24 背中を押して
「沙耶さん、大丈夫ですか……?」
冬の終わり、沙耶が熱を出したと聞いた。
「大丈夫です」
沙耶の部屋にお見舞いに行くと、彼女は寝台の上から答えた。
「入ってはいけませんよ。風邪がうつるかもしれませんから」
「でも……」
風邪の時、ひとりは心細くて寂しい。それを知っているからこそ。
「大丈夫。もう下がってきていますし、明日には動けると思いますから」
その笑顔が、つらそうで。苦しかった。
「寒さには弱いですからね、このお家」
詩乃が火鉢で手を温めながらつぶやく。
「沙耶さんはいらっしゃったばっかりですし、慣れていらっしゃらないから……」
「免疫がつく前だったのでしょう。命にかかわるようなものではないようだし、心配しすぎることはないわよ」
姉もそう答える。その中で、雪は表情が暗かった。
「……お兄様は」
ポツリとこぼした言葉に、姉と妹が静かに俯く。
「こんな時にも、沙耶さんにお会いにならないの……?」
新婚夫婦の仲は、冷たく冷え切っているのか。いつも優しい兄の、沙耶に対して向けられる冷たい態度には納得がいかない。
「みんなここにいたんだね」
そこに、噂の種がやってくる。
「お兄様!」
途端、詩乃が駆け寄った。
「なぜここにいらっしゃるのですか!」
「な、なぜって……」
なぜ怒られるのかわからないと、兄がうろたえる。
「沙耶が風邪をひいたんだろう? みんなも気をつけないと。特に、詩乃。昔から身体が弱いんだから」
「いつの話ですか!」
ぴしゃりと告げる妹に、いつもと違うと感じ取ったらしい。
「詩乃、どうしてそんなに怒っているんだ? 喧嘩でもしたのかい?」
「してません! お兄様に苛立っているんです!」
さすがの詩乃は容赦がない。
「お兄様」
そこで、雪がそっと語りかける。
「風邪の時、ひとりって、すごく心細いんです。寂しくて、怖いんです。でも、わたしたちは近づけなくて……」
「当然だよ。風邪が移ったらどうするんだ。悪化したら命にかかわることだって」
「それは、沙耶さんも同じことです」
悪化した結果なんて、人間みんな同じだ。
「わたしがこの家に来たばかりの時、お兄様はわたしを気遣ってくださいました。風邪をひかないようにって、温かくて体力のつくものを食べさせてくれたり、お布団や綿入れをたくさんくださったり。その優しさを、沙耶さんにも向けていただけませんか……?」
兄は優しい。それを妹である自分たちは知っているのに、妻である沙耶が知らないことがおかしい。同じ家族なのに。
「で、でも、沙耶がひとりになりたいって言うなら……」
「情けない」
それは、綾乃の冷たい一言だった。
「霧崎の後継者が、でも、だって、を繰り返すなんて。子どものようですわ」
「綾乃……」
さすがの姉の言葉の鋭さに、雪の方も驚いてしまう。
「この時間に奥にいらっしゃるということは、今日のお仕事は終わったのでしょう。そこでいらっしゃる場所が妹のところなんて。そういうの、外ではシスコンというらしいですわ」
「綾乃、それはよくない言葉だよ」
「いい加減、妹離れなさってください」
兄の言葉なんて、聞く気はないようだ。
「いいですか? わたしたちは、お父様の保護下にはありますが、お兄様の下にいるわけではありません。お兄様が心配するべきは、わたしたちではなく、沙耶さんです」
兄は反論できなかった。ぐっと黙り込み、それでもその場から動かない。
「お兄様!」
そんな兄を、詩乃がクルリと回転させる。そして、背中に手を添えて。それを見て、雪と綾乃も真似をした。
「行ってきてください!」
そうして、3人で兄の背中を押す。
「もう戻ってきちゃダメですからね!」
詩乃が楽しそうに手を振る中、兄は歩き出していた。
「全く、お兄様には困ったものだわ」
兄を送り出した後、姉妹そろってお茶の時間。温かいお茶を手に、お喋りに花を咲かせる。
「お兄様は、昔からわたしたちのことを大事にしてくれますから」
詩乃も呆れた声音で同意する。
「そうね。わたしが忍びの基礎訓練を受けるって決まった時も、じゃあ一緒にって言い出して大人たちを困らせていたわ」
「お兄様と遊びたくて泣いていると、お勉強を放り出して遊んでいただいたこともありましたね」
「わぁ……」
雪が知らない兄と姉、そして妹の話。
もしここが閉じられた世界でなければ、兄はきっと、彼女も作らず妹たちに尽くし、もし恋人ができても妹たちを優先して、怒られて別れるのだろう、なんて予想できる。
それほどまでに大切にしてもらえるのはありがたいが、夫婦の関係を壊したくはないのだ。
「これでは、甥や姪が見られるのはいつになるのか。せめてわたしが嫁ぐ前に見たいところだけど」
「んー……、まだまだこれからみたいですから、難しいかもしれませんね」
「わたしはきっと見られます!」
そんな楽しいお喋りは、止まるところを知らなかった。




