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34/50

34 叔父


「雪、また表に出るの?」

 ひっそりと準備していた雪は、姉に見つかってしまった。


「大人しくしていなさいと言ったでしょう」

「嫌です」


 呆れる姉に、 はっきり告げる雪。その姿に、姉は目を丸くした。


「危ないことはしていません。楽しくお喋りをしているだけです」

「今は表に出るだけで危ないと、なぜわからないの?」


 ついに止められた。そのことに、なぜかイライラしていた。


「なぜ危ないのかわからないので。わたしには忍びがつけられているらしいので、いいのでは? 護衛なのか見張りなのかわかりませんが」


「雪」

 姉と言い争うのも嫌で、雪は逃げるように部屋を出た。歩きながら狐面をつけ、その勢いで表に飛び出す。


 イライラして、でもそれをぶつけるところはない。

「白鴉様」

 そんな時に、いつもの声がした。もう顔を見なくてもわかった。


「気が立っておられるようですね」

 態度には出していないはずなのに。表情も狐面で見えないはずなのに。なぜか彼には伝わっていた。


「……なんでもありません」

 雪はそう答えて、彼を避けるように歩き出す。しかし、彼はついてきた。


「ついてこないでください」

「無理です。気になるので」

「お仕事はどうしたのですか」

「今はないので大丈夫です」


 そんな怒りに任せた豪速球の会話のキャッチボールに、雪はふと足を止める。


「外に出てもいいですか」

「それはさすがにダメです。ご当主様を呼んできます」

 わかっている。相変わらず淡々としている彼に、雪は思わず吹き出した。


「冗談です」

 真面目な顔がおもしろかった。雪がコロコロと笑っているのに、彼は表情ひとつ変えない。


「あれ?」

 その時、表の玄関に止まる車に目が留まった。


「お客様ですか?」

「白鴉様、そちらは」

 雪がその先に行こうとしたのを、彼が前に立って止める。


「なぜダメなのですか?」

「白鴉様がご覧になるものではありませんので」

 ここでも、また。せっかく楽しい気持ちになっていたのに。


「影隼」

 雪は初めて彼の名前を呼び捨てにした。

「通してください」


 表情は見えていない。でも、できるだけ怖い顔を作った。父を真似したその態度に、彼は一瞬固まって、静かに道を空けた。


 1歩踏み出すと、スカートが風をはらんでふわりと膨らむ。まとわりつくスカートを押さえつけながら、どんどん進んでいく。どこに行くべきかもわからないのに。


 ざわざわと騒がしい部屋を見つけた。ぴったり閉じられた扉に手をかけ、勢いよく開ける。


 その瞬間、ツンと鼻をついた、錆びた鉄の匂い。そして、たくさんの忍びたち。その多くは、血がついていた。


「なにが」

「おいおい。ここはお姫様が来るところじゃねぇだろ」


 聞いたことのない声。それは、男性だった。忍びらしくなく、どこかだらしない。医療知識があるのか、治療にあたっているようだった。


「あなたは」

 雪がそう聞こうとするも、

「お守り係はいないのか?」

 と彼は厳しい顔で雪の隣を睨む。


「白鴉様」

 影隼が扉を閉める。


「影隼、今のはどういうことですか? 何かあったのですか? あれは誰ですか?」

「白鴉様がお知りになる必要は」

「教えてください!」


 ここでも隠される。でも、あんな血を見て、黙っていられるはずがなかった。


 彼が答えてくれるかと思った。しかし彼は、その場に最敬礼をする。それは、言えないことへの謝罪か。


「……どうして教えてくれないの」

 忍びとしての彼の意思。


「あんなに、教えてくれたのに……」


 悲しかった。せっかく仲良くなれたと思っていたのに。まるで裏切られたかのような気持ちだった。


「……もう、いいです」


 彼が教えてくれないなら、本人に聞けばいい。そばの壁に背中を預け、扉が開くのを待った。彼もまた、そばに控えるように動かなかった。




 しばらくして、扉が開いた。そこから出てきたのは、先程の男。

「お、いたのか」

 やっぱり、他の忍びと違う。雪を敬う様子が全く見られない。


「あなたはどちら様ですか?」

「へぇ。オレを知らないってことは、親父の隠し子か」

「……は?」


 なぜそれを知っているのだろう。この人にとってと「親父」とは、いったい「どちら」のことなのだろう。


「……お父様のご兄弟ですか?」

 その言葉から考えて、考えついたことを聞いてみる。


「よくわかったな。正確には異母兄妹だけど、今は叔父と姪ってことになるのか」

「わたしの父は、当代のご当主様だけです」

「頑固そうだな〜。嫌なとこ親父に似やがって」


 なんか、嫌だ。手のひらのうえでコロコロ転がされているような。遊ばれているような。子供扱いされているような感じだ。


「好奇心旺盛なのはいいことだけど、忍びの詰所にほいほい顔を出すもんじゃないぞ」

「なぜですか?」

「本家の人間がいると休まらねぇだろ。立場ある人間はちゃんと下を気遣ってやらないと」

 確かに、と納得できた。


「お医者様ですか?」

「あぁ。霧崎家御用達のな」


 医者を雇うような家だったのか。それほどまでに忍びは怪我をするのだろうか。


「中の方々は? 怪我はひどいのですか?」

「当主以外に報告する義務はねぇな」


 あっさり突き放すような言い方は、新鮮だった。この家の誰も、雪に対してそんな言い方はしない。


「お姫様は大人しく奥にこもってな」

 そう言って、彼は去っていく。雪の指示もなく。


 嫌なのに、嫌じゃない。そんな不思議な感覚だった。


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