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32 静かな禁域


「表には出ないように」

 兄からそう告げられたのは、朝食の時だった。


「なぜですか?」


 当然、雪は尋ねる。姉妹の中で最も表に出ているのは雪だ。だから、姉や妹は受け入れるかもしれない。でも、雪は我慢できない。せめて説明がなければ。


「理由は教えられない。父上と相談した結果だから、わかってほしいんだ」

 教えられない、なんて。納得できるわけないじゃないか。


「雪、大人しくしなさい。これはお父様の指示よ」


 姉にまで言われてしまい、雪はぐっと口をつぐんだ。仕方がない、なんて思えるほど、物わかりのいい性格ではなかった。




 朝食の後、父と兄は表に出ていった。仕事のためだろう。そんなことはわかっている。でも、雪たちは出られない。ずるい、と思ってしまう。


 理由も説明されず、ただ閉じ込められる。そんなの、納得できない。

 教えてもらえないなら、探せばいい。表に出れば、その理由はわかるはず。そんな理由で、雪は再び表に出た。


 お面をつけることに抵抗はなかった。確かに息苦しくはなるが、そんなことよりも好奇心が勝ってしまう。


「白鴉様」

 その時、声をかけられた。ハッと振り向けば、そこには影隼の姿。

「影隼さん、こんにちは。またお会いしましたね」


 彼の方から声をかけてくれるなんて珍しい。そして、嬉しい。それを押し隠そうとするも、声にはどうしても表われてしまう。

 だって、彼は何でも教えてくれるのだから。


「お仕事ですか?」

「……まぁ」

 どこか濁すような言い方。そんなことも、気にならなかった。


「お時間はありますか?」

「はい」

「じゃあ、少しお喋りしませんか?」

「はい」


 相変わらず彼の言葉は少なく。そんなところに、なんとなく好感を抱いてしまう。口数少なく、不器用で、それでも愛してくれる存在を知っているから。


 雪はそばの縁側に足を出して腰掛ける。彼は庭に出て、最敬礼の姿勢を取った。

 楽にしていいのに。そう思うが、雪からそれを言うことはない。忍びの矜持を奪うことになってしまう。


「昨日、何かあったみたいですが、影隼さんは何かご存知ですか?」

「いえ」

 返答が早かった。仕方がない。彼はまだ、忍びの中では序列が低い方なのだろう。伝えられないことも少なくないはずだ。


「……やっぱり、忍びって序列の世界なんですね」

 なんてことを、ポツリとこぼす。彼が答えなかったのは、ほとんど独り言に近い声量だったからか。


「あ、そうだ。昨日、古い文献を見たんです」

 知らないことを深掘りしても仕方がないからと、雪は話題を変える。


「忍びの携帯食っていうんですかね。漢方とかを砕いて丸めたもの。あれって、美味しいんですか?」

「食べたことはありません」

「え、じゃあ任務の時は何を食べるんですか?」

「コンビニのパンとかおにぎりとか」


 確かに、その方が現代の忍びらしい。忍びは目立たないことが一番なのだから。


「じゃあ、好きなおにぎりの具はなんですか?」

「は……」

「わたしは鮭です。紅鮭がいいかな」

「はぁ……」


 雪の無邪気な言葉に、彼は戸惑うように少し口ごもって、

「梅、ですかね」

 と答える。


「いいですね、梅。美味しいし」

「味もですが、塩分を効果的に吸収できて、真夏でも傷みを防ぐので」


 まさかの理由だった。でも、確かに彼らしい。

「影隼さんは、本当に忍びですね」


 忍びらしい忍び、というのだろうか。雪が想像する忍びという存在にぴったり一致する。


「次の任務は決まってるんですか?」

「いえ」

「あれ、意外。忍びってずっとお仕事してると思ってました」

「体を休めることも仕事の内と教わります」

「確かに、それも大事ですね」


 柔らかくなった日差しの下、のんびりお喋りを楽しむ。表に出た理由を忘れたかのように。


 少し冷たい風に、思わず身震いした。

「冷えますね」


 それを見て、彼が立ち上がる。

「そろそろお戻りを」

「……そうですね」


 残念。寂しいけれど、あまり彼を引き留めておくこともできない。


「お喋り、楽しかったです。また」

 彼と別れ、雪は奥へ戻る。お面を取ると、ホッと温かい息がこぼれた。


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