みんなでお風呂
俺は慣れた足取りで中に入り、帳場にいる女将に声を掛ける。
「こんばんは。五人分、湯だけ借りたい」
「はいはい、あんたらね。今日はパーティーで来たってのかい? 男もいるようだけど、本当にそれでいいの?」
女将の視線がハルトに向いている。
そのハルトは、緊張しているのか、固まっているようだった。
「それは風呂から出た後に考えるよ」
「買うならうちの子を買ってほしいところだけどね。ま、いいさ。湯殿なら今は空いてるよ。お得意様だし、貸し切りで構わないさ」
「助かるよ」
こういうとき常連ってのはいいね、信用ってのがある。
皆を案内しようと思うと、ハルトだけではなくエステルも固まっていた。
「……本当に入るんだ」
ここにきて怖気づいてきたらしい。
ギルドの蒸し風呂は男女共用だろうに……教会関係の仕事をしていたっていうから、貞操感が強いのか?
この世界の宗教は一神教じゃないから、教会関係者だからって、そこまで厳しくはないはずだけどな。
「ここまで来て今さら何言ってるのさ。混浴っていっても、男はハルトとトビーでしょ?」
「そうだけどさぁ……」
エステルがハルトとトビーに視線を向ける。
ハルトは少し気まずそうに、トビーは対照的ににやけ面だった。
性格が出ているな。
「あまりにダダ捏ねると置いていくよ? 別にここから個人行動でも良いっちゃ良いからね」
「……それも嫌! ああ、もう! 行けばいいんでしょ行けば!」
どうやら吹っ切れたようだ。
俺とリゼが平然としているから、自分だけの主張を続けられないってことだろうな。
そういう意味ではエステルは不憫と言える。俺とリゼは普通の女じゃない。
とにかく、これで風呂に入れる。
久々の湯殿だ。ゆっくりと楽しもうじゃないか。
湯殿は、庭に面した石造りの大きな浴槽だった。
湯気が立ち上り、灯りに揺れている。
石畳はしっとりと湿り、湯船からは薬草のような柔らかい香りが漂っていた。
「……わぁ」
最初に声を漏らしたのは、エステルだった。
「本当に、ちゃんとしたお風呂だ……」
「でしょ? リゼと何回も来ているんだ。お気に入りの店だよ」
まさか異世界で露天風呂に入れるとは思っていなかったというのが、最初に来たときの感想だ。
そういう衝撃もあってか、すっかりここがお気に入り。リゼと色街で遊ぶにしてもこの店を使う。
風呂だけ使うこともあれば、その後に部屋を借りて楽しんだりと、なんだかんだでこの店の愛用者ってわけだな。
「体を洗ってから入ります。あまりに使い方が雑だと出禁になってしまいますからね」
リゼが注意点を述べつつ、体を洗いにいく。
洗い場では高級な石鹸が使い放題。ここも庶民には手の届かない店だから、サービスのグレードは高い。
身体を洗い、身を清めたら、そのあとは湯船に浸かる。
「ふぅ……」
思わず声が漏れた。
熱すぎず、ぬるすぎず、ちょうどいい湯加減。筋肉の奥までじわりと温度が染み込んでいく。
「最高……。生きててよかった……」
「リーネ、少し大げさですよ」
となりに入ってきてリゼが苦笑するが、その表情もかなりゆるんでいた。
「……同意するけどさ、やっぱり恥ずかしいんだけど!」
体を大の字にして入る俺とは違い、エステルは体を丸めて縮こまっていた。
それは男たちの視線だ。ハルトはちらちらとこちらを見ながら、トビーは完全にガン見している。
「こらトビー! 今は風呂に入っているんだ。見るのはいいけど、せめてハルトみたいなチラ見程度に抑えてよ!」
「ええー……そりゃないぜリーネ姉ちゃん! せっかく目の前に女の裸があるなら、そりゃ見るでしょ!」
「気持ちは分かるけど、今はこの湯を楽しむ時間にしないともったいないよ」
「しゃあねぇな……」
ということで、トビーをいさめて入浴を続ける。
できるなら俺だってエステルの裸を隅々まで舐めまわすように見たいけど我慢しているんだ。
それは自重させないとフェアじゃない。
緊張していたハルトとエステルだが、その固さもこのやり取りで多少は解れたようだ。
男女で同じ湯船に入っているのに、俺とトビーのやり取りは普段と変わりがないからだろう。
さらに、お湯の中に全身を沈めているという気持ち良さを感じることで、だんだんとリラックスモードに切り替わっているようだった。
ハルトはついにこちらを意識せずに肩まで湯に沈み、頬を赤くして目を細める。
エステルも同様で、私やリゼと同じく体を広げていた。やっと吹っ切れたみたいだな。
トビーは腕を湯船の縁に預け、ぼんやりと天井を見上げていた。
「足が伸ばせるってのはいいもんだ。これが風呂かぁ……」
「初めて入ったけど、気持ちいいね……」
ハルトとエステルが極楽モードになっていて実に結構。
「たまにはこういう贅沢も悪くないでしょ?」
「贅沢ってほどでもねぇさ。働いた分のご褒美だろ」
トビーはいつもと変わらない。
ただ、ちゃんとこの時間を楽しめているのは確かだった。
「来て良かったね」
「はい。異性の身体に慣れると言うのも、冒険者をやっていくには必要ですからね」
リゼの感想はどこかずれていた。
戦いにおいては、男女の差なんて考えるなという思想があるようだからな。
ある意味でどこまでも真面目なのがリゼだった。
「……でも、そうだな。確かに馴れは必要か」
仮に俺が大けがをしたとしよう。
そんな時に服を脱がすことを躊躇されたらたまったものではない。
おそらくトビーは気にしないだろうけど、ハルトはまだまだ女慣れしていないからな。
「よし。ハルト、ちょっといいかな?」
そう声を掛けつつ、立ち上げりハルトの元へ向かう。
「な、なんだよ」
その返事は甲高い。
咄嗟に顔をそむけたようだが、モロに俺の身体を見ればそうもなるか。
「リゼも言っていたでしょ? 異性の身体になれた方が良いって」
「……そりゃ、言ってたけど」
「トビーはまるで気にしていないけど、ハルトは気にしすぎ。だからここは私が人肌脱ごうと思ってね」
別に裸を見せるくらいなんともない。
そういうのはギルドの蒸し風呂に入ったことで、すでに慣れたもんだぜ。
「ほら、ハルトも。体を見せ合わないと不平等だよ」
「そうは言うがなぁ……」
「リーダー命令! ほら早く!」
戦う時には勇気があっても、こういう時の思い切りがないな。
ハルトには変な女にたぶらかされたら困る、だから女慣れしてもらいたいって意味合いもある。
もう槍使いのいないパーティーは考えられない。未来のトラブルを回避するにも、こういうのは早い方がいい。
「分かったよ……」
渋々とハルトが立ち上げる。
なぜ嫌がっていたかと言えば、それはお盛んな股間を見ればよく分かる。
――若いな……十代だったときを思います。そそり立つ角度は若さの証明だ。
感慨深い思いでハルトの股間を凝視していると、ハルトはすぐに根を上げる。
「もういいだろ! 俺だって恥ずかしいんだ!」
「ん? ああ、すまない。もう座ってもいいよ」
そう言ってやれば、ハルトは湯の中に体を沈めた。
揶揄ったつもりはないけど、どうやら似たようなことになってしまったようだ。
「本当にあそこまで裸を晒して……恥ずかしくないの?」
自分の位置に戻り湯に入れば、エステルがとう聞いてくる。
「蒸し風呂で慣れたよ。それに男の象徴がああまでなるんだ。それは魅力的な女ってことでしょ? ある意味で勝ちだよね」
「……リーネがおかしい子だってのは知ってたけど、まさかこれほどとは」
エステルがそんなことを言いながら遠い目をする。
まあ、自覚はある。なにせ中身はおっさんだからな。
――そうして、時間が過ぎていく。
「そろそろ出ましょうか。これ以上はのぼせますよ」
リゼがそう言って、湯からそっと立ち上がる。
「頃合いだね。じゃあみんな、行こうか」
俺も湯から出て、浴場を後にする。
体の芯まで温まって、まさにほくほくという感じだな。
「はぁ……極楽だった……」
風呂上がり。
湯殿を出た俺は、髪を拭きながら伸びをした。
服も新しいものに変えている。完全にリフレッシュだ。
「いい湯でしたね」
リゼが濡れた髪を丁寧にまとめながら言う。
「最初は気疲れしたけど、お湯で体を隠せるわけだし、言うほど恥ずかしくはなかったかな」
エステルもなんだかんだで慣れたのか、ゆっくりと休めたようだ。
「湯に浸かるってのは想像以上に気持ちよかったね。今度は一人で来てもいいかな?」
トビーも気に入ったようでなにより。
今後もパーティーとして動いた場合は、誘っても良さそうだ。
そんな中で、ハルトは妙にぐったりしていた。
「……疲れた、色んな意味で」
「まあまあ、私の裸を見れたんだからいいでしょ? あんなに元気にしちゃってさ!」
「それが、疲れたというんだ!」
顔を真っ赤にするハルト。
こりゃあ、少し刺激が強すぎたか? でも、必要なことだしなぁ……。
「もし性欲を持て余すようなら、ここで女を買ってもいいんだよ? 選び方とか私が教えてもいいし」
「なんで女のリーネがそんなこと知ってんだよ……」
「いやだって、女を買ったことあるし」
「マジか……」
ハルトが驚きの表情で俺を見ている。
別に毎回リゼとやってるわけでもないからな。たまには違う女で楽しみたい時もある。
リゼもそれは同じで、俺以外の女を抱かせている。
理由としては、毎回同じだと飽きること。
違いを挟むことで俺やリゼという女がハイレベルだと再認識するため。
これは飽きをこさせないためには、結構大切なことだった。
「それってホントなの?」
「本当ですよ。私も買ったことがあります。男娼より安いですし、性欲処理をするなら女に慣れたほうがお得でしょうね」
エステルの疑問にリゼが答える。
一応俺とリゼの関係は秘密としていた。
だから今のような受け答えをしろとリゼには指示をしている。
「まあ、今日のところは女は後回しで食事にしようか、お腹空いたからね」
飯もこの娼館で食べることはできるけど、どうせなら色街を回りながらのほうがいい。
ただ休暇するだけじゃもったいない。色々と知る機会があったほうが、いいはずだからな。




