次の依頼
ハルトとエステルには、リゼと二人だけで遊びに行くと伝えている。
翌日に帰る予定だから、二人は好きに過ごしてくれ。
そう言うと、リゼは若干ソワソワしているようだったが、問い詰められることはなかった。
――俺たちの関係はまだばれていないようだ。
宿を出て、やってきたのは逢引宿。
何度か使ったことがある。三羽雀亭でハッスルしすぎると、ベッドを汚すなとマルタに怒られるからだ。
「今日は思う存分楽しもうか。ハルトとエステルが加入してから、なかなか時間が取れなかったからな」
「……はい。好きなようにしてください。リーネ」
「それはリゼも同じだ。お互い気の済むまでやろうか」
逢引宿に入っていく。今日は精神操作も全力で使って、とことんまで楽しむか。
二人で個室に入ってからは、遠慮はなくなった。
服を脱がし合い、裸になって抱き合った瞬間、興奮は一気に最高潮まで跳ね上がる。
俺は精神操作の出力を最大まで引き上げた。自分とリゼに対して、『昂揚』のフルブーストだ。
指先で肌をなぞるだけで、リゼの喉から甘い悲鳴が漏れる。それは俺も同じで、悲鳴のような嬌声を上げることしかできない。
びくりと跳ねる肉体。普段は涼しい顔のリゼが、俺の指一本で崩れ落ちる様は、極上の愉悦だった。
「……っ、はぁ、ぁ……」
行為を続けるたびに、リゼの呼気の熱が強まっていく。
限界まで感度を高めているはずだ。なのに、彼女の瞳から光は消えない。
むしろ、与えられる快楽を燃料にして、その奥でどす黒い炎が燃え上がっていくのが見えた。
――俺はすでに限界に近いのに、リゼにはまだ余裕があるのか?
全身から力が抜けているのに、リゼはそんなことは知らんとばかりに動き続ける。
どれだけ俺の口から嬌声が漏れても止める気配はない。ただ自分の快楽を優先するだけの獣になっていた。
「……これだけ待たせたのです。私は我慢しませんよ」
耳元で囁かれた声は、捕食者のそれだった。
いつもは俺のほうが優勢なのに、今日はまるで歯が立たない。
でも、こういうのも悪くない。
「いいさ……リゼの全てを受け止める。今日の俺は――お前の物だ」
そう言ってやると、リゼの目から躊躇いが完全に消えた。
プツン、と。何かが切れたような幻聴が聞こえた気さえした。
次の瞬間、唇によって言葉は塞がれる。
ここからは一方的な蹂躙劇だ。精神操作でタガの外れた騎士様は、加減というものを知らない。
貪るような口づけ。肌に食い込む指。組み敷かれ、快楽をもたらす動きを受け入れるしかない。
俺が彼女に与えた興奮が、倍以上になって返ってきている。
窓の外の光はいつの間にか傾き、部屋の色は夕方の赤から、外が見えないほどの暗さへと変わっていく。
――こうなったら、限界を越えよう。
今まで躊躇していた、限界を超えた精神操作を今日は解放する。
「ひぐっ!? ぁ、あぁぁぁっ!」
リゼの舌が這うたび、脳髄が白く弾ける。
俺の精神操作がリゼを獣に変え、その獣が俺を貪り、その快楽がさらに俺を魔法へと駆り立てる。
終わらないループ。地獄のような、天国のような永久機関。
致死量でもおかしくないと思わせる快楽の波が、何度も押し寄せてくる。
どこまでが自分の意思で、どこからがリゼの攻めなのか、もう判別がつかない。
――駄目だ……もう、何も……。
視界が白く染まる中、俺は思考を放棄した。
ただ、リゼという名の嵐に、身も心も委ねるだけだ。
「……久々に、満足しました」
「だろうね……俺は流石に疲れたよ」
昼間から夜までやりっぱなし。
途中で宿の夕食を挟み、二回戦もあったが、さすがにどこかで力尽きて眠った。
夜が明けて宿を出る頃には、心なしかリゼの肌はつやつやしていた。俺はどんな顔をしているんだろうか。――多分、疲れ果てた顔だろう。
宿を出て、通りに出る。
朝の空気は冷たくて、体に残る熱気の残り香が一気に流れていった。
体は軽いようで重い。疲労と満足感が、筋肉の奥で一緒くたになっている。
「そろそろ休暇も終わりか」
「そうですね。これ以上は休み過ぎです」
「稽古はしていたけどな。でも、体はなまってる。実戦勘もか」
言いながら肩を回すと、関節がぽきぽき鳴った。
休暇は十分。ここから戦える体に戻していかなければならない。
「最初は森の浅いところから慣らしていきましょう」
「そうだな。いきなり大物はきつい」
「目標としては、『鍛鉄の剣鉈』のみでグレイマウルを討伐できるようになることですね。ただ、そこまで行くには時間がかかりそうですが」
グレイマウルの討伐――中位パーティーと認められるための目安の一つだ。
「中位のパーティーになるための壁、か。そこまで急ぐつもりはないけど、目標としてはちょうどいいな」
「『鍛鉄の剣鉈』はまだ結成されたばかり。年単位で挑む目標を焦っても仕方ありません」
「――だな。今は基礎を積むときか。それでハルトはどうだ? 厳しく仕込んだと聞いているが?」
「私の鍛錬に付いてこれるとは、なかなかのものですよ。今は――」
雑談をしながら街を歩く。
パーティーの滑り出しとしては順調そのもの。普通なら一年か二年かかるところを、俺たちは数か月で走り抜けている。
そうして現状を話し終えると、次はこれからどうするかについてだ。
「このまま三羽雀亭に戻るか? それともギルドでも寄っていく?」
「そうですね……情報収集だけしておきましょうか」
休暇は今日までだけど、明日から活動を再開する。ギルドに顔を出しておくのもいいだろう。
たまには酒でも飲みながら、冒険者と話し合い、情報を集めるのも悪くない。
昼前のギルドホールは、ほどよく騒がしく、ほどよく緩んでいた。
戦利品の売却を終えた連中と、これから依頼を取りに来た連中が混ざり合い、酒と汗と革の匂いが入り混じる。
「麦酒と、適当につまみを」
「二人分だな。……はいよ」
カウンターで注文して、木のテーブルに座る。
泡の粗い麦酒を一口飲むと、寝不足の頭にじんわり染みていった。そこから情報収集に移っていく。
「特に面白い情報はねえな。いつも通りじゃねえか?」
「農村の問題は解決したんだろ? あんたらが大活躍だって聞いているぜ」
「森の魔獣も、あれだけ多かったのが今は落ち着いてるしな」
得られる情報はほとんどなかった。
ただ酒を飲みながら世間話しているようなものだな。冒険者同士の交流ってやつだ。
こうなったら、割り切って交流を楽しむか。
「おう嬢ちゃん! こっちに座って酌でもしてくれよ!」
「酒奢ってくれるなら良いよ?」
「しょうがねぇなぁ……!」
タダ酒と聞いて、ついふらふらと足がそっちに向かってしまう。
安酒だが、タダ酒でしか得られないものがあるからな。
ジョッキに酒を注いでやれば場が盛り上がるし、俺はタダ酒飲み放題。これはこれで最高だ。
そんな俺を見て、隣のテーブルに残っているリゼが心底呆れた顔をしていた。
いいだろ別に……タダ酒の味は、また別格なんだから。
さらに何人かと話してみたが、どこも「最近は静かなもんだ」「森は落ち着いた」という答えばかりだった。情報収集という意味では、見事なまでに空振りだ。
「……さっきから、ほとんどいい話がありませんね」
戻ってきた俺に、リゼが小さく言う。
「まあ、平和なのは良いことだ。でも、仕事は減るな」
「贅沢な悩みではありますが」
ジョッキの底に残った泡を見つめながら、そんなことをぼんやり考えていると――。
「お、リーネにリゼじゃねぇか」
耳慣れた声が聞こえた。
顔を上げると、『街道の守護剣』のレオンとフィンが、入口のほうからこっちへ歩いてくるところだった。
「久しぶり。元気そうだね」
「まあな。こっちも変わらずだ」
レオンとフィンが俺たちのテーブルの席に着く。
『街道の守護剣』のメンバーとは、たまに酒を飲むことがある。一緒にグレイマウルを討伐したし、ハルトやエステルの件があってから、特に仲良くしているパーティーだ。
「何か面白い話はない? 農村の依頼をこなして今日まで休暇。明日から活動再開なんだけど、情報を集めているんだ」
「グレインフォールは平和そのものさ。魔獣共もあまり出ないしな。だが、全てが平和って訳にはいかんらしい……」
そう前置きしてから、レオンは少し声を潜めた。
「最近はな、盗賊の類がやたら出る。だから街道護衛の依頼が増えてるんだ」
「盗賊?」
「おう。こっちとしては本業ってやつだな。隊商も、腕の立つ護衛を増やしたがってる。物騒な噂も多いからよ」
魔獣が大人しくなったと思ったら、次は人間か……。
「こないだもな、王都から来た隊商が、山賊崩れみたいなのに狙われてたんだが――」
レオンが指を折って、いくつかの小競り合いの話をする。
多くはないが、すでに死人が出ていて大きな被害を受けた隊商もあるらしい。王都の騎士団が動員予定らしいけど、それまでは自分の身は自分で守らねばならない。それが街道護衛の依頼に繋がっているという。
話を聞きながら、ジョッキを傾ける。
さっきまで平和だ退屈だと思っていたギルドホールのざわめきが、急に別の色を帯びて聞こえ始めた。
「――そこでだ」
一通り話を終えたあと、レオンがこちらを見てニヤリと笑った。
「一緒に街道護衛に出ないか?」
「どんな依頼?」
「そこそこ大きな隊商の、王都までの護衛だ。期間は長いが、生活費は全部隊商持ち。実入りそのものは多くないが、あちこちの関係者に顔を売るには悪くない」
王都までの街道。長距離の護衛。盗賊退治。顔繋ぎ。
言葉を並べただけで、今までの森の稼ぎ方とは別の景色が見えてくる。
「どうする?」
レオンにではなく、隣のリゼに向かってそう呟く。
リゼもまた、わずかに目を細めてレオンを、そしてフィンを見た。
「……ハルトとエステルとも、相談が必要ですね」
「そうだね」
即答はできない。いくらリーダーだからって、勝手に決めて良い類の依頼じゃない。
それでも――できるなら受けたい。パーティーとして次のステップとするなら、ちょうどいい依頼だと、俺は思った。




