エステルとデート
購入した物資を宿に置き、その後は財布だけ持って街へ繰り出す。
さあこれからデートだ! そう思って勇み足で向かうのは――まずは飯屋だった。
「まずは食事にしよう。腹が減っては戦はできぬ」
「そうね。私もお腹空いたわ。でもデートでしょ? 戦ってなによ」
「男という兵士が女という砦を落とそうとするんだから戦でしょ?」
「あんた女じゃない」
「今の私の心は男だよ」
――なんて雑談をしながら、冒険者御用達の高級店に入った。
上品ぶった店ではなく、多少汚い食べ方をしても問題なし。良い食材を使った腕のいいコックがいる店だ。
席につくなり、エステルが周囲を見回した。
「ここ、前から気になってたの。たまにギルドホールで話題になってるわよね」
「お金に余裕があるなら来たくなるタイプの店だね。私とリゼも数回しか入ったことないよ」
メニューを開いて思案するが、全部が高い。
中でも海魚関連は目が飛び出る値段で、普段ならまず頼まない。
だが、たまには魚が食いたい日もある。
「馬鹿みたいに高いけど、海魚の煮込みにするかな。久しぶりに食べたい」
「これって港町からわざわざ持ってきた魚でしょ? 氷魔法を使うっていうから、高くなるのは当然ね」
氷魔法で冷やして運ぶ。
魔法文明だからこそできる芸当ではあるけど、術者が少ないから値段が跳ねる。
――それでも食いたい! 若い女の身体になって油物でもガツガツいけるのに、舌のどこかに残ってるおっさんの嗜好が、こういう時に顔を出す。
「金には余裕がある。私は海魚にするよ。それと、今日は奢る。デートだしね」
「それはありがたいけど、急に格好つけるじゃない」
「女の子を誘うってのはそういうことでしょ? 普通に二人で遊びに行くってんなら割り勘だよ。冒険者同士は対等な関係だからね」
「しっかりしてるわね。でも、それなら甘えちゃおうかな。せっかくだし私も同じ物で」
注文してしばらく待つ。やがて、海魚の煮物が運ばれてきた。
甘い香りと見た目からして濃そうな味付け。臭みを消すための工夫が、鼻先ですぐに分かる。
白身を解して――ひと口食べる。
「まあ、こんなもんか」
美味い。美味いんだけど――この程度なら、日本ならいくらでも食えた。
この世界で食べ慣れたものなら基準も上書きされるが、そうでないものは現代日本が勝手に物差しになるんだよな。
「あら、そんな反応なの? 美味しいじゃない」
エステルは気に入ったようで、ぱくぱく食べている。
オーバーな反応はないのに、目だけは妙に輝いていた。
「味に文句はないよ。でも、もっと美味しい魚を食べたことがあるからね」
「それって実家にいたときのこと? それは当たり前じゃない?」
「……うん、まあそんな感じ」
リンデベルク家でも海魚をほいほい出すわけじゃない。むしろ高級品で、ご馳走扱いなのはここでの食事と一緒だ。
でも、勝手に勘違いしてくれるならそれでいい。説明しても面倒なだけだしな。
食事を終えて腹は満ちた。あとは店を出て、どんなデートにするか――そこが問題だった。
「正直に言う。エステルが何をされたら嬉しいのか分からないからね。どこに行けばいいのか迷ってる」
「それを考えるのがデートってものじゃないの?」
「めんどくさい!」
「あんたねぇ……」
デートに繰り出した瞬間は多少真面目に考えていた。
けど、その考えはすぐ消えた。別に本人に聞けばよくね?
そもそも俺は恋愛ゲームとしてのデートを楽しみたいわけじゃない。極論を言えば、エステルを逢引宿に連れ込んで一発ヤりたいだけだ。
だからデートそのものは、かったるい。
発散したいだけの人間にとって、恋愛ごっこは手間だ。
「私がリードしろってこと? 誘われた側なのに?」
「食事を奢ったんだから、それくらいしてもいいじゃん!」
「そこでそれを持ちだすの!? 格好つけてた癖に!」
「格好つけたからだよ! 飯だけが良くて、後は微妙でしたなんて一日にするのは嫌だ! ここは私を助けると思って、お願いしますエステル様!」
冗談交じりに拝み倒すと、エステルは呆れた顔で俺を見る。
それでも、ため息のあとにふっと笑った。
「仕方ないなぁ……。女の子としてポンコツなリーネに、私が色々教えてあげるわ!」
それからはエステルの女の子講座が始まった。
店を覗いて、値札に文句を言って、似合う似合わないなんて話をする。異世界版のウインドウショッピングみたいなものか。女はどこでも同じだな。
やっていること自体は、正直だるい。買いもしない商品を眺めて、長々と品評会をして、結局買わない。どういう仕組みだよ。
でも――そんなくだらないやり取りであっても、どこか楽しさがある。
エステルには気を使う必要がない。普通の友人と同じように接する感覚が、こいつにはある。
楽しい時間というものは過ぎるのが早い。結構な時間ぶらついて、そろそろ終わりにしようか、なんて話が出た頃。最後に雑貨屋へ寄ることになった。
「ねえ、この髪飾り、リーネに似合いそうじゃない?」
エステルが手に取ったのは、小さな青い石があしらわれたヘアピンだった。
光の当たり方で色が揺れる。深い青になったり、透明みたいに見えたりする。
「付けてみて」
言われた通りに付けてみる。髪飾りなんて付けるのは初めてだ。
「こんな感じ?」
「うん、いいじゃない。それ、買いましょ。私が買ってあげるわ」
そう言うと、エステルは俺の髪からヘアピンを外して、迷いなく会計へ向かった。
動きが早い。即決だった。
「はいこれ」
「ありがとう。女の子からのプレゼントなんて、初めてだよ」
「そう? 大切にしてくれると嬉しいな」
受け取ったヘアピンを、さっそく髪に留める。
お洒落に興味はない――けど、気分としては悪くない。
エステルと一緒にいる時に付ける。そういう方針でいいだろう。
それはそうと――。
「私も買い物があるから、先に店を出ていてよ。会計を済ませてすぐに出るから」
「分かった。店先で待っているわ」
エステルが出て行ったあと、俺は視界に映る品を手に取った。
同じ形のヘアピン。ただし石の色は違う。太陽を思わせるオレンジ色で、エステルの金髪に映えるはずだ。
さらに気になるものをいくつか拾い、それもまとめて会計を済ませる。
店先に出ると、エステルが町の通りを眺めながら待っていた。
「じゃあ、そろそろ帰りましょう。今日は楽しかったわ」
「そうしよう。でもその前に、私からはこれをプレゼント。色違いのヘアピンだね。エステル、そのままで」
「え! あ、うん……」
髪に留めてやると、エステルが目をぱちぱちさせた。
思った通り――よく似合う。
「いいね。エステルの髪に良く映えるよ」
「そう? 宿に戻って確認したいわね」
「いや、ここでできるよ」
ポケットから手鏡を出す。これもさっき買った。結構高かったが、女なら手鏡くらいあったほうがいい。
鏡を受け取ったエステルは真剣な顔で髪とヘアピンの位置を直す。慎重に、指先だけで調整する。
「――うん。いいかも……」
小さく呟いてから、エステルはふっと息を吐いた。
「ありがとうリーネ。大切にするね」
「私も大切にするよ」
自分の髪のヘアピンに触れる。
色違いの御揃いか。こういうのもペアルックって言うのかな? 少し気恥ずかしい。
それはそうと、手鏡についてだ。
「手鏡はパーティーの備品でいいかな? 私とリゼは身嗜みは気にしても、お洒落はあまりしない。だからエステルが管理するのがいいと思う」
「そう……ね。私が管理するのが、確かにいいのかも……」
そう言って大切そうに手鏡を抱えるエステル。
その姿が――今日過ごした中で、一番かわいく見えた。
三羽雀亭に戻って、色々と済ませて後は寝るだけ。
なのに胸の奥に妙な熱が残っている。原因はエステルだった。
エステルの手の感触。見つめてくる笑顔。頬を染めた微笑み。
思い出せば出すほど心が落ち着かない。というか、かなりムラついている。
精神操作で消すことはできるが、一時しのぎだ。経験上、発散するほうがいい。
――よし。明日はリゼと一発やるか。
灯かりを消した部屋で、視線だけをリゼのベッドに向ける。
寝息を立てて眠るリゼがいる。ハルトとの稽古で疲れているのだろう。
休暇に入ってからは、リゼとはご無沙汰だ。そういう意味では彼女に対しての慰労にもなる。
――俺も久しぶりに、精神操作全開で、存分に楽しみたいしな。




