銀貨の重み
森へ引き返すと、まだ戦いは続いていた。
俺を助けた槍使いと女戦士。弓使い。杖を構えた神官らしき男。
四人組の冒険者パーティだ。動きは噛み合っている。それでも、戦いは膠着していた。
槍使いと、剣と盾を構えた女戦士が前衛を張る。
だが増援として現れたグリムパップはさらに五体。生き残りを含めて七体。下手に前へ出れば、後衛を食われる。
弓使いが牽制射で間合いを保っているが、その均衡は長くは持たない。
「リーネ! 増援は私が対応します! あなたは彼らの援護に回ってください!」
リゼが言うなり、前衛の横を風のようにすり抜け、群れへ飛び込む。
剣閃が走り、ひときわ大きな個体が両断された。群れのリーダーだろう。
だがグリムパップたちは怯まない。牙を揃えて、リゼへ殺到する。
「あなたたちは私の背を守ってください!」
リゼは言いながら、さらに斬りかかった。
攻撃の最中こそ一番の隙ができる。その瞬間を狙って跳ねた一体へ、槍使いと女戦士が即座に割り込む。
金属が鳴り、盾が受け止める音が続いた。
「任された! 俺たちは防御担当だ。行くぞマレナ!」
「おうさ! ミレイはそのまま援護を! フィンは牽制を続けな!」
掛け声に合わせて、二人がリゼの背後を塞ぐように並ぶ。
そこに並んで前線を支えるほど、俺は自分の腕を信じちゃいない。
なら、リゼの言うとおりだ。俺がやるべきことは一つ。
「後衛は私が援護します!」
声を張って剣を構え、神官と弓使いの前へ一歩踏み出す。
「承知! このまま魔法による援護を続ける! フィンは遊撃だ!」
「わーってる! お嬢ちゃん! ミレイを頼むぞ!」
弓使いは遊撃として動き回り、神官は援護に徹する――そんな陣形だな。
神官の男は杖も振るえる体格だが、後ろで術を回し続けてもらった方が全体の戦力は上がる。
おろらくは補助魔法――槍使いと女戦士を強化しているみたいだ。
「戦力はこっちが上だ! 焦らずに仕留めていくぞ!」
槍使いの声が森に響き、合図に合わせて仲間たちが動いた。
中心にいるのはリゼだ。リゼが切り込み、数を削る。その背を、槍と盾で固めて守る。
後衛へ抜けようとしたグリムパップは俺の担当だ。一体なら対処は難しくない。すでに倒した敵という事実が、背中を押してくれる。
均衡が崩れ、数が数秒ごとに減っていく。
すぐに最後の一体となり、その首をリゼが跳ね飛ばしたところで、戦いは終わった。
――静寂が戻る。けれど、誰も警戒を解かない。
弓使いは神経を尖らせ、周囲の茂みをじっと睨んでいる。
「レオン。敵はいないぜ。これで終わりだ」
その一言で、張り詰めていた空気がふっとほどけた。
「援軍がなければ苦戦していたかもな。俺はレオン。『街道の守護剣』のリーダーだ。アンタらは?」
レオンと名乗った槍使いが、リゼと俺を見る。
他のメンバーも同じように視線を向け、こちらを測っている。
「援軍がなければ危なかったのはこちらのほうです。感謝します、レオン。私はリゼ。そちらはリーネ。新人冒険者ですよ」
「新人? アンタはどう見ても騎士か騎士崩れ。で、そっちのお嬢ちゃんもそこそこの腕前。一体なんなんだ?」
レオンがリーダーを名乗ったのなら、ここで前に出るのは俺の役目だろう。
リゼは守り手であってリーダーではない。話すのは俺であるべきだ。
「私は代官家の娘で、リゼはその護衛。腕試しで冒険者になり、森での討伐依頼を請け負った」
「はっ? 代官家? ……なんでまたそんなお嬢様が冒険者に? 腕試しなら他にも手段があるはずだ」
まったくもって正論だ。普通ならわざわざ冒険者なんてやらない。
だが、その理由をいちいち説明する気はない。
「大した理由じゃないけど、話す気はないね。というか、貴族だなんだと面倒に首を突っ込みたくないのでは?」
「違いない。冒険者をやるんなら、その実績と信用が全てだ。……それに、負傷者の搬送が先だ。話は後にしよう。いいな?」
森の中に長居する理由もない。
討伐証として最低限の剥ぎ取りだけ済ませ、一緒に森を出ることになる。
平地に出ると、前方にクリフたちが座り込んでいるのが見えた。
さっきは助かったことに涙を流していたクリフだが、その表情はもうない。
不安の色が濃い。苦痛を堪えるように、肩で息をしている。
「負傷者は二人。足をやられたのと、こっちは……」
神官風の男――ミレイが、怪我の状態を確認する。
「腕の切断……二人とも治療所に運ばないとまずいな」
「街まで運ぶぞ。森に入って早々こんなことになるとはな……」
レオンは淡々と告げ、迷いなく動き始めた。
戦いが終わった実感がじわじわと湧いてくる。だが、現実ってやつは何も終わってない。
負傷者を生かして運ぶ。討伐初日から、ずいぶんと重いイベントを引いたものだ。
その場にある木材や縄や布といった備品で、簡易的な担架をこしらえる。
それにクリフたちを乗せて運ぶ。俺とリゼはクリフを担当した。
無言で歩き続けているうちに、やがて城壁が見えてきた。
戻ってきたという感慨が胸に浮かぶ。時間は大して経っていないはずなのに、体の芯に重い疲労がへばりついていることを自覚する。
城門が近づく。
負傷者ありということで入場待ちの列を横目に、まっすぐ門番のところまで進んだ。
門番はレオンと顔なじみらしく、すぐに話を始める。
「酷いな……いつもの治療所か?」
「ああ、あそこだ。冒険者証の確認もできればそちらでしたい。同行できる兵はいるか?」
「いいだろう。手の空いている者を付けよう」
とんとん拍子に話が進む。
『街道の守護剣』やレオンという冒険者は、名が売れているのだろう。信用も実績もあるってことだ。
俺たちは先を行く空れの背中を追う。
城門をくぐると、空気の匂いががらりと変わった。
行きかう人々。生活感溢れる喧噪。焼いた肉の匂い。
ここには生きている人間たちの日常がある。
そこを乱して進むのが、血まみれの俺たちだ。何事かと人々の視線が突き刺さる。
とはいえ、それも最初だけだ。
驚きはするが、悲鳴を上げるほどでもない。「たまにあることだ」と受け流しているような反応だ。
血まみれの冒険者が街に戻ってくることは、この街の日常の一部なんだろう。
治療所に負傷者を運び込み、そこで冒険者証の照合が行われた。
本来なら城門をくぐる前に身分証の提示が必要だ。
だが今回は緊急事態。確認は後回し――というより、レオンたちが名のある冒険者パーティであることと、俺が代官家の娘であることが、そのまま顔パス扱いになった。
――と、同行してきた兵士はそう説明してくれた。
「それで分け前だが、半々でいいか? 剥ぎ取りは討伐証の耳だけで大した額にはならんがな」
治療院を出たところで、レオンから提案が出た。
リゼに視線を向けると、彼女は小さく頷く。
「それでいいよ。むしろ助けて貰ったんだから、そっちの分け前の方が多いと思った」
「そこの女騎士に助けられたのは俺達も同じだ。対処はできただろうが、負傷していたかもしれない。そう考えれば五分五分ってのが角が立たんだろうさ」
レオンから、グリムパップ五体分の討伐証を受け取る。
五体ともなれば、駆け出しにしては上々の成果だろう。
けれど、素直に喜ぶ気にはなれない。
負傷者の姿をあれだけ近くで見たあとでは……胸の奥に、精神操作では誤魔化せない嫌な重さが残っている。
「ギルドに行こう。間引きをするには半端な時間だ。今日はこれで終いにするのがいいだろうさ」
「そうだね。今日は色々あって疲れたよ……」
「命の危険にさらされて疲れたってだけか? なかなかに剛毅なお嬢ちゃんだな」
「私にはリゼがいるからね。なんとかなるって確信はあったよ。それで油断をするってわけじゃないけどね」
「それを剛毅って言うんだぜ。まっ、話ながら移動しようや」
そうしてレオンたちと連れ立って、ギルドへ向かうことになる。
喋っているのは主に俺とレオンだけで、他のメンバーは黙って耳を傾けている。
少し不思議な距離感だが、きっとこういうパーティなんだろう。なら、それに合わせておけばいい。
やがてギルドに辿り着き、レオンたちとはそこで別れた。
俺たちはさっそく討伐証を受付に出し、換金の手続きをする。
「ほらよ、これが報酬だ」
いつものようにボルクが対応に出てくる。
討伐証を渡すと、小気味のいい音とともにコインがカウンターの上に置かれた。
銀貨二枚と小銀貨一枚が、木の板の上で転がる。
それを見て、思わず苦笑いが漏れる。
「思ったよりは……稼げないね」
「だから解体が重要なんだ。グリムパップに襲われてそいつからは取れなかったんだろう? ブルタスクの牙と皮を解体場に持っていけ。外の受付で素材買い取りがある」
言われたとおり、解体場の受付に向かう。
ブルタスクから剥ぎ取った品を換金すると、さらに銀貨一枚と銅貨数枚になった。
やっぱり剥ぎ取りは大事だ。収入に与える影響が大きい。
それを実感したところで、リゼから提案が入る。
「今日はもう休みましょう。それで宿はどうしますか? 馬小屋を続けますか」
藁の寝床、薄い布、隙間風。
そこで過ごした数日が頭に浮かぶ。冒険者としての実感を得るという意味では悪くなかった。
だけど――。
「今日はちゃんとしたベッドで眠りたいかな……」
「そうしましょう。話したいこともありますから」
「お説教って話だったね。なら決まりだ。ちゃんとした宿に泊まれる報酬もあるしね」
手にした銀貨を指先で弾き、空中でキャッチする。
命の重みであるはずの金属は、あまりに軽い。
そんなことを考えてしまうあたり、俺もだいぶ感傷的になっているらしい。




