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追放された雑用係、如何にして最強に至ったのか?  作者: 藤原 智


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十二話 ソフィア 

 白い空間の中央で、ソフィアのネームタグがやわらかく光り始めた。


 セレスの光とは違う。

 もっと淡くて、どこか温度を感じさせるような明かりだった。

 その光がふわりと広がり、人の輪郭を結んでいく。


 小柄な体。

 柔らかな髪。

 見慣れた法衣のシルエット。


 そして次の瞬間、その姿が完全に現れる。


「いたたたた」


 現れた途端、ソフィアはぺたんと尻もちをついた。

 俺とエリシアは、揃って目を瞬かせる。

 白い空間に、不似合いなくらい間の抜けた声が響く。

 ソフィアは床らしきものがあるのかもわからない白の上に座り込んだまま、困ったように笑った。


「最初から格好つけて出ようと思ったのに」


 それから、自分の膝を軽く叩いて立ち上がる。


「やっぱり私、こういうところあるのよね」


 その声音も、雰囲気も、まるで昔のままだった。

 エリシアの目に、また涙が溜まる。


「ソフィア様」

「泣かないの」


 ソフィアはすぐにそう言った。

 けれど、その言い方は厳しくなくて、ひどく優しかった。


「せっかく再会したのに、最初がそれじゃ私も困っちゃうわ」


 そう言って微笑み、それから、ふとエリシアを見た。


「エリシア、ちょっとこっち」

「え?」

「聞きたいことがあるの」


 ソフィアはちらりと俺を見てから、少し声を潜める。


「二人きりで」


 俺は思わず眉をひそめた。


「俺がいたらまずい話?」

「まずいというか」


 ソフィアはにっこり笑った。


「女同士じゃないと聞きにくいことよ」


 その言い方に、俺は余計に嫌な予感しかしなかった。


 エリシアは戸惑いながらも頷き、ソフィアに促されるまま少し離れた場所へ歩いていく。

 白い空間に距離の概念があるのかはわからない。けれど、不思議と“二人だけの場所”がそこに切り取られたように見えた。


「何の話だよ」

 小さく呟いたが、もちろん返事はない。


 エリシアは、ソフィアに向かい合ったまま小さく首を傾げた。


「聞きたいこと、ですか?」

「ええ」


 ソフィアは、さっきまでの柔らかな笑みを崩さずに言った。


「一発やった?」


 エリシアの思考が、そこで完全に止まり、大声を出す。


「はっ??」


 白い空間に、素っ頓狂な声が響く。

 自分でも信じられないほど大きな声が出た。

 だが、ソフィアはまったく気にした様子もなく首を傾げる。


「だから、やったの?」

「ソ、ソフィア様、いったい何を言って?」


 顔が一気に熱くなる。

 いや、熱いどころではない。頭のてっぺんまで火がついたみたいだった。


 ソフィアは「あっ」と小さく声を上げ、口元に手を当てた。


「ごめんなさい。言い方が悪かったわね」


 その一拍のあと、さらに真顔で言い直す。


「愛し合った?」


 エリシアは言葉を失った。

 顔が熱い、耳まで熱い。

 俯いても、その熱が少しも引いていかない。

 答えられない。

 でも、黙っていればそれはそれで答えになってしまう気がして、余計に動けなくなる。

 ソフィアはじっと待っていた。

 からかっているのかと思った。

 でも、その目は案外真面目で、エリシアは逃げられなくなる。


 やがて、観念したように、ほんの小さく頷いた。

 その動きは、自分でも情けなくなるほど弱々しかった。

 だが、それを見たソフィアは満足そうに


「そっか」

 

 と微笑んだ。

 そして、すぐ次の問いを投げる。


「アルト、どうなの?」


 エリシアはぱちぱちと瞬きをした。


「どう、とは?」

「だから」


 ソフィアは少し身を乗り出し、ひどく真剣な顔で言った。


「ちゃんと満足させてくれてるの?アルトの独りよがりじゃないでしょうね?」


 エリシアの顔から、音を立てて湯気が出そうだった。

 もう返事どころではない。

 ソフィアはそんなエリシアを見て、ふむ、と頷いた。


「その反応だと、まあ、大丈夫そうね」

「な、何が大丈夫なんですか!」


 やっとそれだけ絞り出すと、ソフィアはさらりと言う。


「アルトの初めて、狙ってたんだけどね」


 エリシアの全身から、すっと血の気が引いた。


「はい?」


 思わず顔を上げる。

 ソフィアはにこにこしている。

 その微笑みが本気なのか冗談なのか、まったく読めない。

 エリシアは口をぱくぱくさせることしかできなかった。

 ソフィアはその様子を見て、ついに堪えきれなくなったのか、小さく吹き出した。


「冗談よ」

「じょ、冗談?」

「たぶん」

「たぶんって何ですか!?」


 今度は本気でエリシアが声を上げる。

 ソフィアはくすくす笑っていたが、やがてその表情をゆっくりと引き締めた。

 さっきまでのからかうような空気が、少しずつ消えていく。


「でもね、大事なことなの」


 その声の調子が変わった瞬間、エリシアも自然と息を呑んだ。

 ソフィアはまっすぐにエリシアを見る。


「アルトに抱かれている時、幸せ?」


 恥ずかしかった。

 でも、それ以上に、その問いはまっすぐだった。

 茶化す余地も、逃げる余地もないくらいに。

 エリシアは少しだけ目を伏せ、それから静かに頷いた。


「はい」


 小さな声だったけれど、嘘はなかった。

 アルトの腕の中にいる時、嬉しかった。

 ソフィアはその答えを聞くと、ふわりと微笑んだ。

 今度の笑みは、さっきまでのいたずらっぽいものではなく、どこまでも優しかった。


「なら、復讐より、愛を大事にしなさい」


 エリシアは目を見開く。


「ソフィア様」

「ここまで来てくれたことは、嬉しいわ」


 ソフィアは静かに言う。


「私たちのことを忘れずに、追いついてくれたことも。本当に、嬉しい」


 その一言一言が、胸の奥へ沈んでいく。


「でもね、これ以上は進まないで」


 エリシアの喉が詰まる。


「アルトと一緒に帰って。二人で暮らし、子どもを授かって、喧嘩したり笑ったりしながら、普通の幸せを生きて」


 その言葉は、夢みたいだった。

 ずっと遠いものだと思っていた。

 自分たちには許されないものだと思っていた。

 だからこそ、ひどく眩しく聞こえた。


「貴女たちはもう、復讐だけで生きる必要なんてないのよ」


 ソフィアの瞳は、僧侶としてではなく、一人の女性としてエリシアを見ていた。


「幸せになっていいの。むしろ、そうなってほしい」


 エリシアの目から、また涙がこぼれた。


「でも、私」


 何かを言おうとして、言葉が崩れる。


「私たち、ここまで来たのに」

「ええ」


 ソフィアは優しく頷いた。


「だから余計に思うの。ここまで来たからこそ、もう十分だって」


 エリシアは唇を噛んだ。

 ここで引き返せば、きっと生きられるかもしれない。

 アルトと一緒に、もっと別の人生を選べるかもしれない。

 その可能性を、今初めて具体的な形で差し出された気がした。

 その未来は、あまりにも甘く感じた。

 ソフィアは泣くエリシアの頬を、触れないはずの手でそっと撫でるような仕草をする。


「迷っていいのよ」


 声が、ひどく優しい。


「復讐と愛の間で揺れることは、弱さじゃないわ。むしろ、それだけちゃんと生きてるってこと」


 エリシアは声を出さずに泣いた。

 ソフィアはその涙を受け止めるように、しばらく何も言わなかった。


 白い空間の向こうで、アルトの姿が小さく見える。

 こちらの会話は聞こえていないのか、少し落ち着かない様子で待っていた。

 その姿を見て、ソフィアはふっと笑う。


「本当にいい男になったわね、あの子」


 エリシアは涙の合間に、少しだけ笑ってしまった。


「はい」

「最初は危なっかしくて、見てるこっちが冷や冷やしたのに」

「今でも時々、危なっかしいです」

「でしょうね」


 くすっと笑い合う。

 ほんの短い、穏やかな時間だった。

 けれど、その穏やかさが、余計に切なかった。

 やがてソフィアは、少しだけアルトの方へ視線をやってから、もう一度エリシアを見る。


「忘れないで。貴女がアルトといる時に感じる幸せは、本物よ」


 そして、少しだけ声を潜める。


「だから、その幸せを、自分で踏みにじらないで」


 エリシアは、泣きながら頷いた。


「はい」


 その返事を聞いて、ソフィアは満足そうに笑った。

 白い空間の中で、彼女の輪郭がほんの少しだけ淡く揺らぐ。

 別れの気配がした。

 エリシアははっとして手を伸ばしかける。


「ソフィア様」

「まだ大丈夫」


 ソフィアはそう言いながら、やわらかな目をした。


「もう少しだけ、時間はあるわ」


 そう言ってから、彼女はアルトの方をちらりと見て、小さく肩をすくめる。


「さて、あっちはあっちで、何を聞かれたか気になってしょうがない顔してるわね」


 エリシアは思わずそちらを見た。

 確かにアルトは、こちらを気にして落ち着かない様子だった。

 その姿が少し可笑しくて、涙で濡れたまま、エリシアの口元に小さな笑みが浮かんだ。

 ソフィアはその笑顔を見て、ひどく優しく目を細めた。


「その顔、好きよ」

「ありがとうございます」


 ソフィアは頷くと、静かに言った。


「さあ、戻りましょう。あの子にも、ちゃんと向き合わないとね」


 エリシアは涙を拭い、深く息を吸った。

 そして、ソフィアと並んで、アルトの待つ方へ足を向けた。


 

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