秘技伝授
応接間の空気は、思っていたより柔らかかった。
アルベルトとエレオノーラがソファに腰掛け、向かいに俺とリゼが座る。
テーブルには湯気の立つお茶と焼き菓子が並び、甘い香りが鼻をくすぐった。
――いや、これ、完全に帰省してきた娘との団欒ムードじゃないか?
本来ここで行われるのは、冒険者として生きたいという俺の最終プレゼン第二弾である。
危険度、収益性、将来性、身の安全の担保。そういう項目を資料を使って説明していく予定だった。
でも、そんなことする必要ある? という空気感が漂っている。
――まあ、説明はするけど。
「以上が、この一ヶ月の活動報告になります。グレインフォールでの収支は、会計士にまとめさせた書面をご覧ください」
テーブルの上にはギルドの推薦状と収支報告。それからリゼによる戦闘報告まで置かれている。
会計士の件は正直に言えば無駄金だが、無駄金を使える余裕を見せたかった。
アルベルトはそれらを一瞥すると、あっさりと言った。
「実績があるのなら、止めはせん。もとよりそう言った約束のはずだ」
「え?」
思わず変な声が出た。横でリゼも、ほんの僅かに瞬きを増やす。
エレオノーラは最初から決まっていたかの如く、静かに微笑んだ。
「内偵というほどじゃないけど、あなたたちの噂を集めさせていたのよ。無茶をせず、稼ぎ、休み、鍛錬していると」
……それ、色々と把握しているやつだろ。
「……はい。概ね、その通りです」
「それなら約束通りね。実績を示せたなら、冒険者として生きていくことを認めるという従来の方針に変更はありません」
アルベルトが同意するように頷き、ひとまず話を締めるように言葉を重ねた。
「よって、冒険者を続けることに異論はない」
「……本当に? 反対とか、条件付きとか、そういうのは?」
「条件、か。そうだな――ひとつだけ、付けるとしよう」
やはりあるか。
おそらく家に関連することだと思う。
貴族の娘が好き放題できるなんて、さすがに思ってはいない。
「条件とは?」
「秘技の伝授だ」
秘技と来たか。
ある意味、これも家に関連することではある。
「リンデベルク家に伝わる固有魔法。私と、ユリウスと、クラウスがそれぞれの形に仕上げた技だ。お前もそれを身につけておけ。冒険者になるというのなら、なおさらだ」
あっさり許可が出たと思ったら、いきなり奥義伝授フラグが立った。
さすが武門の家柄。ネタの振れ幅が極端だな。
「明日、訓練場に来なさい。私が直々に教える」
アルベルトのその一言で、今日の話し合いは終了してしまった。
冒険者になる許可は出たけど、そのための最終条件が秘技の習得。
やれやれ。いきなり修行編が始まるとか、まいったなこりゃ。
翌日。
朝の冷たい空気の中、俺は訓練場の中央に立っていた。
砂地の外にはリゼがいて、俺とアルベルトを見守っている。
仲間として行動するのなら、その技を知っておくべきということらしい。
すでに二人の兄の魔法が王都で有名らしいし、隠しておく技でもないってことだ。
アルベルトは軽く肩を回しながら口を開いた。
「リゼ。君はユリウスとクラウスに面識があったな?」
「はい。王都の騎士団にいた頃、何度か訓練場で」
「ならば息子たちの技についてはどうだ?」
リゼは少しだけ目を伏せ、記憶を確認するように答えた。
「……騎士団では有名でした。ユリウス殿の使う二刀の魔法剣。クラウス殿が操る不可視の魔剣」
二刀の魔法剣と不可視の魔剣――我が兄ながら凄い技を持っているようだ。
俺の厨二病心が疼く!
と、茶化す気持ちもあるけど、実戦で人を殺せるガチの技なんだろう。
アルベルトはその評価を聞き頷くと、淡々と続けた。
「どちらも、我がリンデベルク家に伝わる固有魔法『夢想魔剣』の応用だ。本来は魔法使いが近接戦闘に持ち込まれた時、自衛に使う補助魔法だな」
「補助魔法?」
思わず問い返す。
「そうだ。魔法使いにとって近接戦闘になることは死を意味する。護衛の騎士がすでにやられて、孤立しているということでもあるからな」
前衛が剥されて魔法使いだけ。そうなれば、普通は終わりだろう。
「そのような状態でも、最後の一線まで戦い抜くための技だ――だが、私は魔法使いとして落ちこぼれでね。杖騎士として必要とされる魔法の習得ができなかった」
そう自嘲気味に笑いながら、腰に下げた鞘に手をかけた。
澄んだ金属音とともに、真剣が抜き放たれる。
「だから工夫した。『夢想魔剣』を杖ではなく剣に組み込み、あえて前線に出るという、杖騎士としては有るまじき戦法を選択したのだ」
アルベルトは砂地を進み、的となる藁人形がある場所へ向かう。
藁人形は複数体あり、一対多の陣形を再現するように配置されていた。
そこで大上段に剣を構える。
――いかにもな大振り。でも、その構えを見て、隙があるようにはどうにも見えなかった。
「見ていなさい。これが私の『夢想魔剣』だ」
次の瞬間、アルベルトの身体がぶれる。
――速い!
まさに一瞬――振り下ろされた剣によって空気が裂けた。
突風が巻き起こり、藁人形が紙細工みたいに引き裂かれていく。
遅れて耳を打つような圧と音が鳴った。頬をなでる風にすら、肌を切り裂くような痛みの錯覚がある。
多分俺は口を開けたまま固まっていたのだろう。
リゼだけが、かろうじて言葉を絞り出す。
「『疾風剣』……疾風迅雷の由来。確かに、この目に焼きつけました」
疾風剣。それに疾風迅雷?
そんな名前で呼ばれてたのか、うちの親父。
「何、すでに過去の話だ。私が現役だったころの、な」
あっさりと言うと、剣先をわずかに下げてこちらを向いた。
「重要なのは、私の強さではない。――この技を、リーネが習得できるかどうかだ」
「えーと……」
正直に言えば、俺は魔法が苦手だ。
一応火の粉くらいはなんとか出せるし、集中しまくれば炎の矢も撃てる。
でも、実戦で使えるレベルじゃない。撃つまでに一分くらいかかるからな。
そんなレベルなのが俺。
で、これを習得しろって? 素直に首を縦に振るのは難しい。だけど――。
「私が魔法を苦手としていることはご存じのはず。それでも、習得できると思われるのですね?」
「そうだ」
アルベルトは即答した。
「『夢想魔剣』は本来、意識して魔力を練り上げて撃つ類の魔法ではない。身を守るため、反射的に発動させる魔法に近い。だからこそ剣技として習得することができた」
一呼吸おいて、穏やかな声で続ける。
「言い方を変えれば――これは、緻密な魔法制御を必要としない。魔力を流すべき筋道さえ覚えれば、あとは身体と剣が仕事をする。だからこそ、魔法の不得手なお前でも使えるはずだ。……この私と同じようにな」
そこで一瞬、アルベルトと目が合った。
落ちこぼれと自称しつつ、その瞳に宿っているのは揺るがない自負だ。
――そこまで言われて逃げたら、男が廃る。
身体は女でも、魂は依然として男のままだからな。
「……分かりました。やってみます」
自然と、そう口をついていた。
アルベルトは小さく頷き、鞘に剣を仕舞うと数歩後ろに下がった。
やってみろということだろう。俺も剣を抜き、同じように大上段に構える。
「まずは、見よう見まねでも構わん。魔力の流れを掴め」
「分かりました!」
柄を握り直し、深く呼吸をする。
こうなったら全力全開だ。使えるものは全て使う。
――精神操作……『集中』を全開にする。
意識のチャンネルをひとつの線に絞る。
魔力の行き先をイメージし、どのように伝達されるのかを頭の中で組み上げていく。
身体の中心。心臓を通り、肩から腕へ。そして手まで流れていき、ついには剣先まで。
――これでどうだ!
「はあッ!」
渾身の力で振り下ろす!
すると訓練場の砂埃が、ふわりと舞い上がった。
足もとの砂地に健気に生える草が、ほんの少し揺れる。
……以上。
「…………」
風は起きた。起きはした。けれど、そよ風だ。
さっき父が見せた突風とは、比べるのも失礼なくらいの差がある。
「……お父様。これって、一応できてますよね?」
自分でも情けないくらい自信のない声で確認してしまう。
「うむ、発動している。見よう見まねでそこまでできれば大したものだ」
「そうなのですか?」
「我が娘ながら、才覚の塊と言ってもいい。ユリウスとクラウスでは、最初から発動させることなどできなかったのだからな」
誇らしげな表情で褒められる。
威力はともかく、一発成功だからな……。
そう考えれば確かに凄いことなのかもしれない。
「それに、私の真似で風を出したようだが、それがリーネに合っているとは限らん。火でも水でもなんでも……得意な系統を色々と試してみるといい」
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥がふっと軽くなった。
完コピを求められているわけではない。俺自身の『夢想魔剣』を見つければいい。
「では、しかと鍛錬を積み、習得してみせます!」
その言葉を聞き、アルベルトは満足げに頷いた。
「私ほどの威力を出す必要はない。実戦で使える程度のものであれば、それで十分だ。その段階まで至ったなら――正式に、冒険者として生きることを認めよう」
こうして、いきなり修行編が始まった。
幸先はいいが、どうなることやら……。
でも、俺だけの魔法剣だ――そう表現すれば、テンションが上がるってもんだぜ。
やってやろうじゃないか!




