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30 忍びの家族


 晩夏だというのに、まだまだ蒸し暑い日々。そんな中でも、雪は足しげく表に通った。


 忍びを見つけては、声をかけて。怖がられなければ少しお喋りもして。そんな日々を楽しんでいた。中でもよく会う影隼とは、お喋りを楽しめる仲になっていた。


「影隼さん、また会いましたね」

 彼は無口な方なのか、ほとんど何も言わず、ただ最敬礼の姿勢だけは綺麗だ。


「お仕事は忙しいですか?」

「いえ。終わったばかりなので」

「そうですか。では、少しお付き合いいただけませんか?」


 彼が忙しくないなら、ちょっと時間をもらう。そうお願いできるくらいの関係にはなっていた。


「影隼さんは、忍びになって長いのですか?」

「任務につくようになってからは約1年です」

「短いのですね」


 そんなことを話しながら、廊下を歩いて庭に出る。相変わらず何もないただ広いだけの表の庭で、雪はその先の玄関を見つめる。そこを無許可で超えることは、許されていない。


「忍びの前は、何かされていたのですか?」

「普通に学生を」

「学生? 外の学校に通っていたのですか?」

「はい」


 意外だった。小学生くらいの小さな子でさえ訓練生として忍びの訓練をしているのだから、忍びになる人は学校なんて行かないものと思っていた。


「忍びの子でも、ご当主様のお許しがあれば学校に通うことはできます」

「忍びの子……ということは、影隼さんのご両親も、忍び……?」

 その言葉が気になって尋ねてみる。


「はい。両親とも忍びとしてお仕えしております」

 すんなり答えてくれた。


「そうですか。ご両親は、お元気ですか?」

「知りません」

「……え?」

 自然とつなげただけなのに、意外な答えが返ってきた。


「忍びになると決めた時点で、親子として会うことはできなくなります」

 また知らない情報だ。


「どうしてですか?」

「家族は弱点です。自力で守れる力をつけるまで、忍びは家族を持つことはありません」

 強くならなければ、結婚することも子どもを持つこともない、ということか。


「それに、家族を持っても優先すべきは忍びとしての仕事です」


 忍びの仕事は危険を伴うこともあるからこそ。きっと、家族という存在を持たないと決めた忍びも、少なくないのだろう。


「寂しく、ないのですか?」

 雪だって、家族の存在が幸せの絶対条件とは思わない。でも、昔ならともかく今は、家族の存在に支えられている。大好きな家族がいなければ、自分はこの世にいなかったと断言できるほどに。


「特には」

 影隼の答えは淡々としていた。それが当たり前というかのように。


 人間なのに、どこか人間じゃないような、人とはまた違う「忍び」という生き物を見たかのような感覚。それが彼らなのだと、理解するしかなかった。


「任務中は、どうやってやり取りをするのですか? 鳥とか、猫とか」

「基本的にはスマホです」

 まさかのデジタルだった。


「デジタルは情報を取られやすいので危険だと聞きましたが」


「そうです。だから、任務開始と中断、終了などの基本的な合図以外には使用しません。細かい報告は口頭です」

 なんだろう。この、伝統とは違う忍びの感じ。わくわくする。


「そのチャットの様子、少しだけ見てもいいですか?」

「はい」

 現代の忍びが、文明の利器を使ってどうやり取りしているのか、見てみたかった。


「カラスのスタンプ?」

 影隼が持つスマホの画面を見て、まず目に入ったものは、カラスのイラスト。

「任務開始と終了の合図です」

 簡単な合図だけなら、これでいいのか。


「この文字は?」

「集合場所と日時の暗号です」

「暗号……どう読むのですか?」

 数字とアルファベットの羅列。まるで何かのパスワードのように。


「……教えられません」

「あ、そうですよね」

 さすがに教えてもらえなかった。


「どうしても直接会えない時とか、ないんですか?」

「ほとんどありません。ですが、そういう時の手段も用意してあります」

「たとえば、どんな?」


 彼ならどんどん答えてくれる。兄に止められることも、他の忍びたちなら口ごもって教えてくれないことも。


「鳥を使役するんです。本家の方々が猫を使役するように」

「使えるんですか?」

「使い方は教わりました」


 この感じだと、彼は使ったことがないようだ。


 そういえば、奥に飛んできた鳥を見たことがある。任務中の忍びからの報告だということは知っていたが、それが異例の方法だったとは。


「長距離には向きませんので、使うのはごく稀かと」

「じゃあ、長距離の時はどうするんですか? 電話?」

「手紙ですね」

 やっぱり、細かい情報が書かれたものは、アナログなやり取りだ。


「海外や地方からの報告は、郵送が基本だと教わっています」


 情報を商品として取り扱うだけあって、やはり慎重だ。それだけ気をつけるから、情報というものがとても貴重なものになるのだろう。


「白鴉」

 兄の声に、ハッと振り返る。すぐに影隼が膝をつき、雪は兄に歩み寄った。


「お呼びですか?」

 兄は困ったように笑って、

「下がっていいよ」

 と影隼を下がらせる。


「困らせちゃいけないよ。彼らも遊びじゃないんだ」

「わかっております。だから、お仕事がないか確認して……」


「白鴉」

 それだけでは不十分だったのか。

「おいで」


 怒られる。仕方がない。兄の執務室に入り、雪は畳の上に座る。


「忍びに聞かなくても、僕が答えてあげられることもあるんだよ」


 わかっている。まだ任務について1年の新人忍びより、兄の方が何倍も知っているだろう。でも、教えてくれないことだって、多いではないか。


「じゃあ、教えてください」

 本当に教えてもらえるのか。教えられないと言われたら、「やっぱり」と言ってやればいい。


「報告が郵送されることを聞きました。でも、手紙だったら盗まれるかもしれないし、危なくないんですか?」


「ちゃんと工夫されてるよ」

 兄はそう言って、文箱から取り出した。

「これ、海外から届いたものだね。見てみる?」

「いいんですか?」


 喜んで受け取り、中を見てみる。何のことはない、普通の手紙。遠く離れた友人に近況報告しているような内容だ。


「暗号、ですか?」

「それ自体に意味はあんまりないね。暗号を隠している場合もあるけど。本当の報告書は、こっち」


 また別の、白い紙に薄い墨が滲んだ、どこか不格好なものだった。


「本当は真っ白な紙だったんだ。文字を隠す特殊な紙だね。とある方法でしか文字が見えない。手紙には『返信用の手紙を同封します、お返事を下さい』みたいなことを書いておいて、こっちに本当の報告が書かれているんだ」

「……なるほど」

 まさかのあっさり教えてもらえた。


「それには何が書いてあるんですか?」

「報告の内容は教えられないかな」


 そう思った途端の、これ。やっぱり兄に聞いてもわかることは少ない。

「これで知りたいことはなくなった?」


 完全にゼロになることなんてない。その時は全部わかった気になっても、一晩経てばもっと知りたいことが出てくる。そして、その全てを知るために、また数日がかかるのだ。


「奥に戻って。いいね?」

「……はい」

 仕方がない。今日のところはここで下がろう。いつもより多く知識が増えたから。


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