34 叔父
「雪、また表に出るの?」
ひっそりと準備していた雪は、姉に見つかってしまった。
「大人しくしていなさいと言ったでしょう」
「嫌です」
呆れる姉に、 はっきり告げる雪。その姿に、姉は目を丸くした。
「危ないことはしていません。楽しくお喋りをしているだけです」
「今は表に出るだけで危ないと、なぜわからないの?」
ついに止められた。そのことに、なぜかイライラしていた。
「なぜ危ないのかわからないので。わたしには忍びがつけられているらしいので、いいのでは? 護衛なのか見張りなのかわかりませんが」
「雪」
姉と言い争うのも嫌で、雪は逃げるように部屋を出た。歩きながら狐面をつけ、その勢いで表に飛び出す。
イライラして、でもそれをぶつけるところはない。
「白鴉様」
そんな時に、いつもの声がした。もう顔を見なくてもわかった。
「気が立っておられるようですね」
態度には出していないはずなのに。表情も狐面で見えないはずなのに。なぜか彼には伝わっていた。
「……なんでもありません」
雪はそう答えて、彼を避けるように歩き出す。しかし、彼はついてきた。
「ついてこないでください」
「無理です。気になるので」
「お仕事はどうしたのですか」
「今はないので大丈夫です」
そんな怒りに任せた豪速球の会話のキャッチボールに、雪はふと足を止める。
「外に出てもいいですか」
「それはさすがにダメです。ご当主様を呼んできます」
わかっている。相変わらず淡々としている彼に、雪は思わず吹き出した。
「冗談です」
真面目な顔がおもしろかった。雪がコロコロと笑っているのに、彼は表情ひとつ変えない。
「あれ?」
その時、表の玄関に止まる車に目が留まった。
「お客様ですか?」
「白鴉様、そちらは」
雪がその先に行こうとしたのを、彼が前に立って止める。
「なぜダメなのですか?」
「白鴉様がご覧になるものではありませんので」
ここでも、また。せっかく楽しい気持ちになっていたのに。
「影隼」
雪は初めて彼の名前を呼び捨てにした。
「通してください」
表情は見えていない。でも、できるだけ怖い顔を作った。父を真似したその態度に、彼は一瞬固まって、静かに道を空けた。
1歩踏み出すと、スカートが風をはらんでふわりと膨らむ。まとわりつくスカートを押さえつけながら、どんどん進んでいく。どこに行くべきかもわからないのに。
ざわざわと騒がしい部屋を見つけた。ぴったり閉じられた扉に手をかけ、勢いよく開ける。
その瞬間、ツンと鼻をついた、錆びた鉄の匂い。そして、たくさんの忍びたち。その多くは、血がついていた。
「なにが」
「おいおい。ここはお姫様が来るところじゃねぇだろ」
聞いたことのない声。それは、男性だった。忍びらしくなく、どこかだらしない。医療知識があるのか、治療にあたっているようだった。
「あなたは」
雪がそう聞こうとするも、
「お守り係はいないのか?」
と彼は厳しい顔で雪の隣を睨む。
「白鴉様」
影隼が扉を閉める。
「影隼、今のはどういうことですか? 何かあったのですか? あれは誰ですか?」
「白鴉様がお知りになる必要は」
「教えてください!」
ここでも隠される。でも、あんな血を見て、黙っていられるはずがなかった。
彼が答えてくれるかと思った。しかし彼は、その場に最敬礼をする。それは、言えないことへの謝罪か。
「……どうして教えてくれないの」
忍びとしての彼の意思。
「あんなに、教えてくれたのに……」
悲しかった。せっかく仲良くなれたと思っていたのに。まるで裏切られたかのような気持ちだった。
「……もう、いいです」
彼が教えてくれないなら、本人に聞けばいい。そばの壁に背中を預け、扉が開くのを待った。彼もまた、そばに控えるように動かなかった。
しばらくして、扉が開いた。そこから出てきたのは、先程の男。
「お、いたのか」
やっぱり、他の忍びと違う。雪を敬う様子が全く見られない。
「あなたはどちら様ですか?」
「へぇ。オレを知らないってことは、親父の隠し子か」
「……は?」
なぜそれを知っているのだろう。この人にとってと「親父」とは、いったい「どちら」のことなのだろう。
「……お父様のご兄弟ですか?」
その言葉から考えて、考えついたことを聞いてみる。
「よくわかったな。正確には異母兄妹だけど、今は叔父と姪ってことになるのか」
「わたしの父は、当代のご当主様だけです」
「頑固そうだな〜。嫌なとこ親父に似やがって」
なんか、嫌だ。手のひらのうえでコロコロ転がされているような。遊ばれているような。子供扱いされているような感じだ。
「好奇心旺盛なのはいいことだけど、忍びの詰所にほいほい顔を出すもんじゃないぞ」
「なぜですか?」
「本家の人間がいると休まらねぇだろ。立場ある人間はちゃんと下を気遣ってやらないと」
確かに、と納得できた。
「お医者様ですか?」
「あぁ。霧崎家御用達のな」
医者を雇うような家だったのか。それほどまでに忍びは怪我をするのだろうか。
「中の方々は? 怪我はひどいのですか?」
「当主以外に報告する義務はねぇな」
あっさり突き放すような言い方は、新鮮だった。この家の誰も、雪に対してそんな言い方はしない。
「お姫様は大人しく奥にこもってな」
そう言って、彼は去っていく。雪の指示もなく。
嫌なのに、嫌じゃない。そんな不思議な感覚だった。




