表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
36/50

36 父を護る娘


『どうせ表にいるなら、当主を守るくらいの気概は見せろよ』

 それは、叔父からの言葉だった。忍びたちの怪我の経過観察なのか、よく見るようになった。

 よくわからないまま、雪は父の執務室を訪れる。


「お父様を護衛しにきました」

 雪の言葉に、父は少しだけ目を見開いて。しかし、何か言うこともなく、

「そうか」

 と答えた。


「くくっ」

 それを見て、楽しそうに笑う男。父の側近で、玄虎といったか。


「玄虎さん、どうして笑うのですか?」

「これは失礼いたしました。ご当主様の嬉しそうなご様子、微笑ましいと思いまして」


 嬉しそう、なのか? もう一度父を見てみても、やっぱり表情からはわからない。


「お父様、ここにいてもいいですか?」

「好きにしなさい」

 父の返答を受け、雪は執務室の隅に座る。部屋の様子、父の様子、全てを観察した。


 最低限の家具と、書庫のような本や書類の数。和紙ではない印刷された報告書だ。読めるかもしれないと思ったが、遠すぎて小さな文字は読めない。


 近くに行っても叱られないかもしれない。そう思って、父の隣に座ってみる。やっぱり父は叱らなかった。


 父のそばに置かれた書類を手に取り、目を通してみる。正直、わからなかった。


 雪の知識は中学生程度で止まっている。それまでも、家庭環境からまともに勉強する機会にも乏しかった。基本的な漢字はわかるが、報告書のような難しい言い回しが多い書類は、全く頭に入ってこなかった。


 すぐに飽きて、また部屋を観察する。


「お父様の周りは、いつもこんなに忍びが多いのですか?」

 目に見えるだけではない。感覚的に、なんとなく気配を感じるものもあわせると、結構な数がいる。


「常時というわけではありませんよ」

 答えてくれたのは玄虎だった。

「今は騒がしいので、少し増やしています」


 外が危険だからか。はっきりそう言われたわけではないが、さすがに雪でもわかる言い方だった。


「ご当主様に倒れられては困りますから」

 忍びたちを束ねる父がいなくなったら、忍びたちが困る。それは雪にもわかる。


「お父様がご病気になったら、どうなるのですか?」

 それは単純な疑問だった。


「今なら、蒼刃様がいらっしゃいますね。ご当主様が信頼されているので、私共も安心して信頼できます」


 兄も立派な大人だ。この家を継ぐべく、幼い時から勉強していると聞いている。父が信頼するのも頷けるくらいには、兄の偉大さも知っていた。


 でも、この家を支えるのが父じゃないというのは、やっぱり少し不安で。

 父の着物の袖を、そっと掴んだ。


「玄虎」

 父の低い声がした。


「これは失礼いたしました。ご不安にさせてしまいましたね」

「いえ」

 短く答え、雪は首を振る。


「お父様、長生きしてくださいね」

 雪の言葉に、父は無言で頷いた。


「兄上、朧狐(ろうこ)です」

 叔父の声がした。


「入れ」

 父が答え、襖が開く。


「お、なんだ。おまけつきか」


 おまけ、とは。相変わらず子ども扱いの叔父に、べーっと舌を出してみる。狐面で見られないのだから、叱られることも嫌がられることもない。


「今日の診察分」


 玄虎が受け取り、父に渡す。隣から覗き込んでみると、たくさんの影名が。怪我をした部位や怪我の度合いも細かく書かれている。


 父は視線だけで玄虎に合図をする。すると、玄虎が封筒を出した。


「報酬です。朧狐様、お疲れさまでございます」

「様はやめろって言ってるだろ。もう本家の人間じゃないんだ」

「あなた様が影名を名乗られる時は、私が敬うべきお方です」


 朧狐か。なんとなく堅苦しい印象を受ける。


「叔父様は忍びではないのに、影名を持っているのですね」

 自然と言葉が出た。


「まぁ、一応出身はここだからな。実務訓練まで受けてるし」


 報酬を確認しながら、叔父がさらっと答える。ちゃんと忍びになるべく訓練を受けた人だった。


「どうしてお医者様に?」

「んー、忍びになりたくなかったからじゃないか?」

 あっさり教えてくれた。


「影で生きるなんて、ガラじゃねぇんだ。医者としてちやほやされた方が、オレには向いてる」


 この場所で生きていても、本家の人間ならちやほやされるのではないか。少なくとも雪は、忍びたちにちやほやされていると感じる。それが快か不快かは置いておいて。


「お医者様の時は、本名を名乗っているのですか?」

「おぉ、ズバズバ聞くなぁ」

「あ……」

 無意識だった。知りたいという感情が、強く出すぎていた。


「医者の時は医者の時の偽名。本名は別にあるけど、もう使わねぇだろうな。奥に入らない限り」

「偽名、ですか」


「霧崎の人間が、霧崎を名乗ったまま外に出るわけにはいかないからな。高槻っていうんだ。高槻理一。かっこいいだろ?」


 霧崎と全く関係ない名前。本名を名乗れないというのは、どんな気持ちなのだろう。そこはデリケートな気がして、口に出せなかった。


「んで、そのお姫様は、なんでここにいるんだ? 蒼刃がいるなら、後継ぎの勉強ってわけでもねぇだろ?」

「お父様をお護りしてるんです」

 なんとなく馬鹿にされたような気がして、思わずムッとしてしまう。


「お護り、ねぇ」

 彼はニヤニヤと笑ってみせて。

「まぁ、いいことではあるんじゃないか?」

 と言った。


「自分の身を盾にして守れよ。霧崎の当主は、何があっても死ねないんだ」

「しね、ない?」


「当たり前だろ。当主が死ねば忍びを束ねる人間がいなくなる。ちゃんと後継者にその座を譲るまで、何があろうと死んではいけない。家族を犠牲にしてでも、生き残らなきゃいけないんだ」


 怖い言葉だった。父はそんな重圧の中に生きているのか。


 だから、忍びたちが大勢集まってでも父を守ろうとするのか。先日も、先頭に立って指示をしていたのが兄というのは、父が出ていけないからなのか。


「ま、心配するな。ちょっとした怪我なら、オレが治すからな」

「ご当主様に怪我を負わせるようなら、私共は死んでますね」

 叔父の力強い言葉に、玄虎が張り合う。怪我さえ負わせない。そんな玄虎の気持ちが伝わってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ