鍛鉄の剣鉈
翌朝のギルド前は、冷たい空気のわりに人の声で賑やかだった。
荷車の軋む音と、鎖を引きずる音と、冒険者たちの笑い声が混ざり合っている。
入口の脇では、ハルトとエステルが並んで立っていた。
「おーい、リーネ!」
手を振って駆け寄ってくるハルトに、私は軽く手を上げて応じた。
俺の隣には、いつも通りの姿勢のリゼがいる。
「待たせたかな?」
「そうでもないさ。それより――」
ハルトが悪戯っぽい笑みを浮かべて、身を乗り出してくる。
「パーティー名は決まったのか?」
「それは決めたけど、やっぱり気になる?」
「当たり前だろ! エステルも楽しみにしていたんだ、なあ!」
視線を向けると、エステルがこくりと頷いた。
「リーネのことは信じてるけど、どうなるかなってね。あまりにカッコ悪いのは嫌だし、でも名前負けするのも嫌だし……」
言いたいことは分かる。名前負けは俺も嫌だし、歳を食ったぶんイキった看板には抵抗がある。
「まあ、そのあたりは大丈夫って言っておくよ。それでも、誰もが気に入る名前なんてないからね」
昨夜リゼとも詰めた。評価も悪くない。
「私に決めてもらうってことに二人は同意したんだから、文句は言わないでよ?」
「まっ、そうだな」
「リーネに決めてもらうって、みんなで決めたんだもんね」
ハルトとエステルが素直にうなずく。
あとは、正式に登録するだけ。
「名前の由来とかも含めて、それは受付までお楽しみだね。じゃ、行こうか」
踵を返し、並んでギルドの扉をくぐった。
中はいつもの喧騒だ。依頼票の板には紙がびっしり貼られ、カウンターの奥では受付の面々が忙しく手を動かしている。
その中央の見慣れた窓口に、がっしりした体格のボルクが腕を組んで座っていた。
「おう、来たか」
私たちに気づいたボルクが、顎をしゃくる。
「で、今日はどういう要件だ? 見たところ、討伐依頼を受けるって顔じゃないな」
「鋭いね。そうだよ。今日はパーティーとして、本登録に来たんだ」
私がそう告げると、ボルクはカウンターの下から羊皮紙を取り出した。
「ついに本格的にパーティーを組むってわけだな。これに代表者の名とメンバー、それからおおまかな役割を書け」
渡された羊皮紙を受け取り、代表者欄に名前を書き込む。
次に役割。ここは、書類上はこうなる。
「役割は――私とリゼが剣士。ハルトが槍使いで、エステルが支援術士。これでいいかな」
「よし、役割はこれでいい。で――」
ボルクの視線が、次の欄に落ちる。そこにはまだ、何も書かれていない。
「パーティー名を、どうする?」
空気がほんの少しだけ締まった。
俺はペンを持ち直し、パーティー名の欄に一気に書き込んだ。
「『鍛鉄の剣鉈』で、お願い」
すべてを書き終え、書類をボルクに渡す。
「鍛鉄の……剣鉈、ね。どんな意味だ?」
昨日リゼと一緒に話し合った内容を思い出しながら、口を開いた。
「鍛鉄って、使い勝手がよくて、叩けば叩くだけ鍛えられる鉄でしょ。どこにでも使われて、でも手を抜けばすぐ駄目になる素材。私たちも、そうありたいなって」
「ふむ」
反応は悪くない。
続けて、剣鉈の説明だ。
「それから、剣は貴族が使う武器。鉈は畑や森で使う道具で、平民の持ち物。うちのパーティーって、その混成じゃない? 身分で線を引くんじゃなくて、一本の刃にして一緒に振るう。そういう意味も込めてある」
自画自賛になるけど、良い名前だと自分では思う。
ボルクは短い沈黙のあと、口角を上げた。
「……悪くねぇ。いや、かなりいい。名前だけ勇ましくて中身が伴わねぇ連中も多いが、この名前は逆だ。今をそのまま表していて、かと言って卑下もしねぇ。今後を期待させる、いい名前だ」
「いや、褒めすぎでしょ」
思わず肩をすくめる。
でも、褒められるのは悪くない気分だ。
「で、どうかな? 私には良い名前だと思うんだけど」
後ろを振り向き、仲間の顔を確かめる。
「いいじゃん。今の俺たちにぴったりじゃないか?」
「そうだね。いい名前だと思う。鉈は私たちも使い慣れた道具でもあるからね」
二人とも、真面目な顔でうなずいた。
リゼもこくりと頷いている。二人で考えたかいがあったな。
これで満場一致。ボルクは大きくうなずき、羊皮紙に承認の印を押した。
「よし。これでお前たちは、今日から正式に『鍛鉄の剣鉈』だ。撤回は受け付けねぇからな」
「簡単に変える気はないよ」
ただ書類に名前を書いただけなのに、胸の奥で留め金がかちりと噛み合った気がした。
これで四人パーティーとして本格始動――『鍛鉄の剣鉈』の活動開始だ。
「で、今日はこれで終わりか?」
ボルクが問う。
「まずは引っ越しだね。拠点を私とリゼが泊まっている宿にするから、ハルトとエステルの荷物を運ばないと」
「今までパーティー名ばっか気にしてたけど、今日やるのはそっちだからな」
「準備はしてあるから、すぐに出られるわ」
依頼を受けるよりも引っ越しが先だ。
それを確認したところで、ボルクが少しだけ意地悪そうに口を挟んだ。
「せっかくギルドに来たんだ。掲示板くらいは覗いていけ」
そこまで言われてしまえば、見ないわけにもいかない。
とはいえ、今までは討伐依頼ばかりだったからな。どんな依頼を選べばいいか、正直言ってピンとこない。
「どんな依頼がオススメ?」
結局、ボルクに訊くのが手っ取り早い。
「森での討伐依頼をこなせているからな。最初は農村の依頼がいいだろう」
「農村の依頼?」
「ああ。掲示板を確認してみろ。最近は魔獣が例年以上に湧いて出ているからな。討伐依頼がひっきりなしにやってくる。領主ですら対処しきれんということだ」
言われた通りに掲示板の前へ行き、並ぶ紙を順に眺めていく。
確かに、農村からの依頼が多い。その中で、目についた一枚にはこう書いてあった。
――近郊農村における畑荒らしの害獣退治。
――夜間、畑の作物が食い荒らされている。
――犯人はグナウヴァーミット、およびスティングスタッグと推定。
――現地で状況確認の上、討伐。難しい場合は追い払いを行うこと。
その依頼書を剥がし、受付に戻ってテーブルに置く。
「農村の畑を荒らす魔獣の討伐みたいだ。みんなは何か知っているかな?」
内容を読み上げると、真っ先にハルトが反応した。
「この村は知ってるぜ。俺の村の隣だな。グナウヴァーミットは農民でもなんとかなるが、スティングスタッグは厄介だ。角で突っ込んできて、毎年死人が出る」
「スティングスタッグの討伐経験があります。グレイマウルほどの一撃の重さはありませんが、一撃で人の命を奪う力がありますからね。逃げ足も速く、厄介な魔獣ですよ」
リゼが静かに補足する。
そこへボルクが、さらに説明を足した。
「追い払うとあるが、実態としては討伐依頼だ。畑の近くの森にまで入って行って、そこを棲み処にしてる魔獣を狩れって話だな。難点があるとすれば、そういう魔獣は積極的に人を襲ってこないってところだ」
「グレインフォールの森と違って、散策してるだけじゃ駄目ってこと?」
「そうだ。だから追い払いって選択肢が出てくる。その村の畑を荒らすようなら痛い目を見るぞ、と教えてやるってことだな。これは、ハルトとエステルは知っているんじゃないか?」
ボルクから話題を振られた兄妹が頷く。
「村人総出で森狩りさ。長い棒や槍を持って威圧して回るんだ。倒すことはできなくても、そうすりゃグナウヴァーミットはともかく、スティングスタッグは追い払える」
「森には放し飼いの豚とかもいるから、魔獣の住処にしてはいけないのよ。だから本来は冒険者に頼ることなく、村でなんとか男手を集めて対処するものなんだけど……」
二人の声には、少しだけ重さがあった。
魔獣退治に冒険者を雇わなければならない現状を、二人とも重く見ているということだろう。
依頼書の下部を見れば、報酬もそこそこいい。討伐を完全成功させれば銀貨八枚。失敗して追い払うだけになったとしても銀貨四枚――そんな条件だ。
「正直言って、森での討伐を続けるほうが稼げると思う。でも、私としては新しい依頼を受けてみたい。それと――」
視線をハルトとエステルに向ければ、その目に宿っているのは決意に近い何かだった。
二人がなぜ冒険者になったか? 雑談の中で、俺はすでに聞いている。
「ハルトとエステル。二人はどう? 農村を荒らす魔獣の討伐依頼だ。受けたい?」
冒険者として腕を磨き、自分たちの力で魔獣被害に困る農村を助けたい。
それが、二人が冒険者になった理由だ。
「……やろう。今の俺たちならやれる。やれるはずだ!」
ハルトが決意を込めた目で俺を見る。
エステルの瞳にも、同じ色が灯っていた。
「そのために冒険者になったんだもんね。リーネ、その依頼を受けよう!」
視線をリゼに向けると、短く頷くのが見えた。
なら、決まりだ。
「ボルクさん。この農村の害獣退治、『鍛鉄の剣鉈』で受けます」
「……そうか。よし。手続きは通しておく。村の場所や細かい話は、引っ越しが終わってからまたギルドに来い。俺が説明してやる」
パーティーを結成して、初めての依頼が農村の魔獣退治。
今までは資金を稼ぐことだけを考えてきた。まずは、冒険者として生きていかなければならないからだ。
でも、ここからは少し違う。金だけじゃない――信用だ。信用を得るための戦いをする必要がある。
わざわざ口には出さないけど、信用と名声――そういうものが、冒険者のキャリアとして必要になる。
評判を稼ぐために農村を回るってのは、案外悪くない選択のはずだと、俺は心の中で頷いた。




