表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された雑用係、如何にして最強に至ったのか?  作者: 藤原 智


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

6/20

五話 旅立ち

 どこをどう彷徨っていたのか、自分でもわからなかった。


 気づけば、日は少し傾き始めていた。


 泣き腫らした目は重く、喉はひりつき、胸の奥にはまだ、焼け残った炭みたいな痛みがくすぶっていた。


 行くあてなどなかった。

 寮へ戻る気にもなれない。

 屋敷の前にいるのも耐えられない。


 それでも足は、無意識のうちにある場所へ向かっていた。


 クロードの道場だった。

 二年ぶりに立つ門前は、何も変わっていなかった。

 木の看板も、砂の敷かれた庭も、奥から響いてくる掛け声も。


 俺だけが、ここを出た頃とはまるで違う場所に立たされているような気がした。

 門をくぐった瞬間、何人もの視線が一斉にこちらへ向く。


「アルト?」

「おい、あいつ」

「戻ってきたのか」


 ざわめきが広がっていく。

 驚きより先に浮かんでいたのは、明らかな苛立ちと、剥き出しの嫉妬だった。


 無理もない。

 道場の誰もが知っている。

 俺が勇者一行に加わったことを。

 しかも、あのクロードと共に旅立ったことを。

 この道場にいた頃、俺は最弱だった。

 その俺が選ばれた。

 それだけで、面白いはずがない。

 当然、俺が追放されたことなど、まだ誰も知らなかった。


「なんだよ、勇者様のご帰還か?」

「雑魚のくせに、運だけはいいよな」

「クロード先生に気に入られたつもりか?」


 棘だらけの言葉が飛ぶ。

 けれど不思議と、今は腹が立たなかった。

 もっとひどいものを、さっき味わったばかりだったからだ。

 俺は黙って木剣を手に取った。


「やるのか?」


 誰かが言う。

 答える代わりに、構える。

 次の瞬間、一人が前に出てきた。

 以前なら、名前を呼ばれることもなかった相手だ。

 俺を見下ろしていた側の人間。


「泣いて帰るなよ」


 その言葉と同時に、相手が踏み込んでくる。


 速い。


 はずだった。


 なのに、遅く見えた。

 踏み込みの癖。

 肩の入り方。

 剣先のぶれ。

 どこへ打ち込んでくるのか、手に取るようにわかる。

 気づいた時には、体が先に動いていた。

 半歩だけ外し、相手の木剣を流し、返す手で胴を打つ。

 乾いた音が鳴り、相手が息を詰まらせた。


「え?」


 倒れたのは、相手の方だった。

 ざわり、と道場の空気が揺れる。


「もう一回だ!」


 次は二人。

 それも、難しくなかった。

 動きが見える。

 いや、見えすぎる。

 力の流れも、間合いも、呼吸も、全部が遅い。


 いや、俺が速くなったのか?


 三人目

 四人目

 五人目

 挑んでくる者を、俺は次々と倒していった。


 かつて何度も転ばされ、笑われ、見下ろされていたこの場所で、今はもう、俺に敵う者がいなかった。


 木剣を握る手が震えた。

 驚いていたのは、周りじゃない。

 俺自身だった。


「なんで」


 思わず呟く。

 答えは、すぐに胸の奥から浮かんできた。

 旅の間。

 あの二年間。

 夜明け前の稽古。

 誰も見ていない場所で叩き込まれた、足運びと受け流し。

 致命傷を避けるための、最小限の動き。

 無駄を削ぎ落とした構え。


 そして何より実戦。

 一瞬の遅れが死に繋がる場所で、何度も何度も、生き残るためだけに剣を振ってきた。

 クロードは、俺を強く見せるために鍛えていたんじゃない。


 勝たせるためでもない。

 生き残らせるために。


 そのことが、今になってようやくわかった。

 胸の奥が、また別の痛みで熱くなる。

 道場の奥で、その一部始終を見ていた師範代が静かに歩み寄ってきた。

 クロードの代わりに、この道場を預かっていた男だ。


「見違えたな、アルト」


 低い声だった。

 俺は木剣を下ろし、深く頭を下げた。


「ありがとうございます」

「俺は何もしていない。お前を変えたのは、お前自身とあの人だろう」


 その言葉に、俺は答えられなかった。

 代わりに、もう一度頭を下げる。


「今日で、道場は辞めます」


 師範代は少しだけ目を細めたが、止めなかった。


「そうか」

「はい」

「なら、最後に一つだけ言っておく。剣は、恨みだけでは長く持たん」


 まっすぐな声だった。


「だが、お前の今の剣には、あの頃にはなかったものがある。見失うな」


 俺は黙って頷いた。

 道場を出る。

 外の風は少し冷たくて、泣き腫らした頬に心地よかった。

 王の計らいで、学院の籍はまだ残されている。

 寮も追い出されてはいない。

 とりあえず、戻ろう。

 今はそれでいい。

 そう思って歩き出した、その時だった。


「探した!」


 聞き慣れた声が、通りの向こうから飛んできた。

 顔を上げる。

 エリシアが、こちらへ駆けてきていた。

 長い髪を揺らし、息を切らし、それでもまっすぐ俺だけを見て走ってくる。

 俺は立ち止まったまま、目を瞬かせた。


「何で?」


 口をついて出たのは、それだけだった。

 エリシアは俺の前で足を止め、少し息を整えてから、きっぱりと言った。


「私は、いつでも貴方と一緒!」


 胸の奥で、何かが大きく揺れた。 


「お前、旅立ったんじゃ」

「見送りに行っただけ」


 それだけ言って、エリシアは少し困ったように笑う。


「まさか、私まで一緒に行ったと思った?」


 言葉が出なかった。

 嬉しいのか、情けないのか、安堵したのか、自分でもわからない感情が一気に溢れてきて、視界がまた熱くなる。


 俺は一歩踏み出し、そのままエリシアを強く抱きしめていた。

 彼女の体が一瞬だけ強張る。

 けれど、すぐに力が抜けた。


「ありがとう」


 絞り出すみたいに言う。

 彼女は何も言わず、ただそっと俺の背に手を回した。

 その温もりだけで、さっきまで空っぽだった胸の内に、もう一度火が灯るのがわかった。


 その夜、寮の部屋で、俺たちは長く話し合った。

 追放されたこと。

 今の自分たちに足りないもの。

 カイルたちとの差。

 このまま王都で燻って終わる気はないこと。

 結論は一つだった。

 強くなる。

 追いつく。

 今度こそ、並び立てるところまで。

 復讐を果たすために。

 あの日の誓いを、誓いのままで終わらせないために。


 翌朝、俺たちは王城へ向かった。

 門兵に身分を明かし、かつて村が襲われた際に王から援助を受けたこと、勇者一行に加える機会を与えられたことへの礼を伝えたいと申し出る。


 そして、勇者一行に遅れを取らないよう、自分たちも修行の旅に出ると、どうか王に伝えてほしいと頼んだ。

 門兵の一人は驚いた顔をしたが、すぐに城の中へ入っていった。


「ここでお待ちください」


 そう言われ、俺たちは門前で待つ。

 ほどなくして戻ってきた兵は、居住まいを正して言った。


「陛下がお会いになるそうです」


 案内された謁見の間は、かつて震えながら足を踏み入れた時よりも、ずっと広く感じられた。

 王座の前に進み、俺とエリシアは深く頭を垂れる。


「顔を上げよ」


 穏やかな、それでいてよく通る声だった。

 王は俺たちを見下ろし、わずかに目を細めた。


「覚えておるぞ。あの村の生き残りの子らだな」


 その言葉に、胸が熱くなる。

 俺たちは礼を述べた。

 助けてもらったこと。

 学院へ通わせてもらったこと。

 生活を支えてもらったこと。

 そして、魔王討伐の一員となる機会を与えてもらったこと。

 すべてを話した後、俺は顔を上げて言った。


「ですが、俺たちはまだ力不足でした」

「ゆえに、旅に出るのか」

「はい」


 王はしばらく俺たちを見ていた。

 それから、意外にも柔らかな声で言う。


「ならば、修行の援助を出そう。路銀も、装備も、望むなら用意させる」


 一瞬、言葉に詰まった。

 だが、その前にエリシアが一歩進み出る。


「ありがたきお言葉です。ですが、それは辞退させてください」


 王が眉を上げる。


「理由を聞こう」

「自分で稼ぎ、自分で生き、自分で力をつけることも、私たちには必要な修行だと思っています」


 静かだが、迷いのない声だった。

 王は数瞬の沈黙の後、ふっと笑った。


「なるほど。若いな」


 叱責ではなかった。

 むしろ、どこか愉快そうな響きだった。


「よい。志は受け取った」


 王は玉座の肘掛けに手を置いたまま、まっすぐ俺たちを見る。


「いいか?生き急ぐではないぞ?其方らはこの国の未来でもある。子は宝だ。勇者達の指導を受けているお主達は、国をあげて支援するつもりだ。いつでも言ってくるがいい」

「はっ、有り難く」


 俺とエリシアは、同時に頭を下げた。

 城を出た時、空は高く晴れていた。

 王都の喧騒はいつも通りで、行き交う人々は、俺たちの決意など知らずに今日を生きている。


 けれど、昨日までとは違った。

 置いていかれた者としてではない。

 追いかける者としてでもない。

 自分たちの足で、辿り着くために歩き出す者として。


 俺は隣を歩くエリシアを見る。

 彼女もまた、まっすぐ前を見ていた。

 人差し指の指輪が、陽光を受けて小さく光る。

 もう、泣いている暇はない。

 俺たちは王都の門をくぐり、その外へ出た。

 旅の始まりは、今度こそ、俺たち自身の意志だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ