共同戦線
ギルドに入ると、いつものカウンター前に約束していた顔ぶれがそろっていた。
ハルトとエステル。今日、一緒に討伐依頼を受ける兄妹だ。
「おう、来たな。試しにパーティーを組むって話だが、いつもの間引きでいいんだよな?」
受付のボルクが帳面から目を上げる。
俺とリゼ。途中で合流したトビー。そしてハルトとエステル。
全員の顔を見回し、俺は軽く頷いた。
「そうだよ。森の浅いところで、パーティーとして戦えるか確かめるんだ。順調にいくなら、トビーが背負えなくなるまでだね」
ハルトは一歩引いている雰囲気――どうやら、指揮を取る気はなさそうだ。
なら、今回は俺がパーティーリーダーだ。ハルトとエステルが自分からリーダー役をやりたいと言い出さない限り、俺がやる。
そのようにリゼと決めていた。
「そうか。無理せずにやってこい」
「分かってるよ、ボルクさん」
こうして、俺たちはギルドを後にした。
今日はいつもと違って五人で森に入る。レオンを信用するなら、ハルトとエステルの腕は信用できるはずだ。
俺達の信用度に関して言えば、リゼに対してならば兄妹は最初から一目置いているようだった。
それなら今日は――俺もこの兄妹に信頼してもらえるように頑張らないとな。
森の入口は前と同じはずなのに、ほんの少しだけ明るく見えた。
太陽の角度も、木々の芽吹きも変わらない。
変わったのはこっちの気持ちだ。人数が増えると心強いという、単純な理由だな。
「まずは浅いところから、ですね」
リゼが確認をする。
それに皆で頷き、次いでハルトが話し出す。
「隊列は昨日話した通りでいいですか?」
「うん。先頭がハルト。左右を私とリゼ。エステルは中央で、一番後ろがトビー」
まとめ役としてハルトの言葉を引継ぎ再確認。守備役のハルトを前衛中央に。俺とリゼが攻撃役として両翼。
支援術士のエステルは真ん中で全員を見て、トビーは荷役士として俺達のあとを付いてくるという形だ。
「私の魔法はいつ使いますか?」
「グリムパップ相手はなし。ブルタスクとやる時にハルトに掛けて。今日はお互いの実力を見せるって考えてくれればいいよ」
「分かりました。兄さん、ブルタスクと戦う時には支援を掛けるわ」
「了解。俺はいつも通りにやる。攻撃はリーネさんとリゼさんに任せたいです」
「任せて」
話を終え、陣形を組んで森の中へ。
影が濃くなり、足元の土が柔らかくなっていく。落ち葉が靴の裏でくしゃりと鳴った、その時――。
茂みが裂ける音と、低い唸り声が聞こえてくる。
――前方から、グリムパップが二匹。ほとんど同時に飛び出してきた!
「牽制します!」
ハルトが槍を前に突き出す。
短槍とはいえ、剣よりずっと長い。
その穂先を鼻先で揺らされるだけで、二匹のグリムパップは踏み込めず、前足を硬直させた。
「リーネ! 行きますよ!」
「分かった!」
ここからは攻撃役の出番だ。
左右から飛び出した俺とリゼは、一匹ずつを同時に狙う。
俺に向き直ろうとしたグリムパップ――遅い。
渾身の力を込めて唐竹割りに剣を振り下ろす。
『身体強化』を乗せた一撃は、頭蓋を割り、そのまま内部を砕いた。
同時に、リゼの方のグリムパップも崩れ落ちる。
「終わりですね」
リゼの足元には、綺麗に首を落とされた一匹。
魔獣は頑丈だ。だから首を落とすのが一番確実――その基本を淡々と守っている。
言うほど簡単じゃないんだけどな。流石、俺の剣の師匠だ。
「やっぱり牽制があると違うね。攻撃が楽だよ」
「同感です。槍が一本あるだけで、前衛の安定感が段違いですね」
俺とリゼの感想を聞いて、ハルトは照れくさそうに笑った。
「レオンさんたちに叩き込まれましたから。槍使いの役目は理解してるつもりです」
「その調子で頼むよ。期待するからね!」
そう言うと、ハルトは一瞬で顔を赤くして、そっぽを向く。
どうやら恥ずかしかったらしい。まあ、女の子に頼られた男子の、分かりやすい反応ってやつだな。
この程度でやる気を出してもらえるなら、いくらでもサービスするってもんだ。
まあ、そんな兄をエステルはジト目で見ているわけだが。
「討伐証を剥ぎ取ります」
やることもなく手持ち無沙汰だったのか、エステルがナイフを取り出してグリムパップの元に向かう。
だが、その前にトビーがずいっと出た。
「エステル姉ちゃん。グリムパップなら俺が持ってくよ。だから剥ぎ取りはいらない」
トビーは二匹を手際よく荷縄で縛り、背嚢にくくりつける。
そして、ひょいと担ぎ上げた。
「重くないの?」
「全然。これで飯食ってるんでね」
初めて荷役士を見るのか、エステルが目を丸くする。
「その身体で……やるな」
「本職だからな。これくらいは普通だよ」
ハルトも驚いているようだが、こんなものはまだ序の口だ。
本当の本気は、ブルタスクを背負ってからだが――それは追々見ることになるだろう。
「リーネ姉ちゃん。早く進もうぜ。この程度じゃ赤字だろ?」
「まーね。今日は本気の討伐じゃないけど、せめて黒字にはして帰ろうか」
とはいえ、今日の主目的は連携の確認だ。
だから赤字でも構わない。
でもまあ、獲れるなら獲る。成果は多ければ多いほどいいからな。
さらに森を進むと、空気の手触りが変わる。
それを、もう俺は知っている。
斥候でなくとも、雰囲気が変わる瞬間というのは、何度も遭遇すれば体で覚えるものだ。
「気配がするね。ブルタスクかな?」
「おそらく……縄張りなのでしょう」
リゼが地面に視線を落とす。
そこには、見慣れた足跡。ブルタスクのものだ。
「さっそく来たようですね」
リゼの視線の先、茂みを割って猪のような魔獣が姿を現した。
ブルタスク。小ぶりな個体だが、牙の太さと鋭さは十分に脅威だ。
「俺が止めます! 見ててください! エステル、支援を!」
ハルトが槍を構えて前に出る。
「分かったわ、兄さん!」
エステルが杖をハルトに向けた。
見た目だけなら何が何やら。でも、俺には分かる。
魔力の流れが、はっきりとハルトへ注ぎ込まれていくのを感じることができた。
「ブルタスクが止まったら、攻撃してください!」
ハルトは槍を突き出し、じりじりと前に出ながらブルタスクとの距離を詰める。
穂先を嫌がるように、ブルタスクは低く唸り、しかし退く気配はない。
やがて体を屈め、突進の姿勢を取った。
それを見て、ハルトは槍の石突を地面に据える。
腰を落とし、体全体で固定する構え。
次の瞬間――ブルタスクが地面を蹴った。低い咆哮と共に、真正面から突っ込んでくる。
鈍い衝撃音が、周囲に響く。
小さめのブルタスクとはいえ、その衝撃力は驚異的だ。しかし、ハルトは突進をその場で受け止めている。
槍の石突は土に食い込み、柄はしなっていたが、それでもハルトの足は動かない。
――あの突進を受け止めるとは。凄いな。
「これが……俺の力です!」
ハルトは歯を食いしばりながら、ブルタスクの額に槍が突き立てる。
その場に縫い付けるように止めているが、どうやら致命傷を与えることはできていないようだ。
頭蓋骨を完全に貫くことはできなかった――でも、突進を封じるだけで十分すぎる。
「後は任せて! リゼ」
「はい。とどめは私が」
段取り通りに、左から俺、右からリゼ。
俺は横合いから剣を叩きつけ、ブルタスクの意識を引き寄せる。
ハルトと押し合いになっていた体勢が一歩分だけ崩れ、こちらへ向く。
生じた隙に、リゼが首元へ深い一閃を叩き込んだ。
巨体がぐらりと揺れる。それでもブルタスクは頑丈だ、すぐには倒れない。
「くらえ!」
そこへ、ハルトがさらに力を込めて槍を突き進めた。
リゼが付けた首筋の傷に、槍がさらに押し込まれる。
それが致命傷を確実なものにする。数拍の押し合いのあと――ブルタスクは、どさりと崩れ落ちた。
「……やったか?」
ハルトが槍を引き抜き、長く息を吐く。
「うん。とどめは刺せたよ。やるね。それにエステルの支援も見事だった」
素直に称賛を送る。
実際すごいからな。あの突進を正面から止めるなんて、俺には無理だ。
エステルの支援があったとしても不可能だろう。
「盾役ですから。これくらいはやらないと」
「支援術士としても、当然のことです」
エステルは胸に手を当て、ほっとしたように笑う。
「とっさの連携ですが、上手くできています。レオンの目利きは正しかった」
「というと?」
リゼの言葉に、ハルトが首をかしげる。
それに対して、リゼが微笑みながら返した。
「私たちは良いパーティーになる。その確信が持てました」
リゼの微笑みなんて、実に珍しい。
でも、その理由も理解できる。盾役としての槍使いと、支援術士。そこに剣士が二人という構成。
戦いやすい――その実感が、確かにあった。
「よし! それならもう少し討伐を続けよう。もっと色々試してみたいからね」
「はい。俺はまだまだいけます!」
「私も魔力に余裕があります!」
ハルトとエステルもやる気十分だ。
「トビー、荷物は?」
「余裕余裕。どんどん狩ってくれ」
そうして、さらに森の散策を再開した。
次は、エステルの支援を俺に掛けてもらおうか――なんて考える。
やってみたいことが増えていくのは、純粋に楽しい。
さて、次はどんな戦法を試してみようかな?




