詰め所と本屋巡り
とんぼ返りってわけじゃないけど、また騎士団の詰め所の前にやってきた。
石塀と見張り台、門の前には槍を持った兵が二人いる。いかにもここから先は軍の領分という雰囲気だ。
「騎士団詰め所に何用だ。名を名乗れ」
兵士にそのように言わると、リゼが一歩前に出た。
「こちらはリンデベルク家ご息女リーネ様。そして私は元王宮騎士のリゼ・アイゼンヴァルトです。リーネ様の兄であるユリウス殿及び、クラウス殿への面会に参りました」
門兵が目の色を変え、一人が奥へ駆けていった。
残されたほうは、さっきよりいかにも丁重な姿勢で立ち直る。
「肩書きって便利だね」
「騎士とはその血筋からなるものです。当然でしょう」
そんな会話をしていると、鎧の音を立てて男が出てきた。
「おう、リゼじゃねえか」
三十前後の、日焼けした顔の騎士だった。
身のこなし方からしてただ者じゃない。武芸の基本の基程度しか知らない俺でも、それが分かった。
「お久しぶりです、ラーク隊長」
リゼが頭を下げた。
それを見て、俺も頭を下げておく。
「王宮で何かやらかして、それで実家に帰ったと聞いたが……元気そうでなりよりだ。何をしたのか気にはなるが――」
「自分の醜聞を公言するつもりはありません。ですが、そうですね……色恋は人を狂わせると言っておきましょうか。ラーク隊長も他人事ではありません」
「馬鹿言え! 女にゃ弱いが狂ってはいねぇぞ俺は! これでも第二騎士団一番隊の隊長だからな!」
会話内容としては結構突っ込んだことを話している。
でも、リゼが何故王宮を離れたのか、その理由を聞いていないけど色恋関係だったか。
……手を出してはいけない女に手を出したか? 何せ俺に欲情するくらいだからな。
まあ、それは置いておこう。
なにせ、ラーク隊長とやらの視線が俺に向いているからだ。
「で、そのお嬢ちゃんが?」
「リーネ・リンデベルクです。リンデベルク家の末子で、ユリウスとクラウスの妹になります」
ドレスでも着てくればスカートの裾を摘んで礼でもしたんだが、今はラフなキュロットだ。
だから膝を曲げつつお辞儀をして、両腕を体の前後に持ってくるという、男がするような礼をした。
すると――ラークは目を丸くした。
「あいつらのか……なるほど、面影があるな」
「本日は、兄たちにご挨拶できればと思いまして。詰め所にいらっしゃるかと」
「悪いが、奴らはいない」
ラークは顎に手を当てて言う。
「ユリウスのやつは王都近郊の兵営の訓練場だ。そこで新人の面倒を見てるからな。そう簡単には抜けられねえ。クラウスは北の森で間引き任務だ。最近は魔獣がうるさいからな」
グレインフォールでは魔獣の姿は落ち着いたってのに、こっちでは出没するってのか。
魔獣の生態は良く分かっていない。そういうこともあるだろう。
「だが、クラウスは明日昼前には戻る予定だ。しかし、道中で何があるか分からんから確約はできん」
「仕事であるなら仕方ありません。そのうえで、お目にかかれればと思っているだけです」
「なら話が早え。面会希望の届けだけ出しておきな。明日の昼頃、もう一度ここに来てみろ。その時間なら、どっちかには会えるかもしれん。駄目なら諦めろ」
「十分です。明日また伺います」
その後は詰め所の中に入り、簡易的な申請用紙に名前と用件を書き入れると、話はあっさりとまとまった。
リゼが隣で補足してくれたおかげで、手続きもスムーズだ。
「世話になりましたね、ラーク隊長」
「おう。元気そうにやっているならいいんだ。また酒でも飲もうや」
「機会があれば、ぜひ」
そんなやり取りを最後に、詰め所を後にする。
石畳を少し歩いたところで、俺はリゼに声をかけた。
「リゼ、私はここから一人で街を回るよ」
「一人で? どこか行きたい場所でも?」
「本屋を回ってみたくてね。王都なら、珍しい魔術の本もあるかなって」
「……なるほど。では、気を付けて行ってきてください。日が暮れる前には宿に戻るように」
「分かってるって」
リゼと別れ、俺は本屋通りを目指した。
表通り沿いの大きめの書店に入ると、紙とインクの匂いが鼻をくすぐる。
「『空想魔術読本』という本を探しているんだけど」
題名を告げると、店主は少し目を細めた。
「ああ、その本か。一度だけ入ったが、それきりだな。今は店に置いていないよ」
「取り寄せは?」
「難しいね。予約も断ってる。なにせ王立魔法研究所の出す本だからな。出回るかどうかは、国の気分次第ってとこだ」
礼を言って店を出る。
二軒目、三軒目、四軒目――返ってくる答えは似たようなものだった。
「名前は聞いたことがあるが、実物は見たことがない。少数発行って話だ」
「研究者筋の本だろ。洒落本とは聞くが、それでもうちの客には重すぎる」
「出版したって実績作りの本って聞いているよ。だから数が出ていないんだ」
王都でもこの扱いなら、地方の町に流れるわけがない。
五軒目は、少し裏通りに入った古い本屋だった。
棚はところどころ軋んでいるが、本の質は良さそうだ。
「いらっしゃい」
白髪まじりの細身の老人が、カウンターの向こうから現れた。
「若い子がこんな本屋に珍しい。教本か物語か、どちらがお目当てかな?」
「『空想魔術読本』という題名なんですが」
その名を出した瞬間、老人の目の色が変わった。
「……また、その本の名を聞くとはな」
さっきまでの軽口が消え、店内の空気が少しだけ重くなる。
「その話し方からして、置いてなさそうですね」
「もし手に入るとしても、入荷はしない。そんな本だ」
きっぱりと言い切られた。これは、何か知っているな。
「理由を、聞いても?」
「王立魔法研究所の研究員――しかも王族筋が書いた本だからだ。看板商品として扱いたい物好きもいるだろうが、あれは王族の醜聞に触れかねん。静かに暮らしたい本屋にとっては、あまり関わりたい代物じゃない」
王族の醜聞。いきなり物騒な単語が出てきた。
本は手に入らないけど、やはり王都に来て正解だったな。
「その研究員の名前、教えてもらうことはできますか?」
「勧めんぞ、お嬢さん」
老人は露骨に顔をしかめる。
「誰が書いたか知れば、余計な好奇心が湧く。王族の話に首を突っ込んで得をするのは、王族自身と、その腰巾着くらいのものだ」
「それでも、知っておきたいんです」
自分でも、無茶を言っている自覚はある。
けれど――あの本が、俺をこの世界に引きずり込んだ始まりだとしたら、知らないふりはできない。
老人はしばらく黙って俺を眺め、それから深いため息をついた。
「……強情なお嬢さんだ」
諦めたように肩をすくめる。
「名は、アーデルハイト・ヴァレンシュタイン。先代王の弟王家から分かれた家の娘だ。あの家は高位魔法使いを多く輩出し、今でも軍の中核を担っているが……当人は魔法の才に乏しかった、と聞く」
老人の声は淡々としていた。
「家の面目もあるからな。行き場のない娘を王立魔法研究所の研究員として押し込んだ――ともっぱらの噂だ。十代の頃から研究所に出入りして、今は二十代半ば、だったか」
「ずいぶん詳しいですね」
「少々王宮に伝手があってな。だが、それは危険から身を遠ざけるためにもっぱら使っておる。お嬢さんのように興味を持つためじゃない」
そう言われようと、諦めるつもりはない。
俺の目を見て何かを察した老人はため息を吐き、最後にもう一度、念を押す。
「名前を知ったからといって、本人に会おうなどとは考えるな。王族は王族だ。お嬢さんの雰囲気からして、わけありの貴族かなんかであろうが、その恰好は冒険者か何だろう?」
「……まあ、そんなところです」
「分かっていると思うが、身分がとても釣り合わんよ。研究所に行ったとしても、門前払いが関の山だろう」
「……でしょうね。でも、諦めるという選択肢を取るには、なかなかに難しい」
「そうであるとしても、儂から話せるのはここまでだ。それと、この話を他所で軽々しく口にするな。どこで誰が聞いているか分からん」
「肝に銘じておきます。教えていただき、ありがとうございました」
頭を下げて店を出る。
その後、二、三軒ほど本屋を回ってみたが、どこも本そのものは置いていなかった。
ただ、著者の名を出すと、あの老人ほどではないが同じ反応が返って来る。
「王立魔法研究所のアーデルハイト様の本だろう?」
「ヴァレンシュタイン家の姫さんだよ。変わり者って噂だがね」
「夢か幻か、存在しえない魔術に拘泥していたと聞くが、本当かは知らん」
細部は違っても、『アーデルハイト・ヴァレンシュタイン』と『王族の研究員』という軸は共通していた。
「……王族、ね」
夕方の街路で足を止め、王城の方角を見上げる。
白い城壁が、遠く霞んでいた。日が傾くにつれ、石の白さが冷たく見える。
「さすがに会いに行くのは、無理筋だよなぁ」
自分で言って、自分で苦笑する。
いくら代官家の娘であろうと、王族への伝手なんて、あるはずもない。
「名前だけ分かっただけでも。十分か」
空想魔術読本の著者――アーデルハイト・ヴァレンシュタイン。
魔術の才に乏しく、お情けで研究員になった王族の女。
俺がこの世界にやってくる原因を作った存在。
「……考えるだけ無駄か。こういう時は切り替えだ。明日は、まず騎士団の詰め所だな」
兄たちに会えるかどうかは運次第。
昼になるまでの時間、もう少しだけ本屋を回ってみよう。見つからないと諦めるには、まだ早い。
王都の夕風は、グレインフォールより乾いている。
その風を背に受けながら、俺は金麦亭へと歩き出した。
――王族の醜聞、か。
ひどく面倒なものに、足を突っ込むことになる。
それでも……諦めるには、早いよな。




