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28 影は映らない


 白梅の着物に、白い羽織。そして、狐面。今日は外に出る日。




 忍びの任務に同行する許可が下りたのは、1ヶ月前だった。名家が集まるチャリティーパーティーに参加する雪に、忍びの護衛をつけるというもの。


 パーティーの経験の少ない雪だけでは不安だという姉の訴えで、結婚前からそういう場に慣れている沙耶も同行することになった。だから名目上は、「霧崎家の嫁となった挨拶周りに、霧崎の人間が同行する」という形だ。


 それでもいい。忍びたちが、忍びとしてどう動くのか。それをこの目で見られるなら。




「くれぐれも、勝手な行動はしないように」

「はい、お姉様」


 何度も同じことを繰り返す姉に、雪は自信たっぷりに返事をする。これで「うるさい」なんて態度に出そうものなら、きっと家から出してもらえないから。


「青燕さん、よろしくお願いしますね」

「お任せください」

 家族みんなに送り出されて、2人は黒い車に乗る。明らかに普通車ではない。


 運転は影鬼(えいき)。雪が認識している忍びのひとりだった。他に手が空いている忍びが少なく、ちょうどいい、ということになったらしい。


 そして、助手席には影隼(えいしゅん)。影鬼のチームのひとりで、雪のお気に入りの忍びでもある。


 彼らは忍び装束ではなく、ぴしっとしたスーツ姿。忍びの服を着ていないから、忍びには全く見えない。


「……車が、止まらないのですね」

 沙耶こと青燕が言い出した。

「信号があるはずなのに」

 確かに。気づいていなかった。


「信号が変わるタイミングと、車の速度を計算しています」

「それで赤信号を避けているのですか? そんなことが可能なんですか?」


 つい前のめりになって聞いてしまう。わざと青信号にするやり方はあると聞いたことはあるが、それは何の権限もない一般人にはできないはずだ。だから計算する、という。


「理屈上は、誰にでも可能です」


 すごい、と思った。単純だが、それしか浮かばなかった。人並外れたことを、平然とやってみせる。雪が気づかないだけで、きっとかなり気を張っているのだろう。


 一度も止まることなくスムーズに会場につくと、入り口の前に立っていた女性が車のドアを開けた。

「ありがとうございます」


 車を降りると、ふと彼女の手元に視線がいく。忍びだ、と思った。なぜかと言われても、説明できない。直感的なものだ。


「白鴉さん」

 ハッとして、青燕に歩み寄る。


「参りましょうか」

 これから先、雪が声を発する必要はない。できる限り無言で。


 護衛としてついてきたのは、影隼とドアを開けた女性。やっぱり忍びだった。名前はなんだろう。聞きたいことはたくさんあるのに。


「おや、高野さんのところの……!」

 会場に入ってすぐ、沙耶が声をかけられた。


「……っと、そちらは」


「義妹ですわ」

 沙耶は穏やかな微笑みで答えた。

「結婚いたしましたの」


 さすがは慣れているだけある。落ち着いていて、ほんの少しの動揺もない。


「霧崎家に嫁に?」

「えぇ。今日はそのご挨拶に」

「へ、へぇ……おめでとうございます」


 対して、青燕に話しかけてきた男性は、動揺が隠せていない。よく知る人物が霧崎になったというのは、そこまで驚くことなのだろうか。


 真っ黒な着物。帯揚げと帯締めに青が入れてあるのは、完全な黒を当主のものとして認識しているから。屋敷内の儀式であれば黒は正装だが、外交用の着物の黒は当主とその妻以外使ってはいけないとされている。


 その衣装だけで、「霧崎の嫁」というのは明白だ。こんな派手な会場に、黒い着物で来るなんて、他の家はしないだろうから。


「本日はこのような素晴らしい席にお招きいただき、誠にありがとうございます」


 おそらくパーティーの主催者だろう。青燕が丁寧に挨拶をする。雪はそのそばで立っていればいい。


 義姉と主催者が話をしている間に、そっと周りに意識を向けてみる。


「まさか霧崎が参加するとは……」

「祝賀パーティーでさえ参加するかどうかなのに」

「結婚したと仰っていましたね。次代の奥様でしょうか」


 なんて、こそこそと。知らずに研ぎ澄まされた聴覚は、少し気を向けるだけで、たくさんの声を拾ってくれる。


「本日は義父ならびに夫が所用のため出席叶わず、誠に申し訳ございません」


 さすがだな。雪なら、こんな言葉は出てこない。上品に謙遜する言葉を発しながら、こちらが格上だと思わせるように。当主と次期当主が出てくるほどのものではない、と。


「とんでもございません。次期当主様の奥様にご参加いただけるとは、光栄でございます」

 誰も霧崎に喧嘩を売ろうとしない。やっぱり父は最強だ、なんて思って、お面の下で笑う。


 沙耶の後をついてまわって、複数人と挨拶を交わす。


「霧崎のお嫁さん、見張りをつけられてかわいそうに」

「やっぱり、霧崎って怖いお家なのね」

 なんて噂話も入ってきた。なるほど、雪が見張りに見えているのか。


「沙耶!」

 そこに、慌てたように駆け寄ってくる男性。


「あら、お父様」

「久しいな。父は寂しいぞ。嫁に行ってから、連絡もないのでな」

「申し訳ございません。少々たてこんでおりまして」


 この人が、沙耶の実父か。神社の人だと聞いたが、髪はあるしお酒も持っている。住職というわけではないのだろうか。


「今は青燕と名乗っております。昔の名前で呼ばないでくださいませ」

 それは、静かに、強い声だった。実の父に向けるものだと思えなかった。


「青燕様、そろそろ」

 その時、ずっとそばにいた女性が、低い声で告げる。

「わかりました」


 青燕はそう頷き、

「それでは、お父様、ごきげんよう」

 とその場を去る。父と娘の再会がこれだけでいいのだろうか。沙耶の話を聞いた時、父親にあまりいい思い出はなさそうだったが。


 会場を出て、車に乗り込む。


「青燕さん、よかったのですか? せっかくお父さんに会えたのに」

「かまいません」


 青燕は晴れ晴れとした表情で首を振り、

「こちらでのお仕事は終わったのかしら。お義父様に別のお仕事も命じられているのでしょう?」

 と忍びに聞く。そうだ。雪が、護衛以外の任務を見たいと言ったから、もうひとつ別の仕事を任されているはずだ。


「とどこおりなく」

 返ってきたのは、それだけ。全く気付かなかった。周囲に注意していたのに。


「ふふ。さすが、霧崎の忍びですね」

 あぁ、せっかくなら見たかった。


「もっと忍びらしいところを見たかったのに……」


 ぽつりとこぼれた本音に、

「白鴉さん、忍びの方々を困らせてはいけませんよ」

 となだめられた。仕方がないか。雪が気づけなかったのだから、それほどまでに自然に任務をこなすということがわかっただけでも、十分だ。


「忍びらしいかはわかりませんが」

 影隼がそう口を開いた。


「お屋敷を出てから現在まで、お2人の姿はどの防犯カメラにも映っていません」

「……え?」

 予想外の言葉だった。


「な、なぜですか?」

「ご当主様がお出かけの際は、必ずそうされているので」


 街中に、そして会場にも、いくつもの防犯カメラがあるはずなのに。


「その映像、見てもいいですか?」

 屋敷の地下に、防犯カメラを監視するところがあったはずだ。そこでなら見られるはず。


「かまいません」

 影隼がパソコンを開き、さらりと操作する。すると、車内に小さなテレビが出てきた。

「こちらが会場内のカメラの映像になります」


 なんのことはない、普通の映像。まだ雪と沙耶の姿はない。


 人々の視線が一点に集中する。会場に入った瞬間だろう。ここで映るかと思ったら、画面が暗転した。


「こんな不自然な感じで大丈夫なんですか?」

「会場内はそうですね。ご当主様がそうされているので」

「お父様はなぜそう指示を?」


 わからない。防犯カメラに映ってはいけない、なんて言われたことはない。

「それはご当主様にお聞きください」

 そう答えたのは、運転手の影鬼の方だった。これ以上は、忍びの口からは言えないのだろう。


「街の防犯カメラも、こんな風に消しているのですか?」

「いえ。そちらは不自然にならないように、カメラの画角を変えたり、死角に入ったりしております」


 なぜそこまで。その理由は、どんなに考えてもわからなかった。


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