ハルトと娼館へ
結局、色街をぐるっと回って、飯を食って、酒を少し飲んだだけで帰ってきた。
風呂で身体の芯まで温まってしまったせいもあって、そのままふかふかの布団に沈んだのは正解だったと思う。
そんなわけで、翌朝。
皆で朝飯を食べて、その後は自由行動になった。
リゼとエステルは二人で買い物に出かけている。
女向けのアレコレなんて俺には分からないから、同行するのはパスしたのだ。
今は部屋に戻って、どうしようかとプランを立てている真っ最中。
でも、やりたいことなんて特にない。
暇だから色街にでも行って、女でも買うかと思っていると――。
「……やっぱ、今のうちに経験しておくべきか?」
同じく部屋に残っていたハルトが、ぽつりと口を開いた。
「経験って……女?」
「……おう」
昨夜、酒の席で少し煽りすぎた自覚がある。
冒険者なんていつ死ぬか分からない仕事だ。後悔を残すな――みたいな話を、勢いでべらべら喋った。
「いざって時に知らないまま死ぬのが嫌なら、行けばいいよ」
「……真面目な話か?」
「うん、結構真面目だよ。女と違って男は妊娠することがないから、別に躊躇する理由もないしね」
極論として、男と女の差は妊娠するかしないかだ。
俺は別に男とアレコレしたいとは思わないけど、一応の興味はある。
でも、男を知らずに死ぬことに対して、別に全然後悔はないだろう。だって、妊娠したら冒険者ではいられないからな。
――でも男は別だ。
出すだけでいい。そんな低リスクなんだから、やっておいて損はない。
求道者を目指すなら、女は不純かもしれないけどな。
「リーネが男に興味なさそうなのって、そういう理由か?」
「一部はね。でも本当は、女が好きなんだよ。だから店のことも多少は分かる」
「なるほどなぁ……」
そこで、ハルトが無言になった。
何かしら考えて結論を出すだろうから、俺は口を挟まず待つ。
しばし時間が経過し――ついにハルトが顔を上げた。
「――娼館に行く。付き合ってくれ」
妙に真っ直ぐな目だった。
そこまで真剣にならんでも……と思ったが、茶化す場面でもない。
「いいよ。私も娼館巡りの達人ってわけじゃないから、馴染みの店になるけど、それでいいかな?」
「おう、それでいい」
なら話は早い、さっそく出かけるとしよう。
昼前ってのは意外と穴場だ。客が少なくて落ち着いてるから、初めてのやつが変に焦ることもない。
「やっぱり、お金を持つようになって気持ちが変わった?」
「まあな。リーネ達とパーティーを組む前は、エステルと二人で貧乏生活だ。女のことを考える余裕なんてなかったよ」
余裕があるってのはいいことだ。視野が広がる。
でも、余裕ができた時こそ変な失敗もやらかす。
だからそんな若者を導くのが、中身おっさんの俺の役目ってやつだ。
「それならこのリーネ様に任せなさい! ハルトを一人前の男にしてあげるよ!」
俺がそう言うと、ハルトは肩の力を抜いたように、わずかに笑った。
「そのセリフだと、今からリーネとヤるみたいじゃないか!」
「言われてみればそうだね。一つ聞くけど、私とヤりたい?」
「言いづらいこと言わせんなよ……行こうぜ」
そんなゆるい感じで、娼館に向かうことになった。
昼前の色街は、夜とは違う顔をしていた。
提灯はまだ灯っておらず、通りを歩く人の数も少ない。
営業している店はあるけど、酒と欲望の匂いは、昨夜より当然ながら薄い。
その分、建物の古さや、路地の狭さがよく見えた。
「……夜と、だいぶ雰囲気違うな」
「そりゃあね。灯かりのあるなしだけで雰囲気は大きく変わるものさ」
俺は昨夜と同じ路地を抜け、馴染みの店の前で足を止めた。
立派な暖簾と、色鮮やかな看板。昨日風呂を借りた娼館だ。
客引きの娼婦はいないけど、今が営業中であることを扉に掛かったプレートが示していた。
「昨日の店か」
「女の子もいい子が揃っていてね。初心者にもうってつけ。少し高めだけど」
何を想像したのか知らないが、ハルトの喉がごくりと鳴る。
「ビビってる?」
「そりゃビビるだろ……こちとら初めてなんだ」
「気負わなくてもいいよ。ベテランに任せれば何も問題ないからね」
俺はいつものように暖簾をくぐり、帳場の前に立った。
「こんにちは」
「あら、昨夜は湯だけで帰ったと思ったら、今度は本番かい」
女将が、からかうように笑う。
「お嬢ちゃんだけじゃなく、そっちの坊やも客かい?」
「そう。初陣だから、変な無茶はさせないで」
「任せな。うちの子たちは、そういうの慣れてるよ」
女将はちらりとハルトを見て、目尻を下げた。
「料金は前払い。……そうだね、最初だし、このあたりの子から選びな。うちは面接みたいな真似はなし。札で決めな。外れは出さないよ」
とん、と帳場の脇の壁を指先で叩く。
そこには、簡単な紹介札がいくつも掛けられていた。
名前と、年頃、得意な事という触れ込みが、短く書かれている。
「……この中から、か」
ハルトが、ごく真面目な顔で札を見比べ始めた。
目線の動きが、やけにぎこちない。
「なぁ、リーネ」
「うん?」
「こういうの、何を基準に選べばいいんだ?」
「女将がここに出してる時点で外れはないよ。書いてある特徴から、好みの子を選べばいい」
何人か買ったことがあるけど、外れはなく可愛い子たちだった。
顔が好みじゃないとか、そういうことは起きないだろう。
「それだけか?」
「それだけ。私も選んじゃおうかな」
ハルトはまだ時間がかかりそうだ。
俺もさっさと決めてしまおう。
「女将、私はレナでお願い。これお代ね。ついでにハルトの分も払っておくよ」
「えっ! いいのか?」
「これでもパーティーリーダーだからね。メンバーに奢ってやるのも、リーダーの務めさ」
部下のために風俗を奢る上司みたいだな。
まあ、金に使い道があまりないから、こういう時に使うべきだ。
「すまない。でも、まだ決まらないんだよなぁ……」
「まぁ、ゆっくり選んで。女将、私は部屋に行ってるね」
「あいよ。札を持っていきな。お客さんのご案内だよ!」
ということで、俺は部屋に行くわけだが、ハルトはまだ悩んでいるようだ。
というか今更だけど、文字を読めるってのは農民の中では上澄みだよな。
それなりに良い家系だったりしてね。
「先に行ってるよ。終わったら待っているからね」
「……分かった」
そんなわけで、ハルトと別れて部屋に向かった。
――事が終わり、待合用の小部屋に通され、俺は一人で腰を下ろした。
狭い部屋に、低い卓と座布団が二つ。
卓の上には薄い茶器が置かれ、部屋の隅では香が細い煙を上げている。
「……ふぅ。茶が美味いな」
湯飲みを指先で転がしながら、俺は小さく息を吐いた。
――良かった。大変に満足できた。
レナちゃんは女も行けるタイプの娼婦で、何度か買っているから顔見知り。
だから普段からリゼとやっているように、俺だけではなくレナちゃんに対しても『昂揚』を使った。
結果としては……大満足だ。
あまりに腰を振り過ぎて疲れがあるけど、それもまた一興。
悪用じゃないから、別に精神操作を使う罪悪感もなくて実に良し!
そんな感じでゆっくりしていると、扉が開いた。
「お嬢ちゃん。坊やを返すよ」
女将の声がして、その背中からひょこっとハルトが顔を出した。
足取りが若干ふらついて、さらに顔が赤い。どうやら限界までプレイしたようだ。
「面倒見てくれてありがとね」
俺は立ち上がって、女将に軽く頭を下げる。
「はいよ。追加は取らないから、ゆっくり休んでから出な」
女将が笑って去っていくと、小部屋には俺とハルトだけが残った。
しばしの沈黙。どちらからともなく座り直し、向かい合う。
「……で」
俺は湯飲みを指でつつきながら、真正面から問いかけた。
「どうだった?」
ハルトはしばらく、言葉を探していた。
それから、ゆっくりと息を吐く。
「……良かったよ」
「そっか。私も楽しめたよ」
「楽しめたかと言えば……どうなんだろうな?」
ハルトが難しい顔をしながらそう言った。
「緊張して、最初は何話していいかも分かんなくて……でも向こうが色々しゃべってくれてさ」
ハルトは苦笑する。
「それで本番に行くわけだけど……そこからは必死だったよ」
何が必死かは分からないけど、概ね理解はできる。初めて遊ぶなら、そんなもんだろう。
「最初はそんなもんさ。でも、来て良かったでしょ?」
「うん……確かにこれは知っておく価値はあった。そう思う」
ハルトは真面目な顔になり、俺に顔を向ける。
「……ありがとな、リーネ。付き合ってくれて」
「どういたしまして。男として一皮むけるのを手伝えて、光栄だね」
「光栄ってなんだよ」
お互い笑いあいながら娼館を後にする。
女遊びをして友好を深めるってのは、男としては普遍的なやり方だろう。
俺は今は女だけど、それでもこういうことが出来たというのは、まだまだ俺は男であるという証明なのかもしれないな。
それはそうと、エステルとも遊びたいんだよな。体は貧相だが、顔は実に好み。
乙女を自分の欲望で塗りつぶしたいという欲求もある。
でも、それには口説く必要がある。なかなか難しいか?
まあ、それはおいおい――。
今日のところは、ハルトと遊びまわるとするか。




