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リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


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トビーとの約束

 何事もなく森を抜け、街へと戻ることができた。

 獲物を担いだ荷役士がいれば門でも優先される。トビーの顔は知られているのか、顔パスで門を通され、その足でギルドへ直行する。

 併設された解体場の受付で獲物を見せると、中へ運び込むように指示された。

 

 戸口をくぐった瞬間、むっとした血と脂の匂いが鼻を刺す。

 ここで仕事をしていた時。そして自分で獲物を解体したときに何度も嗅いだ臭いだ。

 今日は、解体してもらうための獲物をここに持ってきた。


「ブルタスク二頭か。景気のいいことだな」


 奥から出てきたのは、見慣れたアントン親方だった。

 いつもの前掛けは、今日も赤黒い染みでまだら模様になっている。


「血抜きは済ませてあるよ」


 そう告げると、親方はトビーの背中を一瞥し、片眉を上げた。


「小僧か。その体でブルタスク二頭とは、なかなかやるな」

「へへっ、当たり前だろ。未来のエース様だぜ!」


 荷役士界隈にもエースというものがいるらしい。

 話に聞く、馬車を運ぶレベルがそれなら、確かにエースと呼べるのかもしれない。


 トビーは得意げに笑って、肩からブルタスクを降ろす。

 どすん、と重たい音が二度続けて鳴り、巨体が解体台に転がった。


「血の抜け具合を見る。少し待ってろ」


 親方は喉元の切り口に指を当て、前足や脇腹の肉付き、皮の傷をざっと目で追っていく。

 指先が押し込むたびに、肉が弾む感触がこちらまで伝わってくるようだった。


「……悪くない。血抜きも及第点だ。査定も早く終わるだろう。受付で待っていろ」

「それは良かった。じゃあ後は頼みます、親方」

「おう。任せておけ」


 言われるままに解体場を出て、受付のカウンター近くで待つ。

 時間にして五分も経たないうちに、親方の弟子の男が顔を出した。


「リーネ嬢ちゃん、査定終わったぜ。討伐証の代わりにこの木札。これは嬢ちゃんたちのもんだ」


 カウンターの上に置かれた木札には、ブルタスク二頭と刻まれている。

 これをギルドの受付に渡せば、討伐報酬に替わる仕組みらしい。


 そして、気になる代金は――。


「肉と皮、骨と脂。全部まとめた査定で、今の相場なら合計が銀貨三枚と小銀三枚だ。それを山分けで、銀貨一枚と小銀三枚、あとは銅貨が六枚だな」


 弟子の男がテーブルに代金を並べる。

 銀貨が一枚、小銀が三枚、銅貨が六枚。硬貨が受付のテーブルに落とされて、小気味の良い音を立てた。


 ぱっと見で正確な価値を見定めるのにはまだ慣れていない。

 円という単一貨幣で払う癖がまだ抜けていないからな。ちゃんと計算してやる必要がある。

 えーと……うん、合ってるな。


「よし。ならこれで山分けだ」

「いいけどよ、数えなくて平気なのか?」


 トビーが不思議そうな顔で俺を見る。

 どうやら、ただ素直に受け取ったと思われたらしい。


「合ってるよ。小銀に直せば十五枚。その半分は七枚と、あまり一枚。小銀一枚は銅貨十二枚だから、あまりの分は銅貨六枚になる。銀貨一枚は小銀四枚だろ? だから銀貨一枚、小銀三枚、銅貨六枚」


 さらりと言ってやると、トビーは口を開けたまま目だけを動かした。


「……正しい気はする。でも今の、頭が追いつかねぇ」


 俺は暗算はそれなりに得意なほうだ。

 それに暗算でも小数点使っているからな。単位統一してやれば計算はかなり楽になる。

 むしろトビーにも分かるように、あまり一枚なんて表現のほうが混乱するくらいだ。


「すげえな、リーネ嬢ちゃん。会計士としてもやっていけるんじゃねぇか?」

「本気になればやれるかもね。冒険者やめたくなったら、その線も考えてみるよ」


 弟子の男も目を丸くしているが、そこは軽く返す。

 会計士――いざという時のセカンドキャリアとしては、悪くない選択かもしれない。


「まあいいや。じゃあ貰ってくぞ。いい稼ぎになったぜ!」

「私たちは討伐報酬の銀貨二枚があるし、トビーは前金の銀貨一枚も上乗せだ。それを半日で稼いだって考えると、なかなかだよね」


 解体場で地道に働いていた頃の稼ぎが、やたらと小さく見えてくる。

 命を張っているとはいえ、えらい差だ。


「だからこそ、冒険者になりたがる若者が後を絶たないというわけです。魔法の素養さえあれば、可能性はある。例え鍛錬不足であっても……」


 リゼが神妙な顔でそう言う。

 「鍛錬不足」と口にしたとき、ほんの一瞬だけ表情が曇った気がした。


「そういうのは、自己責任ってやつさ。魔獣討伐が危険なんて、誰だって知ってることだろ?」

「……そうですね」


 トビーの言い分も分かる。

 日本語的な表現をするなら、危険を冒す者だからこそ、冒険者って呼ぶもんだしな。

 

「こんなところで立ち話してても何だし、ギルドの受付に行こうか」

「賛成。リーネ姉ちゃんたちは思った以上だ。今後も討伐に同行したいもんだね」

「最初はあれだけ渋っていたのに、変わり身が早いな、トビー」

「切り替えが早いって言ってくれよ。荷役士には必須の心構えだぜ!」


 たった半日一緒に討伐に出ただけで、思った以上にトビーとは打ち解けていた。

 リゼもトビーの申し出を受けて、まんざらでもない顔をしている。性格的な相性はともかく、実力については互いに認め合っているのだろう。


 他愛ない雑談をしながら解体場を後にする。

 ギルドのホールに入ると、昼時ということもあってそこそこ賑わっていた。

 依頼票を覗き込む者、報告を終えて酒場のほうへ流れていく者。食事を取る者。儲けが出たのか、早くも酒盛りしているグループさえある。


 その間を縫って受付に近づき、カウンターの上に木札を置いた。


「解体場で替えてきた札だよ。ブルタスク二頭分」

「おう、預かる」


 カウンターの内側で、ボルクが木札を手に取り、刻印を確認する。


「ブルタスク二頭の討伐報酬、銀貨二枚だな……ほらよ」


 小箱から取り出した銀貨を、ボルクがテーブルに置く。硬貨が小さく鳴った。


「これで、もうひと月分くらいは生活費を稼いだんじゃねぇか? 一昨日が討伐。昨日は前の素材の売却。そして今日がこれだ」


 昨日は、前回の討伐で換金し忘れていたブルタスクの素材をまとめて売り払っていた。

 一日置いたが、皮や肉に傷みはなく、減額なしで買い取ってもらえた。

 魔獣の素材は腐りにくいらしい。理由は分からないが、今は深く考えなくていい。


「冒険者の稼ぎってやつを、実感してるよ」

「命張ってるからな。稼ぎがなきゃ誰もやらんさ。……で、どうだ?」


 ボルクが俺とトビーを交互に見ながら、にやりと笑った。


「今日一日やってみて、今後も続けられそうか?」


 これからも一緒に仕事をするか――そういう問いだ。

 それについては、もう決まっている。


「むしろ、こっちからお願いしたいくらいだよ。トビーがいるだけで稼ぎが違うからね」

「私も同意見です。どうなることかと思いましたが、実力にケチはつけられませんでした」


 俺の言葉に、リゼも静かに頷く。

 そしてトビーは――。


「オレもそうさ。リーネ姉ちゃんたちは、すげー冒険者になりそうだ。優先的に仕事したいくらいだぜ」


 思った以上に買ってくれているようだ。

 ふふん! 悪くない気分だな。


「そうか。なら、リーネの討伐予定が入ったら、トビーを優先して付けよう」

「お願いします、ボルクさん」


 こうして、トビーを優先的に使えるようになった。

 とんとん拍子で物事が進んでいくのは、実に気持ちがいい。


 でも――それなら、それでやらなきゃいけないことがある。


「じゃあ、今日はここで解散ってことでいいかな。ただ……トビーとの約束は、守らないとね」

「約束? なんかあったっけ?」


 きょとんとした目で俺を見るトビー。

 あまりの稼ぎに浮かれたのか、すっかり忘れているようだ。


 でも――それならそれで、好都合というものだ。


「直に触らせてやると言ったでしょ?」

「直? ……あっ!」


 いかにも今思い出した! って感じの顔だ。

 

「リーネ……。いえ、なんでもありません」


 リゼとしては止めたいけど、約束を違えることに抵抗感があるって感じかな?

 ならよし。リゼが止めないなら、とっとと済ませてしまおう。


「リゼは先に宿に戻っていて。すぐに終わらせるさ」

「……はい」


 そう言ってリゼはこの場を離れていく。

 ギルドの扉を開けて出ていくことを確認してから、トビーに問いかけた。


「で、トビー。宿はどこだ?」

「えっと、ギルドの宿を使っているんだ。オレ……荷役士だから」


 困惑したような、それでもどこか期待するような視線でちらちらと俺の顔をうかがってくるトビー。

 

「そいつの部屋はこのギルドの二階だ。狭いが個室になっているから、そういうことはできるだろうが……本当にやるのか?」


 ボルクが口を挟んでくるが、本気で止めようってわけではなさそうだ。

 俺に止める気はない。自分の身体を使ってトビーを縛りたいからだ。

 今日一緒に討伐に出て分かった。冒険者をやるなら、優先どころか専属の荷役士は必要。そのための芽を、今日播いてやるってだけだ。

 

「冒険者に二言があったら問題でしょ? さ、行こうかトビー」

「え、うん……分かった」


 急にしおらしくなったトビーが、ゆっくりと歩きだす。

 その背を追うが、なんだか姉ショタ物の同人でも見ているような展開だ。

 まさか姉ショタの当事者になるなんて……しかも姉の方。


 人生、何が起こるかまるで分からないな。

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