エステルを口説きたい
休暇と言っても、冒険者パーティーなんて組んでいれば、当然やることが出てくる。
今日はエステルと一緒に、包帯だの油だの、薬草だのといった消耗品を補充するために街に繰り出していた。
荷袋の紐が肩に食い込む感触が、休みだろうが仕事だろうが変わらないと言っている。
リゼとハルトは訓練だ。騎士団仕込みの槍技をハルトに仕込むというが、リゼの訓練は厳しい。
確実に強くなれるとは言え、ご愁傷様ってところだな。
必要なものを買い揃え、あとは宿に戻ればいいだけ。そう思った頃に、エステルがふと足を緩めた。
「リーネって、女の人が好きなんだって? 兄さんから聞いたけど」
娼館での出来事についてだな。
ハルトからエステルに漏れたか……口留めしてないから別にいいけど。
「うん、好きだよ」
ここはあっさり認めてやる。隠すことでもないし、嘘をついてまで取り繕う気もない。
同性愛が認められているわけじゃないけど、否定される世界でもない。だからこんなことができる。
そんな俺に対して、エステルは目を細めて、品定めするような顔をしている。
「ふーん……リーネがねぇ」
「前衛で剣を振ってれば、性欲が強まる。そうなれば女でも男と同じように発散しないとだからね。男に溺れるより女に溺れたほうが、まだマシでしょ?」
口から出るのは都合のいい一般論だ。
心がおっさんだから、当然の如く女しか眼中にない。
でも、そんな俺の事情を話すことはできないからな。
「冒険者やってれば良く聞く話だけどさぁ……本当に女同士で満足できるの? 最初から女が好きだったとかならともかく」
「どうだろうね。私は恋とかしたことないから、最初から女を好きになったとも言えるよ。始まりは性欲処理だけどね」
「……そういうものか」
自分でも適当なことをべらべら話しているなとは思う。
でも全部が嘘ってわけでもない。――例えばリゼだ。
彼女とは夜な夜な遊ぶ仲だが、そこに恋愛感情なんてない。ただヤりたいからヤっているだけ。
……そう考えると、俺って結構歪な精神性をしているのかもしれない。
まあ、直すつもりは毛ほども存在しないけど。
「正直に言うと、エステルってかなり好みなんだよね」
こんな話しの流れにしたんだ。ちょいと小突いてやるか。
そう思い、告白みたいなことを言ってやれば、エステルの瞬きが止まる。
雰囲気からして俺を拒絶するって感じじゃないけど……これは困惑か?
いきなり言われて、『ちょっと待って』って顔。
面白い――このまま続けてやるか。
「正直言って……一発やりたい。そう思ってるくらいにはエステルのこと好きだよ」
「ちょっと待って! いきなりそんなこと言われても困るんだけど!」
エステルの顔が引きつっている。
少し言い過ぎたか? でも、言ってしまったものは仕方がない。
「冗談半分、本気半分って思ってもらえればいいよ。仲間としての信頼と、女として好きってのはまた別だからね」
「理屈は分かるけど、共感はできないなぁ……。それに喜んでいいのか、嫌がったらいいのか、これも分からないし」
複雑そうな顔で俺を見るエステル。
完全な拒絶でないなら、別にいい。
むしろ――。
「おっ! それって少しは脈ありだったり?」
「それはない!」
即答だった。
くっ! 好感度が足りない!
「でも……仲間として、リーネのことは信頼しているからね。一緒のパーティーになれて、本当に良かったと思っているし」
真面目な表情でそう言われてしまっては、茶化すのも難しい。
俺は下品で性欲が強い自覚がある。こんな俺に対してそういう評価をくれる。
それは――純粋な気持ちで嬉しいと感じる。
「でも、そういう人もいるよねぇ」
エステルが、ぽつぽつと言葉を継ぐ。
過去の事を思い出しているような顔つきだった。
「村で教会の仕事してたとき、たまにいたよ。女の子同士で仲良すぎる子とかさ。あと、旅人の中にも、そういう話をこっそりしてくる人がいたりね」
「へぇ、教会でそんな話を」
「別に禁止されているわけじゃないからね。子供を産むなら、その前の寄り道は……まあ、見ないふりって感じ」
緩いようで、ちゃんと線引きがあるようだな。
でも、農村ならそんなものか。ひどい締め付けをしないかわりに、義務を果たさなければ白い目で見られる。
村社会では、そっちのほうがよほど辛いだろう。
「人がそういうことしてても、別に嫌悪感はないよ。そういう人もいるんだなって思うだけ。……ただ、自分がやるつもりはないけど」
「普通に男が好きってことだよね?」
「そう。普通に、男の人が好き」
当たり前ではある。
リゼみたいな女に欲情するような女が、そこら中にいてたまるかって話だよな。
「どんな男が好みなの? 私はそういうのが分からないから、気になるよ」
「そうねぇ……強くて稼げる人かな」
「それって男の好み? ただの甲斐性ってだけなんじゃ……」
「何言ってるの! 甲斐性のない男なんて論外でしょ! 生きていくには食べていかなくちゃいけないんだから!」
正論だけど、エステルもあんまり恋をするってタイプでもなさそうだ。
現実の中に生きているよなぁ……。
「じゃあ強いってのは?」
「強ければ私が支援魔法を掛ければさらに強くなるでしょ! いざという時は家族で切り抜けられる。理想の家庭だわ!」
目を輝かせてそんなことを言うエステル。
俺のことを変わった子だなんだと言っていたけど、こいつも結構変わってるな。
まあ、人の好みはそれぞれだ。やたらと現実主義だけど、決して悪いことではなく、むしろ賢いと言えるかもしれない。
「そうなると……もし私が男だったら合格?」
強くて稼げる――今の俺がまさにそれだ。
その評価どうなる?
「間違いなく合格。すぐにでも結婚したいくらいよ」
即答だった。
男だったら一発合格か……残念だな。
「そっか。私が女で残念だったね」
「ええ! 本当に残念ね!」
俺の捨て台詞を、エステルがいたずらっぽく笑った。
それ見て、やっぱり可愛いなと思う。
くそぅ……なんとか口説き落とせないものか。
「まあ、私を惚れさせることができるなら、考えてあげてもいいけどね?」
「マジ?」
割とマジで残念がっていると、エステルがそんなことを言ってきた。
女に興味はなかったんじゃないのか? 存念を聞く必要があるな。
「マジよ。心なんて移ろい変わるものだから、その時の素直な気持ちに正直になる。それが一番いいって教わってきたからね」
なんつーか……軽いな。でも、それはいい意味でだ。
誰かを縛ることなく、自分も自分の考えに固執しない。バランスのいい考え方なんじゃないだろうか?
「なるほど。じゃあ今日の物資補給が終わったら――」
「終わったら?」
別に本気ってわけじゃないけど、こういうのもいいだろう――。
「エステルを惚れさせるために、デートに行こう!」
「リーネと、デートねぇ……」
エステルが苦笑する。しかし否定をするわけではない。
しばし考える素振りを見せたあと、にやりと笑ってこう言った。
「それはそれで、ちょっと楽しみかも! 午後は空いてるし、付き合ってあげる」
「ふっふっふ! 今日はエステルを楽しませて、私にベタ惚れさせちゃうぞ!」
「できるものならやってみなさい。少しは期待しているわ」
買い物袋の重みが、急に軽く感じた。
女の子とデートなんて何年振りだろうか……リゼと出かけることはあっても、あれは愛人との逢引みたいなもんでノーカウントだ。
忘れかけた青春を思い出す――が、問題があった。
自分から言い出して難だけど、デートって何をすればいいんだ?
そもそも女心が分からんからな。俺は女の体をしているだけで、心はおっさんのままだ。
――うーん……どうしよう?
楽しそうに並んで歩くエステルを横目で見ながら、そんなことを思っていた。




