ベッドで一緒に
リゼと一緒に、期日まで頑張る。
そこまで決まったところで、リゼは改めて姿勢を正した。さっきまでより、ほんの少しだけ真面目さを強めた顔だ。
「リーネが戦えることは分かりました。しかし、まだまだ未熟。明日から剣の稽古を再開します」
実戦だけだと、変な癖がつく。
稽古のときに散々聞かされた言葉だ。冒険者になったからといって、練習をサボっていい理由にはならない。
「わかった。支度金を使ってもいいから、時間を取ろう。それでいいかな?」
「ええ、懸命な判断です。そして……リーネと私の関係性についても、変えていきましょう」
「関係性?」
「あなたを雇い主の娘として扱わないという意味です。命を懸けて守るという契約はそのままに、甘やかすのは止めにします」
それは別に構わない。
命のやり取りをする現場で、甘い指導はかえって毒になる。
とはいえ――。
「それは良いんだけど、私って甘やかされてた?」
「言うほどではありませんが、今後はさらにお小言が増えると思ってください。リーネは素直ですし、受け入れてくれると信じています」
「そういうことね。命に関わることならリゼの指示には従うよ。例えそれがお小言でもね」
あまりに口出しが多いと、それはそれで成長の妨げになる。
けれど、俺はまだ新人だ。経験が浅いのに自由に行動するなんて、危ないに決まっている。
今は多少うるさいくらいでちょうどいい。
「では最後です。すでに理解していると思いますが、剣の腕だけが冒険者の力ではありません」
リゼの視線が、真っすぐこちらに向けられる。
「私をどう使うかも含めてが、あなたの力です。命令を下すだけでなく、何を委任し、どこまで頼るか。……私があなたに命を預けてもいいと思えるようになってください」
命を預けてもいい……か。
いきなりハードルが高いな。
けれど、俺がリーダーとしてやっていくなら避けて通れないところでもある。
「それを十全にこなしてこそ、私はあなたと本当の意味で対等になります」
元王宮付きの女騎士と対等になれるなんて、正直なところ思っちゃいない。
それでも、何が言いたいかは理解できた。
「剣の腕って意味じゃなくて、同じ冒険者として、ってことだよね?」
「ええ、そうです。私は剣には自信がありますが、指揮や指示出しは得意ではありません。それもあって王宮勤めをしていたとも言えます。指揮の才がある者を、騎士団は手放しませんからね」
「王宮なら、いざという時に護衛ができればいい、ってことか」
「はい。こればかりは適性の問題で、私にその才はなかった。だからこそ、リーネには私を使いこなしてもらいたいと……勝手に期待しているのですよ」
「リゼ……」
なんというか、思った以上に、俺はリゼに買われていたらしい。
それは少しくすぐったくて、申し訳なささえ感じる。
リゼは改めて真剣な表情を作り、一拍置いてから続けた。
「リーネ。あなたの答えを教えて」
――ここまで言われて応えないのは、男が廃るってやつだな。
「……お嬢様扱いは、いらない」
リゼには、俺の本音を話したくなった。
両親には猫を被り続けなきゃいけないが、リゼは以前のリーネを知らない。
なら、本当の俺を晒してもいいはずだ。
「二人でいるときくらいは、素で話させてもらうよ。本心を語ろう――俺にはリゼが必要だ。未熟な俺をこれからも鍛えてくれ」
この世界の言葉遣いにも、だいぶ慣れてきた。
今まではフランクなお嬢様って路線で話してきたけど、それももうやめる。
冒険者らしいラフな話し方。多分それが、俺の本心を一番素直に運んでくれる。
その言葉遣いを聞いて、リゼの目が驚いたように丸くなった。
「……ふざけているわけでは、ないのですね」
「これが俺だよ。今までは猫を被ってたんだ。一応お嬢様だからね」
肩をすくめて笑ってみせると、リゼの口元にも、かすかな笑みが浮かぶ。
「分かりました。では――」
リゼは椅子から立ち上がり、俺の正面まで来ると、右手を差し出した。
「改めてよろしくお願いします。厳しくいきますから、覚悟しておいてください」
差し出された手を、しっかりと握り返す。
その瞬間、ようやく俺たちはパーティーになれた気がした。
雇い主と護衛ではなく、命を預け合う相棒として――。
しばらくして、窓の外はすっかり暗くなった。
この部屋にはランプなんて気の利いたものは置いていない。借りようと思えば有料で貸してくれるらしいが、今日はさっさと寝るつもりだったので頼んでいない。
だから、本来ならベッドに潜り込んで終わり――の、はずだった。
「……一緒のベッドで寝るのか?」
当然のように同じベッドの掛け布団をめくるリゼを見て、思わず確認してしまう。
「今は野外での活動は許可されていませんが、本気で冒険者を目指すなら、身を寄せ合って眠る場面も出てくるでしょう。その予行練習です」
リゼは当たり前の顔でそう言った。
二台あるベッドのうち片方はすでに荷物が置かれている。
とはいえ主に衣類だ。そんなものは退かせばいい。
――いや、馬小屋宿では普通にくっついて寝てただろ……。
今さらベッドで予行練習って、どういう理屈だ?
でも、まあ……今は流れに身を任せよう。
「……まあいい。寝るか」
「はい。お休みなさいリーネ」
そのまま。一つのベッドに二人で潜り込む。
疑問は尽きないが、別に嫌ではないからな。
するとリゼは、俺を抱き寄せるような格好を取って、静かに目を閉じた。
体を拭いたあとの素の体温。微かに残る石鹸の匂い。そして、すぐそこにあるリゼの鼓動。
さっきまで疲労でその気なんてまるでなかったはずなのに、じわじわと心が昂ぶってくる。
正直に言えば……興奮していた。それは少し休んで体力が戻ったというだけじゃない。別の理由がある。
――おいおい……背中だけじゃなくて、尻も撫でまわされてないか?
リゼが俺を抱きしめる腕を、ゆっくりと動かしてくる。
背中をなぞるように動く指先。腰のあたりを優しく押さえる掌。そして――尻を触れるか触れないかという微妙な力加減で撫でられている。
そこから伝わってくる感覚に、背筋がぞくぞくする。決して嫌じゃない。むしろ、妙に気持ちいい。
……が、これでは当然ながら眠れない。
さて、どうしたものか……このまま大人しくされるがままになっているのも、なんか違う気がする。
リゼに触れたいのは俺だって同じだ。なら。同じことをしてやればいい。
――よし、反撃開始だ。
こっそりと腕を回し、今度は俺のほうからリゼの背中や腰を撫でる。
すると――。
「あっ……はぁ……ふぅ」
耳元で、やけに色っぽい吐息が漏れた。
暗がりでも分かるくらい、リゼの脚がわずかにもじもじと動いている。
そこまであからさまに反応されるような触り方、してるか?
背中と腰と、ちょっと尻。それだけだぞ?
リゼは俺にとって剣の先生で、護衛で、そして今日は対等の冒険者という関係になった。
まだその関係には仮の字が頭につくけれど、俺は本気でリゼと一緒にやっていくつもりだ。
なのに――俺を撫でて、俺に撫でられながら、こんなふうに息を乱している。
……この人、やっぱりどこかおかしいんじゃないか?
俺のことをただの仲間として見ていない。
もっと別の何かとして見ている。その気配が、肌で分かる。
疑念が確信に変わる瞬間って、多分こういうのを言うんだろう。
――ふうん? ……そう来るか。
布団の中で、俺は目を細めた。
もし本当に、そっちの気があるのだとしたら。遠慮はいらない。
色々と……試してみる価値は、あるかもしれないな。




