王都アルトハイン
丘の上から見えていた王都アルトハインは、近づけば近づくほど街ではなく壁になっていった。
さっきまで地平線の向こうにぼんやり浮かんでいた輪郭が、今は頭上を塞ぐ灰色の塊だ。
街道は人と荷で詰まり始める。荷車、旅人、武装した一団、空荷で戻る隊商。みんな同じ場所を目指して、じわじわと速度を落としていた。
「凄いな……これが王都か」
ハルトがそう漏らした。
グレインフォールの城壁より、厚いし高い。城塞都市としての規模が違う。
そんな感想が出るのも当然。俺も圧倒されているしな。
門の前には、すでに長い列ができていた。
近づくにつれて、兵士の怒鳴り声や、荷の軋む音が、ざわざわと大きくなる。
「ここから先の手続きは、私がやる。武器を生活の馬車に預けておけ」
ロブが冒険者を集めて、そう告げた。
「言われた通りだ。王都は武器の持ち込みが厳しい、護身用のナイフ程度しか持ち込めん。杖も駄目だ」
レオンが俺たちにレクチャーしてくる。
その裏で、『街道の守護剣』のメンバーは馬車を管理する人に、装備品を預けていた。
「武器は全て憲兵隊預かりとなる。その申請を冒険者にやらせるのは酷だからな。お前たちは入場の際にギルド証を見せるだけでいい」
ということで、言われた通りに武器を馬車に預けた。
だらだらと進みの遅い列を待つ間に、諸々の準備を済ませるってことらしい。
「護衛付き隊商は、あっちの列だな」
レオンが前方を顎で示す。旅人だけの列とは別に、護衛付きと書かれた札が掲げられた区画があり、そちらへと誘導されていく。
門のそばには槍を持った兵士がずらりと並び、列の先頭では、荷台の覆いがめくられていた。
兵士の動きは揃っている。鎧そのものは質素だが、立ち姿に隙がない。
「王都の兵は、やっぱり練度が違いますね」
リゼが小さく呟く。その横顔は、懐かしむような雰囲気が見て取れた。
でも、どこか複雑な表情に見える。元王宮務めの騎士だったから、感傷的にもなるだろう。
ハルトとエステルはお上りさん丸出しで、リゼは複雑な心境の中でも列は少しずつ進む。
「なんか、妙に緊張するな」
次が俺達の順番となる中で、ハルトには落ち着きがなかった。
「そうよね。まさかこんなに早く王都に来ることになるなんて、思いもしなかったわ」
言葉とは裏腹にエステルは自然体だった。
「それは同感だね。まさか冒険者一年目でここまで来るなんて。リゼもこうなるとは思わなかったでしょ?」
「巡り合わせが良かったということですね。私達の実力もありますが、運によるものが大きい。それを忘れないように」
俺達が調子に乗らないように、釘を刺してきた。
だが、言っていることは正しい。どう考えても『鍛鉄の剣鉈』の滑り出しは幸運の連続だからな。
実際にその言葉によって、ハルトとエステルも気が引き締まったようだ。当然ながら俺も背筋を伸ばした。
やがて俺たちの番が来る。
ロブが通行証を差し出し、門衛と数言交わす。
そこから書類確認と荷物検査の時間となるが、同時に俺達のもとにも兵がやってきた。
「護衛の冒険者だな? ギルド証を見せろ」
言われた通りに、俺たちはそれぞれギルド証を掲げた。
門衛はそれを確認して、また戻って行った。そしてロブとやり取りしている者とやり取りをする。
どうやら冒険者のチェックはそれで完了のようで、次は隊商の荷物検査を重点的に行っているようだった。
しばし時が過ぎ――門衛にロブが頭を下げ、列が動き出す。
そうして俺たちは石のトンネルをくぐり、歩みを進めた。
そして、石の壁が左右の視界から消え失せた瞬間に、空気が変わった。
――これが、王都か。
視界が一気に開けると、そこに見えるのは石と木で組まれた大きな建物だ。
二階建て、三階建てが当たり前で、店先には色とりどりの品物があふれている。
そして特筆するべきは――。
「……人、多すぎない?」
エステルが思わず漏らしたその言葉だ。
「同感だね。グレインフォールとは段違いだよ」
東京の人混みを知っている俺からしてみれば、この程度は大したことない。
せいぜいが人がそこそこいる地方都市クラスってところか?
だがそれでも――この世界に来て、初めて人混みという言葉が頭に浮かんでくるくらいには、賑やかだった。
隊商は、大通りを進みながら、そのまま商人街へと向かっていく。
周囲には倉庫、商館、荷を積み下ろしする広場。荷を運ぶ人足たちの怒鳴り声が、あちこちから飛んでいた。
「よし、この辺りで一旦区切ろう」
ロブが現場の監督者に指定された場所で荷車の列を止めて言った。
そして、俺たちの元へ近づいて来る。
「往路の護衛、ご苦労だった。盗賊も魔獣も出ずに運が良かった。しかし、復路も同様に安全とは限らん。帰りも頼むぞ」
そう言って、腰の袋から小さな革袋を取り出す。
一人一人に渡される日当だが、今日に限っては小銀が三枚配られていた。
「王都入りの祝いだ。上等な酒でも飲んでくれ」
ロブらしい、ぶっきらぼうな言い回しだ。
「隊商の予定だが、明日は一日、商館とのやり取りと精算で潰れる。だが、面倒がなければその一日で終わりになるだろう。その場合は明後日を隊商全体の休養に当て、その翌日の朝に出発だ。護衛の冒険者は今この瞬間から自由行動としていい」
今日を一日目とすると、二日目と三日目が完全にフリーってことだな。
「では俺たちはいつもの宿を取ります。何かご用向きがあれば、そちらに頼みます」
レオンがロブにそう返した。
「分かっている。せっかく王都に来たんだ。はめをはずし過ぎない程度に楽しんでくれ」
ロブが最後にそう締めくくり、隊商に指示を出すために戻って行った。
これで、俺達冒険者グループは自由ってことだ。
「さて、と。王都の観光案内をしてやってもいいが、まずは宿だな」
レオンがこちらに振り向いてそう言った。
「ロブさんにも言ったが、街道護衛で王都に来た時は、いつも同じ宿を使っててな。飯はうまいし、部屋もそこそこ広い。行きつけだ」
「いい宿だよ。少々値は張るけど、そういう宿を使えるってのは、冒険者としての信用にも関わってくるからね」
レオンの言葉を捕捉するようにマレナが説明する。
「そういうことだ。まあ、隊商の用意する宿を使わないとなれば、その分の滞在費を追加で払う必要があるが、それは別に構わんだろ?」
「元よりそういう話ですからね。問題ありません」
「一応の確認ってやつさ。よしっ! 護衛の仕事も一区切りだ。今日は合同で、そこで豪勢にやろう」
レオンの言葉に、ハルトが嬉しそうに笑う。
「王都で豪華な飯か! 楽しみですよ!」
「おう! 夕飯には少し早い時間だが、酒でもやりながらだらだらしようぜ!」
「ロブさんも日当に色をつけてくれたしね。今日は高い酒を頼んじゃおう!」
「よっしゃ! 飲み試しといこうじゃないか!」
ハルトの声を皮切りに、レオンが提案し、俺が乗り、最後にフィンが盛り上げるように腕を振り上げた。
そんな俺たちをやれやれというように、見ているマレナとフィン。
エステルは呆れたような顔で、リゼは珍しく柔和な微笑を浮かべている。
「宿はこっちだ! お前たちついてこい!」
気が乗ったレオンを先頭にして、ぞろぞろと商人街から宿街に向けて歩き出す。
護衛依頼はまだ半分が終わっただけ。でも、だからこそ楽しまないと損ってものだ。
有言実行。今日は高い酒でも頼んでみるかな。




