう。稼ぎは減るがな」


 ロブの声には、現実と折り合いをつけようとする諦めが滲んでいた。

 街道護衛で想定している相手は、あくまでも魔獣と盗賊だ。

 盗賊騎士なんて、まるで想定外。


 諦めと共に話がまとまりかけた、その時――。


「おい、王国騎士がグレンツに着いたってよ!」


 扉が勢いよく開き、町人が飛び込んできた。


「何!? すぐにここへお連れしろ! 話をせねばならん!」

「分かった! すぐ呼んでくる!」


 あまりに都合がいい展開だが、だからこそ皆の顔色が一気に変わる。

 沈んでいた空気に、ぱっと光が差したかのようだった。

 しばし待つと、その騎士が入室してくる。

 

「襲われた隊商の主がここにいると聞いたが……」


 初めて聞く声が、部屋の中に響いた。

 入って来たのは、銀色の髪をした騎士だった。

 ところどころに金属板をあしらった軽装の革鎧はよく使い込まれており、無駄のない動きから、実戦の場数が知れる。


 頼もしさを感じさせる姿――だが、一番目を引いたのは顔立ちだった。


 ――似ている。父に。アルベルトに、どこか似ている。


 父の顔を少し若くして、その輪郭を鋭くしたような。

 ただ鋭いだけでなく、どこか陰を帯びた気配を纏わせている男だった。


「あなた様は? 王国の騎士と聞いておりますが?」


 ロブが確認するように問うと、銀髪の騎士は頭をかいた。


「名乗るのが先のほうがよかったか? 王国第二騎士団所属、クラウス・リンデベルクだ」


 その名前を聞いて、思わず背筋が伸びた。

 

 ――クラウス・リンデベルク。

 

 リーネ・リンデベルクの兄の一人。日記の中でしか知らなかった、あの名だ。


「……クラウス殿。まさかあなたがグレンツにいるとは。北の森で魔獣の間引きをしているのでは?」


 隣のリゼが、驚きを隠せない声で問いかける。

 そうだ。ラーク隊長は、クラウスは北の森で間引き任務と言っていた。ここは、そこからはかなり離れているはずだ。

 クラウスはリゼの声に目を細め、彼女のほうを見た。


「……リゼか? まさかこんなところで会うとはな。グリーフェンヴァルト侯爵領の魔獣討伐の応援に呼ばれて、扱き使われてたところだ。双務契約があるとはいえ、王領以外に派遣されすぎだぞ。第二騎士団の使い勝手がいいからって、雑に使い倒していいってわけじゃないだろう。……というか、お前、俺の実家にいるんじゃなかったか? リーネの剣術教師をするって話になってたはずだが」


 な、なんだ。

 最初は寡黙で硬派な騎士かと思ったが、口を開けばわりと饒舌だ。

 リゼが苦笑混じりに肩をすくめる。


「そのリーネが、この子ですよ。今は冒険者をやっています」


 そう言って、リゼがそっと俺の背中を押した。

 クラウスと、真正面から向き合う形になる。

 何と言えばいいのか迷っていると、先にクラウスが口を開いた。


「……本当にリーネか? あの病弱娘が、これ?」


 信じられない、といった目だ。

 無理もない。俺というおっさんが中に入る前のリーネは、病弱で引きこもりがちで、日記の文面もだいぶメンヘラ寄りだった。


 最後に会ったのは一年半ほど前――そのときに二人の兄の活躍を聞かされ、余計に病んだ、と日記にはあった。

 その印象のままなら、今の俺を見て「別人だ」と思うのは当然だろう。


 そう思ったら、緊張していたのが少し馬鹿らしくなってきた。

 ここは、俺として自然に振る舞えばいい。すでに元のリーネはいないのだから。


「はい。私がリーネ・リンデベルクです。クラウス兄様」

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