二人だけの一区切り
四人で森に入るようになって、数日が経過した。
正式なパーティー結成はまだだが、もう下準備としては十分に回っている。
何度も陣形を試し、魔獣の群れをいくつも捌き、そのたびに街へ戻ってくる。そういう反復の中で、動きが少しずつ噛み合っていくのが分かった。
午前と午後に分けての討伐は、稼ぎを大幅に押し上げる。
割と貧乏生活をしていたハルトとエステルも使える金が増え、資金格差が縮まったのも、正式なパーティー結成の決め手みたいなものだろう。
ギルドでトビーと別れ、それぞれの宿に戻って汚れを落とす。そこから先は、打ち合わせを兼ねた食事会というわけだ。
俺たちはいま、冒険者御用達の飯屋の奥の席で、木のコップを打ち鳴らしたところだった。
油でよく使い込まれたテーブル。肉を焼く匂い。スープの湯気。酒の香り。
ギルドの飯場みたいに、腹に入ればいいだけの店じゃない。ちゃんと美味い飯が出てくる店だ。
「今日も、上手くいったね」
俺がそう言うと、リゼは当然という顔で頷き、ハルトとエステルはほっとしたように笑った。
「はい。連携も上手くできるようになっています。その証拠に、危ない場面は一度もありませんでした」
リゼがスープを一口すすって、静かに頷く。
ハルトは大皿の肉にかぶりつき、口元を拭って顔を上げた。
「前は、覚悟してから森に入っていたけど。いまは違う。緊張感はあるけど、金を稼ぐために戦う場所って感じになってきた」
「ほんとよね。兄さんと二人で入っていた時は、毎回びくびくしていたもの」
エステルはシチューにパンを浸して、嬉しそうに食べている。
農村じゃ白パンはご馳走だって話だし、そりゃ顔もほどけるか。
「二人の時は、エステルの支援魔法だよりだったんでしょ。そりゃ緊張するよね」
「そうなの! 一応、自衛はできるって言っても、戦えるってほどじゃないからさ。兄さんが魔獣を仕留め損なわないか、いつもハラハラだったよ」
「ひでぇ言い草だな……。まあ、気持ちは分かる。俺も、エステルが支援をしくじったらその時点で詰みだからな。こっちもハラハラだぜ」
「なによ! 私を信用できないっていうの!?」
「お前が先に言ったんだろ。だから俺も正直に言っただけさ!」
わーわーがやがやとうるさい兄妹だった。
でも、こういう言い合いができるようになったってのは余裕が出てきた証拠だろうし、俺たちと組んだからこそ遠慮なく口にできるようになったってことでもある。
俺は笑って、テーブルを軽く指先で叩いた。兄妹漫才も悪くはないが、話を進めよう。
「おしゃべりもいいけど、今日の討伐依頼で確信できた。前衛にハルト。両翼に私とリゼ。後方にエステル。やっぱりこの陣形が最適だね。リゼはどう思う?」
「同意します。エステルの支援魔法を状況に応じて使い分けるには、それが最適です」
俺とリゼの話を聞いて、ハルトが真面目な顔に戻る。
「ブルタスクなんかがいい例だよな。最初は俺に魔法を掛ける。突進さえ耐えられれば、攻撃役のリーネとリゼに魔法を回せる。守りと攻めの切り替えができれば、ブルタスクだって仕留めやすい」
「最初は上手くできなかったけど、練習したらできるようになったもんね。自分の魔法を、ちゃんと役に立てられてるって感じがする」
エステルが、実感のこもった声で言う。
こういう確認のし合いが自然に出るなら、もう頃合いだろう。
「そろそろ、正式にパーティーを組もう」
三人の視線が一斉にこっちへ向いた。
「今日までは仮パーティー扱いだったけど、これだけ噛み合うなら本登録でいいと思うんだよね」
「俺は賛成。一緒にやっていきたい。エステルもそう思うよな?」
「もちろん! 兄さんと一緒に、必要だって言ってもらえるの嬉しいしね!」
エステルが笑顔で俺とリゼを見る。
支援魔法の使い手は引く手あまただ。けど、エステルだけ引き抜かれたらハルトが余ってしまう。
そういう形になるのが嫌で、エステルは他のパーティーの誘いを断ってきたらしい。
兄妹そろって参加できるのが理想であるなら、俺達と組むのは良い選択だろう。
そういう彼らを見て、リゼは少しだけ目を伏せてから顔を上げた。
「私も異論はありません。ですが、その場合はハルトをもっと鍛えなければなりませんね。まだ伸びしろがあります」
「お、お手柔らかにお願いします……」
雑談の中で、騎士の扱きの辛さは何度も聞かされている。
ビビるのも当然だが、それでも一緒にやると言う覚悟は良し。
「じゃ、決まりだね。明日ギルドに行って、パーティー登録の手続きをしよう。……となると、問題は一つ」
「問題? 何かあるのか?」
ハルトが首をかしげる。
俺は肩をすくめた。
「パーティー名をどうするかってこと」
「あっ……」
ハルトとエステルが、はっとした顔をした。
パーティー名なんてのはそれほど重要ってわけじゃない。けど、適当に付けるのもまた違う。
「ハルトたちは、何か案ある?」
「俺には学がないから浮かばないよ。エステルは教会で働いてたから、多少はものを知ってるだろ?」
「雑用がほとんどだったし、簡単な文章しか読めないよ!」
エステルも困ったように笑う。
農村出身なら、まあそんなものか。
「それなら、私が何か考えておくよ。それでいいかな?」
「リーネなら安心だ。貴族のお嬢様だからな」
「色々学んできたけど、センスは期待しないでね。そこは別問題だよ」
ということで、俺がパーティー名を付けることになった。
リゼは黙って聞いているだけだが、異論はなさそうだ。
正直言えば、ネーミングセンスに自信はない。となれば、当たり障りのない名称でいいだろう。
決まることも決まったし、飯を食べ終わった。
会計を済ませて店を出ると、すでに夜の帳が下りていた。
腹もいっぱいだし、ゆっくり休んでから寝るにはちょうどいい。
「じゃあ、俺たちはこれで」
「これから同じ宿にするんだよね? 準備しておくから、明日はよろしくね!」
パーティーの本結成にあたり、拠点とする宿を三羽雀亭にすることが決まった。
四人で長期契約できる部屋があるらしく、そこにしようという話になっている。
「うん、こっちも準備しておく。ギルドで待っててよ」
「二人とも、明日からよろしくお願いします」
俺とリゼがそう言いながら軽く手を振ると、二人は先に歩き出した。
あとは三羽雀亭に戻るだけ。……のはずが、リゼはその場に止まったままだった。
「……どうした?」
黙っているのが少し気になって覗き込む。リゼは一拍置いてから、ゆっくり口を開いた。
「一区切り、ついたのだと思います」
「一区切り?」
「はい」
視線を前に戻したまま、リゼが続ける。
「明日からは四人で依頼を受け、四人で帰ってくる。それが本当の意味で正しい形となる。ですが……」
言葉がそこで途切れる。何を考えているかはいまいち読めない。
けれど、四人という単語に、妙に力が入っていた気がした。
……ああ、なるほど。たぶん、これだ。
「もしかしてさ」
「はい?」
「パーティーが四人になって、二人きりの時間が減るのが嫌だったりするのか?」
リゼが、ほんの一瞬だけ目を見開いた。
「嫌ではありませんが……」
言葉を探すみたいに間が空く。
やっと出てきたのは、正直な答えだった。
「二人の時間が惜しいと……そう思ってしまうのです」
俺は内心で苦笑しつつ、口元だけで笑った。
「なかなか可愛いところ、あるじゃないか」
「からかわないでください」
むっとしたように唇を尖らせるが、完全に怒ってはいない。
いつもは鉄面皮が目立つけど、年頃の女でもある。
それを思えば、こういう反応の仕方は自然かもしれないな。
「じゃあさ」
俺はわざと肩をすくめて見せた。
「区切りっぽいこと、もう一個だけしておく?」
「それはいったい……?」
「今日は稼ぎもあるし、時間もある」
腰の袋を指で弾くと、中の銀貨が小さく鳴った。
「このまま色街にでも行くか?」
口に出してから、自分で少し笑いそうになった。
さすがに言い過ぎたか、と一瞬だけ思う。でも、もう出てしまったものは仕方ない。
リゼの反応を待つ。年長者としては、断って当然だ。
けれど――。
「……はい」
予想通りの答えだった。
「なら、今日はとことんまで楽しむか。明日があるから酒は駄目だけどな」
俺は笑いながら、リゼと並んで歩き出した。
ボルクも、頭数が揃ったなら新しい仕事を回すと言っていた。森だけじゃなく、もっと遠くへ。今より一段深い場所に、俺たちの仕事場が広がっていくはずだ。
だから確かに――今日という二人の夜を区切りという理由で遊びに使うのも、悪くないのかもしれない。
夜闇を照らす灯りが石畳を照らす中、俺とリゼは肩を並べて歩いて行った。




