報酬と仕込み
トビーの部屋は、言ってしまえば寝るためだけの部屋だ。
あるのは壁際のベッドと、小さな窓。机も棚もない。
床には仕事道具と思われるの巨大な鞄が鎮座しているだけ。
ギルド所属の個室とはいえ、ここまで生活感がないのも逆に凄い。
「質素だね」
「寝れりゃ十分さ。オレ、ほとんど外でてるし」
トビーは肩をすくめて笑うが、目は笑っていなかった。
何か事情があるんだろうが、詮索は無粋だな。
「じゃあ、さくっと終わらせようか」
俺は部屋の中央で、ハードレザーの胸当てに手を掛けた。
カチャリ、とバックルが外れる。
堅牢な防具から解放された瞬間、押し込められていた脂肪の塊が、重力に従ってボヨンと自己主張を始めた。
ゴクリ――トビーの喉が鳴る音が静かな部屋に響く。
気持ちは分かるぜ。逆の立場なら、俺だってガン見する。
「じゃあ脱ぐぞ」
「お、おう……」
背伸びをして体のラインを見せつけつつ、服に手をかける。
ふと見ると、トビーが直立不動でガチガチに固まっていた。顔は茹でダコみたいに赤い。
「……そんな緊張する? ギルドには蒸し風呂だってあるでしょ。女の裸なんて見慣れてるんじゃないの?」
茶化してやると、トビーは目を白黒させた。
「そ、そりゃあ……見たことはあるけどさ。でも、自分の部屋に女入れるのなんて初めてだし……こ、こんな至近距離なんて……」
言われてみればそうである。視界の端と目の前じゃインパクトが違う。
独り立ちしているから精神年齢はそれなりに高いだろうけど、高校生クラスがせいぜいってとこかな?
密室に女と二人きり。初めての出来事で脳の処理がパンクしているらしい。
――だが、それは好都合。
この体を使ってトビーの心に楔を打ち込むには、最高の土壌と言える。
「なら、自分の女が出来た時の予行演習だと思えばいい。やらせてやるのは途中までだけどな」
スルスルと服を脱ぎ捨てる。
白い肌が露わになるたび、トビーの目が見開かれていく。
視線を下にずらせば、ズボンの股間部分が元気よくテントを張っていた。
……結構なモノをお持ちのようだ。
そんな感想を抱きつつ、上半身裸になり簡素なベッドに腰を下ろす。
肌に触れる空気は冷たいが、向けられる視線は火傷しそうなほど熱い。
流石の俺も、若干の気恥ずかしい。中身はおっさんとはいえ、今は女の体だ。
性欲に目が眩んだ男に見下ろされるというのは、背筋がゾクゾクするような奇妙な感覚がある。
「ほら、触っていいよ。ただし胸だけ。それに以上のことも禁止」
「わ、分かった……」
トビーは操り人形のような動きで近づき、恐る恐る震える手を伸ばしてきた。
指先が、白い肌に触れる。
こうして約束どおりの報酬をトビーに渡した。
室内に充満していた熱気も、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。
見て触って、時間が経てば興奮も減退する。
今が止め時だろう。
「……こんなもんかな? ずいぶんと私のおっぱいで遊んでくれたもんだ」
「しょうがないだろ! 男なんだから!」
トビーが顔を真っ赤にしてわめいているが、俺は涼しい顔で服を整え、胸当てのベルトを締め直す。
これで終わったわけだが、触られている間、ふと思ったことがある。
――そういえば最近……オナニーしてないな。
毎晩リゼと一緒に寝ているせいで、自分を慰めるフィーバータイムが取れないのだ。
トビーの熱い手に触発されて、もやもやが募る。体が疼くってレベルではないけどな。
だが、今は我慢! 楽しむための仕込みはしているから、それ次第だ。
「……また触りたいな」
トビーが未練がましく呟く。
「そんな物欲しそうな顔をしないでよ。これからも期待に応えてくれるなら、機会はあるさ」
「ホント!?」
パァッと顔を輝かせる少年の笑顔。一見すれば純朴だが、原動力が百パーセント性欲というのが笑えてくる。
とはいえ、トビーには分別があった。理性が飛ぶような雰囲気はなかったし、触る時にも色々と声を掛けてきて自分本位ということはない。
エロで判断するってのはどうかとも思うが、こいつは信頼に足る人材だと俺には思えた。
――ただ、最後に釘は刺しておかないとな。
「一つだけ、念押し」
部屋を出る直前。ドアノブに手を掛けたまま振り返る。
「私はこれでも代官家の出身だから、今日のことは他言無用。トビーの部屋に入ったのは事実だけど、その中で何が起こったかを知っているのは私達二人だけだ」
「……わ、分かってるよ。というか、オレを引っ張るために服を脱いだんだろ!」
トビーの顔からサッと赤みが引き、冷静な顔が戻って来た。
権力を理解し、それだけでなく俺の意図までちゃんと読んでいた。
「……ますます気に入った。これからも頼むよ」
「それはオレも望むところだ」
お互いににやりと微笑む。最後の最後で冒険者らしく、恰好がついたかな?
それと、ふと思い浮かんだことがある。
今日のことで下手に性癖が捻じ曲がっても問題だ。
「それとさ。女遊びするなら、女の扱いはちゃんと知っておいたほうがいいよ。金に余裕ができたら、その辺の遊び方も教えてあげる」
悪戯っぽく笑って告げると、トビーが目を丸くして固まった。
「え、それって……どういう?」
「意味は自分で考えな。今日はここまで……」
言葉を放り投げたまま、俺は部屋を出た。
バタン、と閉まる扉。
薄暗い宿の廊下で、ふと我に返る。
――今のセリフ、あいつにどう聞こえた?
俺としては、人生の先輩として夜の街の歩き方をレクチャーしてやるって趣旨だった。
女遊びをするにはちと早い年齢だろうが、だからこそ溺れないように指導してやるというお節介だ。
でもあの言い方じゃ、トビーの受け取り方はまるで違うんじゃないか?
やっていることは、体を許して、口止めして、最後に思わせぶりな期待を持たせる……。
これじゃ完全に、手練手管で男を狂わせる悪女の手口だ。
「男としての会話のはずなんだが、体が違えば意味も変わる……か」
誰もいない廊下で、小さく呟く。
心が男のままであること自体はいい。それが俺のアイデンティティだ。
だが、表に出す態度がチグハグだと、いらぬ誤解を生みそうだ。
気を取り直して、リゼが待つ宿へと足を向ける。
何をしたのかと根掘り葉掘り聞かれるのは間違いない。
それは面倒だが……すでにリゼには遠慮しないと決めている。
――今日の出来事は、そのための材料にすればいいさ。
宿に戻ると、案の定リゼからのお説教タイムが待っていた。
彼女は眉を釣り上げ、貞操観念について説いてきたが、その目の奥には隠し切れない嫉妬の炎が揺らめいている。
ちらちらと俺の胸元を見ているから、丸わかりなんだよな……。
それも長くは続かず、午後は稽古の時間だ。
宿の裏庭で木剣を打ち合わせ始める。
今日のリゼの指導には、妙な熱が入っていた。一撃一撃が重く、踏み込みが鋭い。
言葉にはしないが、自分以外の男に触らせたという苛立ちでもあるのだろうか?
俺に対するリゼの執着は、思っていた以上に深い。
昨日から始めた、リゼへの精神操作実験でも、それは明らかだった。
欲望を開放するという単純な精神操作――わずか一日で、彼女の仮面の下にある本性が姿を表し始めている。
――それは、夜の帳が下りてから、さらに顕著になった。
明日以降の予定の話し合いを終わらせ、灯りを消す。
月光だけが差し込む静寂の中、二人して一つのベッドに入った。
リゼは色々と理由をつけて、当然のように俺を抱き寄せる。
そのタイミングで、リゼに精神操作を掛ける。
昨日と同じ。自制心のタガを緩める魔法だ。
他人の精神にどれだけの影響を与えられるかの実験であり、まだこの魔法に名前はない。
本来は危険人物や人間のクズを実験台にしようと思っていけど、俺の身体を狙っているようなそぶりがある以上、リゼも立派な『危険人物』だ。
だからこそ魔法を使うに相応しい――という理論武装をして罪悪感を薄めていた。
「あなたは……限度を考えて……」
耳元で、甘く濡れた声が囁かれる。
説教であるはずなのに、手つきはいやらしい。寝間着越しに、俺の胸を指先が這いまわる。
時折、形を確かめるように揉み込む動きは、完全にセクハラ親父のそれだ。
「そうは言うけど、約束だったから。トビーは使えるでしょ? 女の身体を使って心を縛るにはいいと思ってね」
ただの雑談のように応じる。声色は平坦に。
リゼには、自分が魔法で操作されていることを悟らせない。
無意識下で人を制御できるか――そういう実験も兼ねているからだ。
「その意義は理解できます。……頭では、理解できるのですが」
リゼの息遣いが荒くなり、俺の首筋に、熱い吐息がかかる。
信用も信頼もしている騎士様が、こんな行動を取るとはね……。まあ、俺にとっては願ったり叶ったりだ。
俺の性欲処理とリゼのガス抜き。そして、精神操作の訓練。誰も不幸にならない、完璧なトライアングルが完成するだろう。
「ずるい言い方です……私のリーネ……」
いや、あんたのじゃないが?
そう突っ込みたくなったが、無言を貫く。
すると、リゼの手が寝間着の隙間から素肌へと侵入してくる。
俺の肌は敏感だから、その感覚に耐えるには、『不屈』で感覚を鈍らせる必要がある。
今はまだリゼを沼に落とすことが肝要。何も反応を見せてやらないっていうのも、焦らしプレイの一環だ。
リゼの指が、敏感な場所を掠めた。ビクリ、と体が跳ねそうになる。
やれやれ……魔法を使わないと、俺のほうが先に駄目になってしまいそうだ。
でも、主導権を握るために今は耐える。
リゼの理性というダムが決壊し、本気になって手を出してくる時こそ、弱みを握れる。
その時にこそ――本気を出す!
闇の中で、俺は音もなく笑みを深めた。




