いざ色街へ
三羽雀亭に戻り、パーティーで長期契約している部屋で荷物を下す。
そうして皆が思い思いにくつろぐ中で、俺は話を切り出した。
「休暇なんだけど、まずはパーティー全員で取るのはどうかな?」
個別で好き好きに過ごす前に、全員でパーッと遊ぶ。
パーティーの結束力を強めるという意味で、一緒に過ごす時間が大切だろう。
「賛成。というか、一人で遊ぶにしても遊び方が良く分からんし……」
ハルトが苦笑する。
貧乏生活が長かったようだから、金の使い方が分からないとそうなるわな。
「なら決まりだ。リゼとエステルもそれでいい?」
一応の確認のために尋ねると、二人ともこくりと頷いた。
「となれば、まずは風呂。その後に美味しい食事ってのが基本コースだね」
「お風呂? 蒸し風呂ってわけじゃないよね?」
エステルがそう疑問を浮かべる。
湯船に浸かるという発想がなければ、思い浮かぶのは蒸し風呂だろう。
「お湯を貯めた風呂だよ。ハルトとエステルは入ったことはないの?」
「ない。公衆浴場にも行ったことないな」
「公衆浴場って、薄暗い湯に垢が浮いてるって聞いたから……正直、近づきたくないし。それもあって蒸し風呂しか入ったことないよ」
予想通りの答えが返ってきた。
それなら、本当の風呂ってやつを教えてやるのが、先達の務めってやつだ。
「一度は入った方がいいよ。気持ちいいからね。リゼもそれでいいかな?」
「構いませんよ。いつもの店にしますか?」
「うん、そのつもり」
そこで、ハルトから疑問が飛ぶ。
「なぁ、どこの風呂に行くんだ? 高級住宅街に風呂があるって聞いているけど、そこか?」
「違うよ。あっちは貴族や豪商御用達。湯はいいけど、料金も倍。休暇だからって、無駄遣いする気はないかな」
「やっぱりそうだよな……っていうと、どこなんだ?」
「色街だね」
「…………」
その一言で、兄妹の顔が固まる。
「い、色街って、その……そういうお店があるところ?」
「他にどんな色街があると思ってるのさ」
俺が肩をすくめると、エステルは露骨に顔をしかめた。
「ちょっと待って。本当に色街に行くの? 女がふらっと入っていい場所なの?」
「別に女を買うだけの場所じゃないよ。湯だけを貸してくれる店もあるし、近くに美味しい店も多い。使い方を選べば便利な場所だね」
「そうなの? でも、うーん……」
まあ、普通の女の子なら色街に行くってのは抵抗があるか。
でも、こういう時に冒険者ってのは有利だ。ちゃんと理屈があるからな。
「冒険者をやっていくんだったら、色街くらい知らないと駄目だよ。男女問わず利用しているってのは知っているでしょ?」
「それは……そうだけど」
まだまだ渋るエステル。
このあたりは前衛と後衛の違いかもしれない。
前衛で『身体強化』を使っていると男性ホルモンが出るのかしらんけど、気分が昂るんだよな。
戦闘が終わった後にムラつくのは、それが原因だと思ってる。
だから男だけでなく、女冒険者でも発散するために色街を使う。
まあ、男娼は高いから、お金に余裕のない女冒険者は性感マッサージみたいなもので我慢するらしいけどね。
「とにかく! 選択肢は多くないんだから、ここはリーダー権限で決めさせてもらうよ。今日は湯だけ借りて、飯を食って帰る。色を買いに行くわけじゃないんだから、そこは約束する」
グチグチうだうだしそうなので、ここはごり押しする。
とはいえ、渋っているのはエステルだけ。
空気でそのまま流してしまえばいい。
「風呂だけを貸してくれる娼館があるからさ。そこにしようと思う。何度かリゼと一緒に行ってるから安心だよ」
「……ホント?」
「ええ、いい店ですよ」
エステルはリゼに確認を取ったことで、ようやく安心したようだ。
やはり年長者の意見は強いぜ。いくら俺がパーティーリーダーをやっているからって、それは変わらない。
「よし、決まり! どうせなら色街についても説明してあげるよ。評判のいい店と悪い店、知らないままってのは危ないからね」
「冒険者をやっていくなら知らないと駄目か……そういう意味では社会勉強ってわけだな」
「ハルトの言う通り。とにかく知るのが大切だよ」
そんな感じで、パーティーとしての同意がとれた。
あとはトビーも誘ってみるか。一緒に農村を巡った皆での慰労だからな。
ギルドに泊まっているトビーを誘い、色街にやってくるころには、空はすっかり群青から茜色に変わっていた。
灯が連なる路地は、夜の明かりと人の声で、むしろ昼より騒がしい。
香の匂い、酒の匂い、甘い香水と安い油の混じった空気。客引きの声と笑い声が飛び交い、慣れない者の足を絡め取ろうとしている。
「……すごいね。これが色街か」
エステルが小さく呟く。
その横で、ハルトは少しだけ肩を強張らせていたが、トビーはきょろきょろと周囲を見回す以外は普通だった。
リゼはいつも通りの無表情で、特に何も言わない。
「人間の汚い欲望の詰め合わせセットってやつだね。だからこそ、心の垢を落とすにはこういう場所が必要なのさ」
「なるほどなぁ……」
ハルトが辺りを見回しながら感心するように嘆息した。
俺としては適当なことを言っただけだから、そんな風に流れても困る……が、まあいいか。
経験ありげな雰囲気を漂わせることは、リーダーとしては必要だと思っておこう。
「オレも色街は初めてだけど、こんな感じなんだな。客引きのねーちゃんが立ってるぜ」
トビーが客引きの娼婦を見比べている。
「でもあんなもんか? リーネ姉ちゃんやリゼ。エステルの方が美人じゃね?」
そんなセリフを受けて、俺とリゼは別に何も変わらないが、エステルだけは少しだけ恥ずかしそうにしていた。
エステルはトビーのことを弟であるかのように接しているし、トビーもエステルにはよく懐いている。
ハルトに対しても兄のように接しているから、農村出身者同士として相性がいいのかもな。
「私達は女としてはレベルが高いからね」
「よくそんなセリフが言えるなぁ」
「客観的事実でしょ。ハルトもそう思うよね?」
話題をハルトに振ってみれば、明らかに動揺したような仕草をしている。
どうやら娼婦をじっくりと見ていたらしい。歩きながらなのに危ない奴だ。
でも、分からなくはない。体のラインを強調する薄着の服を着ているんだ。そりゃあ目が向くよな。
「お、おう! リーネとリゼはなかなかみない美人さんだぜ! エステルは知らん!」
「ちょっと兄さん! そこは私も褒めるところでしょ!」
「自分の妹にそんなこと……言えるかよ……」
くだらない雑談だけど、だからこそ意味がある。
色街に入ってから委縮していた兄妹が、いつもの調子を取り戻してきた。
やはり、これから風呂に入ってすっきりするのに、縮こまったままじゃあ駄目だよな。
「まあまあ。エステルは可愛いよ。それは客観的な見方ができる私が認めた事実だよ」
「リーネに褒められてもねぇ……」
なんて風に、エステルはつまらなそうな顔をしているが、どこか嬉しそうだった。
パーティーとしてはいい雰囲気で、隣のリゼを見れば、どこか楽しそうでもある。
これなら今日は存分に楽しめるだろう。
「着いた。ここだよ」
ということで、俺は一軒の店を指さした。
立派な暖簾と、色鮮やかな看板。
入り口には、艶っぽい格好をした女たちが数人、ゆるく客を眺めている。
「モロに娼館だな……」
「だよね……」
ハルトとエステルが怪訝な表情で店を見る。
「大丈夫。何度も使っているから。今日は湯だけ借りて帰るよ。入るよ、みんな」
先頭になって娼館に向かう。
堂々とした態度こそが皆を導くためには必要で、それは依頼を受ける時も、娼館に入る時も同じ。
ただ風呂に入るだけでそんなことが思い浮かぶなんて――ずいぶんと冒険者として毒されてきたな。




