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リーネの冒険~異世界の女の子と入れ替わった俺のTS娘生活~  作者: RCAS


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リゼのお説教

 ギルドを出て、宿へ向かう。

 日はまだ高い。けれど、あと数時間もすれば夕日を見られるだろう。

 そう考えれば、宿を押さえるには悪くない時間だ。


「それで、取る宿ってのは?」

「私の知り合い……一応、友人ですね。彼女が経営している宿に向かいます」

「友人?」

「王都に出仕する前からの知り合いです。お互いに切磋琢磨した仲なのですが、騎士にはならず宿の女将をしています」


 騎士見習いが宿屋の女将、ってのは正直想像しづらい。けど、人生は一本道じゃない。そういう道に進むこともあるだろう。

 リゼの横顔はいつも通りの無表情のように見えて、どこか柔らかい。

 会いに行く相手が友人となれば、そうもなるか。


「こっちです」


 リゼが迷いなく路地へ入る。

 大通りを外れてしばらく歩くと、喧噪から少し離れた場所に小さな宿が建っていた。

 白く塗られた壁に、控えめな看板。そこには『三羽雀亭』と刻まれている。


 扉を開けると、清潔感のある食堂とカウンター、二階へ続く階段。

 いかにもファンタジー物あるあるな宿屋がそこにあった。

 

「いらっしゃい。……って、リゼじゃない。久しぶりね」


 カウンターの奥から落ち着いた声がした。

 黒髪をまとめた女がテーブルを拭きながらこちらを見る。

 リゼより少し年上くらいか? 女将と呼ぶには若いが、ベテランの雰囲気を醸し出している。


「久しぶりですね、マルタ。一晩、一部屋。そして湯は使えますか?」

「追加料金を払えばね。それにしても汚れているわね……洗濯するならそれも追加料金よ」

「払うのでお願いします」

「分かったわ」


 俺抜きで話が進むが、それは別にいい。

 むしろ、リゼの穏やかな顔を見ることできて新鮮な気分だ。


「鍵はこれ。一番奥の部屋よ。まずは着替えて洗濯物を出して頂戴」

「分かりました。では行きますよ、リーネ」


 鍵を受け取り二階へ。部屋にはベッドが二つ並んでいた。窓には鎧戸。隙間風の心配もなさそうだ。

 それを見た瞬間、身体の奥の緊張がすっと解けた。

 今までずっと背中に貼り付いていた強張りが、ようやく離れていく感じがする。


「とりあえず着替えましょうか。魔獣の臭いをまとってベッドに入ると、マルタに叱られてしまいますからね」


 言われるまま、予備の服に着替える。

 血と泥と獣脂の匂いが鼻につく。思っていた以上に臭いなこれは……。

 汚れた服をまとめていると、リゼがそれを手に持った。


「貸してください。私が持っていきます。お湯も用意しますから、それまで待っていてください」


 リゼは洗濯物を抱えて部屋を出て行った。


 さて、休むか――小さなテーブルと椅子があるので、そこに座る。

 腰を下ろした瞬間、指先が微かに震えていることに気が付いた。自分で止めようとしても止まらないやつだ。

 ……精神操作を止めればこうもなるか。思っていたよりもショックがあったということだろう。

 

 リーネになって初めて――いや、人生で初めての命懸けの戦い。

 精神操作で恐怖は抑え込めた。だから思い通りに動くことができた。

 でも、素面だったら身がすくんで動けなかったと思う。


 今日の結果だけ見るなら戦えた。全てをリゼ頼りにせず、自分の意思で戦うことができた。

 だけど……人助けとはいえ、それでも無茶をやり過ぎたな……。


 今日の反省をしていると、ノックの音で我に返る。

 扉を開ければリゼが手に桶を持っていた。

 湯気が上がっている。お湯だ。


「まずは体を拭いてしまいましょう。石鹸も用意しました」

「石鹸って……高くない?」

「この一週間の稼ぎの内ですよ。それに支度金にも手を付けていません。たまには贅沢もいいでしょう」


 ということで体拭きタイム開始。

 裸になって、綺麗さっぱりだ。隣で同じく脱いでいるリゼの身体が目に入るが、今は何も湧いてこない。

 自分でも驚くくらいに、心が静か。


 普段なら、女の身体には普通に反応する。

 自分の身体にだって性欲を持て余すときがあるからな。中身はまだ俺のままだ。

 ……でも今日は無理だ。疲労が勝っている。性欲より先に、まずは休みたいって思いが強い。


 背中を拭いてもらい、今度は拭き返す。言葉少なに、穏やかな時間が流れる。

 そうして体を拭き終わり、綺麗な服を取り出し着替える。

 ふぅ……スッキリしたぜ。


「では食事をとりましょう。用意はできているはずです」


 一階に降りて夕食となる。時間は少し早いが腹は減っている。出てきたのは塩味の麦粥と漬物だ。

 シンプルなのに、うまい。気づけば一気にかっ込んでいた。馬小屋宿の肉粥とは別物だ。獣臭がしないからな。

 冒険者生活を楽しむにしても、少しストイック過ぎた。飯にはもう少し金をかけよう。これは反省だ。


「いい食べっぷりだね。作ったかいがあるってもんさ」

「涙が出そうなくらい美味かったよ。人間の飯を食ってるって感じがした」

「聞けば代官家の娘なのに、冒険者なんてやってるんだってね、今まではあの肉粥を食べていたんだろ? そりゃあね」

「マルタさんも、あの肉粥の味を知っているの?」

「これでも元騎士見習い。魔獣肉は嫌になるほど味わったもんさ」


 マルタとの会話が弾む。

 屋敷の外で、リゼ以外とこんなふうに雑談するのは初めてだ。

 ボルクは単なる受付で、アントン親方とは仕事の関係。他愛のない世間話なんて久々な感じがする。


「そろそろ行きましょうか、リーネ。ではマルタ、私達はこれで休みます」

「ゆっくり休みなさいな」


 食事を終えて二階へ戻る。

 リゼが窓を閉めると、外の喧噪が薄い膜の向こうへ遠のいた。

 これなら、ゆっくりと話ができるだろう。


「それでは」


 静かな声が部屋の空気を締める。


「予定どおり、お説教の時間です」


 来たか。お説教タイム。

 戦々恐々ってほどじゃないが、背筋は伸びる。


「ですがその前に、良かったところから言いましょうか」


 まさか褒めるところから来るとは思わなかった。

 今日の行動の何が良かったんだろう?


「負傷者を見捨てなかったことですね。冒険者となるには信用が大切です。必ず同業者を助ける必要はありませんが、人としては誇っていい判断です」


 むず痒いな。でも、嬉しくはある。

 

「ですが、冒険者としての試用期間というのを忘れて許可なく飛び込んだのは減点対象です。護衛である私の指示を聞くこと。ご両親から言われていたはずです」

「……弁明のしようもございません」


 これは痛い。反論の余地もないな。

 なので素直に謝っておく。


「今日は援軍――『街道の守護剣』でしたね。彼らが来たおかげで助かりましたが、いざとなれば私は背負っていた負傷者を投げ捨て、リーネを助けるつもりでいました。あの場面で一番優先すべきは、あなたの命だからです」


 投げ捨てる――って言い方はひどいように聞こえるが、判断としては正しいだろう。

 リゼは護衛で、最優先されるのは俺の身の安全だからな。


「今後はあのような真似をしてはいけません。今回は私だけでも対処できる危機でしたし、リーネの判断を尊重しましたが……命の線ぎりぎりを踏むことは許されません。それに戦場では何が起こるか分からない。私がどれだけ安全を確保しようとしても、完全な安全はないのです」


 柔らかい言葉使いだけど、そこには強い意思が込められているのが分かる。

 こくりと頷くと、リゼも同じように頷いた。


 そこで言葉が途切れる。

 リゼの顔に真剣味がさらに強まり、心の奥底までのぞき込むような視線になった。


「そのような冒険者生活を、あなたは今後も続けたいですか?」


 命の危機を間近で感じて、それでも続けたいか? ……そういうことだろう。

 その問いに対する答えは最初から決まっている!

 危険はもとより承知の上だ。リゼには迷惑をかけるかもしれない。それでも――。


「続ける」


 口が勝手に動いた。


「続けたい。……続けさせてほしい」


 自由になりたい。好き勝手生きたい。そう思っていた。でも、それだけじゃない。

 俺には力がある。前線に出て戦ったし、精神操作も使った。あれがなければ、あの二人は帰れなかったかもしれない。

 その事実が――俺に一つだけ心変わりをさせた。


 入れ替わったリーネは精神操作を忌避していたらしい。

 けど、どんな力だって使い様だ。命が掛かる局面だからこそ、意味を持つ。

 精神操作魔法を自分以外の誰かのために使いたい――今はそういう想いがある。

 

「自分の未熟さは理解している。それでも……私は戦える。戦えた。リゼに教わったことが、ちゃんと体の中に息づいている」


 あえて気楽に考える。今日の戦いで、俺は結構強いと分かった。

 だからあとは引き際だ。そこを覚えれば、無茶な危険を踏まずに済む。

 冒険者を始めてまだ一ヶ月も経っていないけど、手応えもあるしな。


「だから、お願いします……冒険者を続けさせてください」


 頭を下げる。

 本来なら護衛にここまでする必要はない。けど、これはリーネじゃなく『俺』としての礼だ。

 身分差のある世界で一年も過ごせば、上位者として仕草も身につくが、それでも俺の中身は変わらない。


 リゼの顔は見えないが、その視線を感じる。

 一瞬だけど、長く感じる時間。

 リゼが小さなため息をついた。


「……分かりました」


 その声に反応して顔を上げると、そこには、少し困ったような笑顔があった。

 それは困り顔とはいえ、初めて見るリゼの笑顔だった。


「屋敷に連れ戻すようなことはしません。期日が来るその日まで、一緒に頑張りましょう」

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