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「沙耶さん、大丈夫ですか……?」

 冬の終わり、沙耶が熱を出したと聞いた。


「大丈夫です」

 沙耶の部屋にお見舞いに行くと、彼女は寝台の上から答えた。


「入ってはいけませんよ。風邪がうつるかもしれませんから」

「でも……」


 風邪の時、ひとりは心細くて寂しい。それを知っているからこそ。


「大丈夫。もう下がってきていますし、明日には動けると思いますから」

 その笑顔が、つらそうで。苦しかった。




「寒さには弱いですからね、このお家」

 詩乃が火鉢で手を温めながらつぶやく。


「沙耶さんはいらっしゃったばっかりですし、慣れていらっしゃらないから……」

「免疫がつく前だったのでしょう。命にかかわるようなものではないようだし、心配しすぎることはないわよ」

 姉もそう答える。その中で、雪は表情が暗かった。


「……お兄様は」

 ポツリとこぼした言葉に、姉と妹が静かに俯く。

「こんな時にも、沙耶さんにお会いにならないの……?」


 新婚夫婦の仲は、冷たく冷え切っているのか。いつも優しい兄の、沙耶に対して向けられる冷たい態度には納得がいかない。


「みんなここにいたんだね」

 そこに、噂の種がやってくる。


「お兄様!」

 途端、詩乃が駆け寄った。


「なぜここにいらっしゃるのですか!」

「な、なぜって……」

 なぜ怒られるのかわからないと、兄がうろたえる。


「沙耶が風邪をひいたんだろう? みんなも気をつけないと。特に、詩乃。昔から身体が弱いんだから」

「いつの話ですか!」

 ぴしゃりと告げる妹に、いつもと違うと感じ取ったらしい。


「詩乃、どうしてそんなに怒っているんだ? 喧嘩でもしたのかい?」

「してません! お兄様に苛立っているんです!」

 さすがの詩乃は容赦がない。


「お兄様」

 そこで、雪がそっと語りかける。


「風邪の時、ひとりって、すごく心細いんです。寂しくて、怖いんです。でも、わたしたちは近づけなくて……」


「当然だよ。風邪が移ったらどうするんだ。悪化したら命にかかわることだって」

「それは、沙耶さんも同じことです」

 悪化した結果なんて、人間みんな同じだ。


「わたしがこの家に来たばかりの時、お兄様はわたしを気遣ってくださいました。風邪をひかないようにって、温かくて体力のつくものを食べさせてくれたり、お布団や綿入れをたくさんくださったり。その優しさを、沙耶さんにも向けていただけませんか……?」


 兄は優しい。それを妹である自分たちは知っているのに、妻である沙耶が知らないことがおかしい。同じ家族なのに。


「で、でも、沙耶がひとりになりたいって言うなら……」

「情けない」

 それは、綾乃の冷たい一言だった。


「霧崎の後継者が、でも、だって、を繰り返すなんて。子どものようですわ」

「綾乃……」

 さすがの姉の言葉の鋭さに、雪の方も驚いてしまう。


「この時間に奥にいらっしゃるということは、今日のお仕事は終わったのでしょう。そこでいらっしゃる場所が妹のところなんて。そういうの、外ではシスコンというらしいですわ」


「綾乃、それはよくない言葉だよ」

「いい加減、妹離れなさってください」

 兄の言葉なんて、聞く気はないようだ。


「いいですか? わたしたちは、お父様の保護下にはありますが、お兄様の下にいるわけではありません。お兄様が心配するべきは、わたしたちではなく、沙耶さんです」


 兄は反論できなかった。ぐっと黙り込み、それでもその場から動かない。


「お兄様!」

 そんな兄を、詩乃がクルリと回転させる。そして、背中に手を添えて。それを見て、雪と綾乃も真似をした。


「行ってきてください!」

 そうして、3人で兄の背中を押す。


「もう戻ってきちゃダメですからね!」

 詩乃が楽しそうに手を振る中、兄は歩き出していた。




「全く、お兄様には困ったものだわ」

 兄を送り出した後、姉妹そろってお茶の時間。温かいお茶を手に、お喋りに花を咲かせる。


「お兄様は、昔からわたしたちのことを大事にしてくれますから」

 詩乃も呆れた声音で同意する。


「そうね。わたしが忍びの基礎訓練を受けるって決まった時も、じゃあ一緒にって言い出して大人たちを困らせていたわ」


「お兄様と遊びたくて泣いていると、お勉強を放り出して遊んでいただいたこともありましたね」

「わぁ……」

 雪が知らない兄と姉、そして妹の話。


 もしここが閉じられた世界でなければ、兄はきっと、彼女も作らず妹たちに尽くし、もし恋人ができても妹たちを優先して、怒られて別れるのだろう、なんて予想できる。


 それほどまでに大切にしてもらえるのはありがたいが、夫婦の関係を壊したくはないのだ。


「これでは、甥や姪が見られるのはいつになるのか。せめてわたしが嫁ぐ前に見たいところだけど」

「んー……、まだまだこれからみたいですから、難しいかもしれませんね」

「わたしはきっと見られます!」

 そんな楽しいお喋りは、止まるところを知らなかった。


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