全ては順調
翌日。
森の見回りを再開する。今日は本腰を入れる予定だ。
「今日は少しだけ奥に行こうか。襲ってくるなら好都合、できるだけ狩りたいからね」
「それはその通りですが、あまりに多くの群れに襲われたら対処できません。引き際は私が判断します」
「うん、それはリゼに任せる。じゃあ行こうか」
いつもの陣形で、森の中へ足を踏み入れる。
足元の土は柔らかく、昨日と同じ湿り気を含んでいた。枝の隙間から差す光の量も、ほとんど変わらない。
もともと里森として使われていた場所だ。道まではいかなくても、人の手が通った痕跡がところどころに残っている。
「……やるか」
周囲に聞こえないように、口の中だけで呟いた。
今日はさらに、『挑発』を応用した使い方を試す。魔力の出し方を変え、指向性を少しだけ緩めるやり方だ。
参考にしたのはエステルの支援魔法。昨日、スティングスタッグを運んでいる時に思いついた。
狙いを絞れば一人を強く、広げれば複数を薄く支えることができる。
精神操作も似た理屈でいけるはずだ。
薄く広く魔力を放つ。興味を引けさえすれば、向こうから寄ってくることを期待する。
俺は森の中に向けて、感情をばら撒いた。好奇心を少しだけ煽るイメージ。
初めて持続的に魔法を使い続けるけど、負担は思ったより多くない。このまま続ける。
そうして歩き続けていると――空気が、少し変わった。
「……来ます」
リゼが警戒感を込めて言った。
枝の擦れる音。土を踏み締める重い足音が――ひとつ、ふたつ。
やがて、茂みの間からスティングスタッグが二頭、姿を現した。
「さて……向かってくるのか?」
ハルトが槍を構え、じり、と半歩前に出る。
エステルの支援魔法が、すでにハルトに流れ込んでいるのが分かった。
「来るはずだよ。そのまま警戒して」
そう短く告げる――が、俺には確信がある。
すでに『挑発』へと切り替えている。あの二頭は怒りと苛立ちに苛まれているはずだ。
昨日と同じならすでに効果が出ているはずだが――これは……効いてる!
スティングスタッグの鼻息が荒くなった。
前脚が、土を掻く。
「来るよ。手はず通りに!」
叫び終わるより早く、戦いが始まる。
ひとつ目の影が、地面を抉るような突進でハルトへ迫る。
ハルトは一歩踏み込み、槍の石突を地面に打ち立てた。
「受け止めたぞ……!」
すでに手慣れたことかのようにスティングスタッグの突撃を受け止めるハルト。
こうなればあとは消化試合みたいなもの。
すでに二頭目には魔法を掛けてある。
「リゼは攻撃を! 私が後ろの奴をやる!」
足を止めた一頭をリゼに任せて、後方のスティングスタッグに向かう。
そいつはすでに俺の術中に掛かっている。なぜなら『挑発』と『恐怖』を交互に流し込んでいるからだ。
スティングスタッグはその場であらぬ方向に何度も向きを変え、角だけを振り回して、くるくると回り始めた。
「はっ……!」
脚を斬って、動きを削ぐ。
ついでにマインドブロウを使って『諦念』をぶち込んでやる。
最大出力の精神操作によって、スティングスタッグの抵抗が急速に弱まっていく。
「これでとどめ!」
動きを奪ってしまえば、ただの獲物だ。
リゼのように流麗とはいかないけど、首を落とすことに成功する。
背後を振り返れば、当然のようにリゼが一頭目を斬っていた。これで終わりだな。
「よし。死体を運ぼう。無理をせずに狩り、無理をせずに続ける。村の滞在費も、これで稼げるしね」
そう言うと、ハルトが構えを解いて、大きく息を吐いた。
「なんか拍子抜けだな。余裕じゃないか」
「それはいいんだけど……運ぶとなれば、また私の支援が必要になるからね。この調子で狩り続けると、私が先にへばっちゃうよ」
エステルが困った顔で言う。
戦いとは違い運搬には魔法を掛けっぱなし。負担が重くなるのは当然だ。
「となると、問題はそっちだね。……村人にも手伝ってもらおう。このペースで討伐が続くなら、森の縁あたりで待機してもらうのもありだ」
エステルの魔力切れで討伐が止まったら意味がない。レーベン村には討伐依頼で来たんだからな。
一度戻って話をすると、村人の力を借りるという案は、二つ返事で受け入れられた。
ヘルマンが陣頭指揮を取り、俺たちは討伐に専念。村人たちは、森の縁で待機し、解体と運搬を引き受けてくれることになった。
そこから先は、同じ作業の繰り返しだ。
狩って、案内して、任せて、また狩る。
討伐は順調。すべてを狩り尽くすことはできないが、畑を荒らされる回数は目に見えて減っていった。
「ここ数日は、夜明けの被害報告がほとんどありません」
マティアスがそう報告してきたのは、五日目の朝だった。
踏み荒らされた畝も、新しい傷が増えてはいない。麦の穂も、これ以上ひどくなることはなさそうだ。
「なら、ここらが区切りどころでしょう」
リゼが静かに告げる。
俺も異論はない。
「森の奥にまだ群れは残ってるけど、畑を守るって意味では十分だね」
「うむ。どうやら魔獣共も我らを恐れ始めた。こうなれば、村人だけで対処が可能だろう」
ヘルマンも同意した。
こうして、レーベン村のクエストは依頼達成となった。
出立の日の朝。
村長宅の庭で、ヘルマンとマティアスの見送りを受ける。
「後はわしらで様子を見る。ここまでよくやってくれた」
ヘルマンの声は、いつもより少しだけ柔らかかった。
「いえ、私たちも大いに稼げました。素材を売却すれば、一財産作れるくらいには」
換金部位は山ほど手に入った。
農村の討伐依頼は割に合わないと思っていたけど、そんなことはない。
やり方次第ではとんでもなく実入りのいい仕事になる――それが分かったのも今回の収穫だな。
「それはなによりにございます。我々としても、大量の干し肉が手に入りました。これで備蓄が作れます。荒らされた麦の補填にもなるでしょう」
生肉を長距離運ぶのは難しい。さらには魔獣肉だ。売り捌くにしても単価が安い。
だから解体作業の代金として、ほぼ全ての肉は村に渡している。
「これで村は救われました。感謝いたします、『鍛鉄の剣鉈』の方々」
マティアスが深々と頭を下げた。
「また何かあれば、ギルドを通して呼んでください」
「ええ。できれば冒険者を呼ばねばならぬ事態は二度と来てほしくはありませんが……その時は、またお願いします」
「達者でな。お前たちの活躍を期待しているぞ」
最後にヘルマンの激励を受け、俺たちは皆で背を伸ばす。
「はい! それではこれにて失礼!」
こうして『鍛鉄の剣鉈』は、レーベン村を後にした。
グレインフォールに戻った俺たちは、ギルドで今回の依頼達成の報告を行った。
そこで、農村からの依頼をこなしてくれればギルドから追加報酬を出す、という話をボルクから持ちかけられた。
レーベン村のような場所がまだいくつもある。それを何とかするように領主から言われているのだとか。
俺たちはその提案を受け、農村の依頼を集中的にこなすことにした。
期間は、おおよそ一ヶ月。複数の農村を回り、魔獣被害を抑えていく。
途中からは臨時のパーティー契約でトビーも同行した。
討伐と運搬のバランスが取れ、効率はさらに跳ね上がる。
ギルドからの信用も上がり、武具の整備や物資の補給も優先的に回してもらえるようになった。
そして――近隣農村の討伐依頼、その最後を終わらせてのギルドへの報告。
カウンターの向こうで帳面を閉じたボルクが、感心したように俺たちを見た。
「お前たち、結成してまだ半年も経ってねぇのに、『鍛鉄の剣鉈』の名はかなり広がってるぞ」
ボルクがしみじみと言う。
「向かった農村全ての依頼を成功させたのはでかいな。おまけに大量の肉まで置いていくってんだから、信用も増す」
依頼をこなした農村で聞いた話だけど、冒険者パーティーによっては村の足元を見て売りつけるケースもあるらしいからな。
俺達のように換金素材さえ手に入ればいいってのは実は珍しいようだ。
「ギルド内での評価が日増しに高まるってもんよ。農村の依頼を捌けてギルドとしても一安心だからな。さすが、俺が見込んだだけのことはある」
「褒めすぎだよ、ボルクさん。まだまだひよっこさ」
そう返しながらも、頬が緩むのは止められない。
横を見ると、ハルトもエステルも、どこか誇らしげだ。
リゼは、当然の結果だと言わんばかりの表情をしている。
「ただまあ……連戦続きだろ? 一回ぐらいは休んでも罰は当たらねぇよ。あまり働かせすぎて潰れちまったら、ギルドとしても大損だからな」
その言葉に、俺たちは顔を見合わせた。
「休養ですか。いいのではないでしょうか?」
「そうね。ずっと動きっぱなしだったから、そろそろ休みたい気分よ」
リゼが同意し、エステルがほっとしたように笑う。
「そうだな。稼ぎも出たし、ちょっとくらい贅沢してもバチは当たらねぇよな?」
ハルトが肩を回しながら言う。
この流れに逆らうのは悪手だ。
まあ、俺も休むのはありだと思うけどね。
「それなら少し休むよ。はめを外さない程度に遊ぶのも、たまにはいいかもしれないからね」
「おう! 英気を養うのは、稼げる冒険者の特権だ。存分に楽しんでこい」
そうボルクに送り出されて、ギルドを後にする。
ハルトとエステルは、どんなふうに遊ぶかで早速盛り上がっている。
俺は適当に相槌を打ちながら、その横で少しだけ考え込んだ。
遊ぶのもいい。
けれど、訓練期間にするのも悪くない。
最近はまとまった稽古ができていないからな。
――そういう真面目なことを考えるのは、ひと通り遊んでからでも遅くないか。
せっかくの長期休暇だ。
存分に、楽しませてもらおう。




