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18 黒の花嫁


「柄物の黒着物を着なさい」


 姉からそう告げられたのは、数日前のこと。一門内の儀式用ではなく、それよりも格下の外交用の華やかな柄が入った着物。目的は、一門内の儀式なのに。


 姉のささやかな反抗心だろうか。今回の件、姉の方がかなり譲歩していることを知っているため、雪も詩乃も姉に従うことを決めた。




 白い梅の花がちりばめられた着物に身を包み、いつもの狐面をつける。夏も終わりかけとはいえまだ暑いし、門内ということもあって、羽織は必要ないということになった。

 準備を終えた雪が渡り廊下に向かうと、妹が待っていた。


「詩乃、行かないの?」

「お姉様を待っているんです。拗ねて行かないっておっしゃらないかと思って」

 確かに、と思った。でも、姉が私的な感情で儀式をボイコットするとは考えられない。


「大丈夫だよ。お姉様は、必ずいらっしゃるから」

「そうですね」

 そう言いながら、雪もそこで足を止める。自然と、姉を待つ形になった。


「詩乃の着物も、綺麗だね」

 年齢的にまだ外に出られない詩乃も、柄付きの黒い着物は持っている。彼女らしいオレンジ色の金木犀が散らされた着物だ。


「お父様にわがままを言いました」

「わがまま?」

「はい。わたしの着物には、絶対に金木犀を入れてほしいって。だから、ちょうどいい生地がなかなか見つからなかったそうです」

 確かに、金木犀の柄の着物なんて、そう見ないかもしれない。


「見つかったの?」

「特別に作ってもらったみたいです」

 いったいいくらするのだろう。でも、よく似合っていると思う。お金なんて関係ない、という娘を想う父の気持ちが見えてくるようだ。


「似合ってるよ」

「ありがとうございます」

 梅の花と金木犀の花が隣り合う、季節なんて無視した2つの着物。そこに、赤い椿の花が加わったら、どんなに綺麗なのだろう。


「何をしているの」

 ようやく姉が来た。


「お姉様をお待ちしていました」

「心配しなくても、ちゃんと出席するわよ」

 そう言いながら、やっぱり声はどこか不機嫌そう。まだ認めていないのだろうか。


 姉は2人の妹のそばを素通りし、先に扉を潜る。雪と詩乃はふっと笑い合って、姉の後に続いた。




 広間から庭先まで、たくさんの忍びたちが集まった。忍びの黒い装束に身を包んだ彼らは、御簾越しに見ていても壮観だ。


 兄の姿は、御簾の外にあった。彼の姿は、一族のための真っ黒な着物。その姿は、堂々としていて。


 妹たちが柄物で来た時も、彼は驚かなかった。「似合ってる」と言っただけ。

 本当にこれでいいのか。一門の調和を乱しているというのに。父と兄の身内への甘さに、ちょっとだけ微笑む。


 やがて庭に黒い車が入る。降りてきたのは、黒い着物の花嫁。


 和装の結婚式は、白だと思っていた。でも、真っ黒だった。綿帽子に打掛、帯までも。


 これが、影に生きる霧崎家の結婚式か。参列者は全て黒い衣服で、まるで葬式のようにも見える。まだ昼間なのに、星ひとつない真っ暗な夜空を彷彿とさせる光景。


 その闇にさえ、雪は落ち着くという感情を抱いてしまう。


 女性たちに付き添われて、黒い花嫁が式場に入る。兄の隣に座り、一礼した。


「よろしく、お願いいたします」


 芯の通った声だった。姉にも似た、しかし何かが違う、凛と響く声。


 綺麗だ、と思った。花嫁というのはいつの時代も若い娘の憧れの姿と、昔の人は言った。その言葉は、今の雪に当てはまる。真っ黒な結婚式に、魅力を感じた。


「これより蒼刃の影結の儀を執り行う」

 父の号令で、兄も深く一礼した。

「宣誓を」


 兄嫁は、この屋敷に来るのは今日が初めて。だから、リハーサルも何もない。事前に手紙でやり取りはしているのだろうが、それでもほとんどアドリブに近い状態だ。


「この身、光を離れ、影に従います。これより先、霧崎の名のもとに生き、影を乱さず、お家のために尽くすことを、ここに誓います」


 それを感じさせないほど、はっきりとした口調。


「これから影のひとりとして、どうか、末永くお導きくださいませ」


 ぞわっと鳥肌が立った。それほどまでに感動した。


「黒杯を」


 父の言葉で、使用人が黒い膳を持ってくる。そこに載せられているのは、真っ黒な盃。


 兄の前に置かれたそれに、酒が注がれる。その動きを、雪はじっと見ていた。使用人が袂から筆を取り出す。白く濁った酒に、墨を一滴垂らした。黒く濁ったそれを、兄は片手であおった。


 おいしいのだろうか。墨を飲んでも人体に影響はないのだろうか。何も知らないから、ただかっこいいと見つめることしかできない。


 盃が花嫁の方へ移る。同じように、盃に注がれた酒に墨を垂らして。花嫁はそれを両手で持ち、静かに飲み込んだ。


 盃が離れた時、白い歯が、お歯黒のように薄い黒に染まっているのが見えた。


「蒼刃の妻、青燕。せいえんと名付ける」

「新たな名前、ありがたく頂戴いたします」


 当主の妻にも影名が与えられる。色をいれる決まりはないらしいが、父のこだわりなのだろうか。兄にも姉妹にも、色の漢字が入っている。


「蒼刃、青燕の婚姻を認める」

 花婿と花嫁、そしてその場に集う全員が、一礼して当主の言葉を受け止める。こうして結婚式は終わった。




 奥に戻った雪は、渡り廊下を過ぎたところで、

「雪姉様、疲れましたね」

 と詩乃に声をかけられた。


「足はしびれていらっしゃいませんか?」

「もう、それ持ち出すのやめてよ。正座の練習ならしたから」

 そう笑いながら、狐面を外そうと紐に手をかける。


「取らないで」

 それは、硬くこわばった姉の声だった。


「そのままにしておきなさい」

「……はい」

 なんだろう。これからは家族の時間。奥の家族の部屋に集まり、兄嫁を歓迎するのではないのか。


「雪姉様、参りましょう」

 よくわからないまま、詩乃とともに、姉のあとをついていった。




 いつも通りの部屋。食事をする部屋に、一家が集められた。いつもならお面を外す場所。でも、姉がつけている。だから、困っていた。


 この場合、名前はどちらだろう。雪なのか、白鴉なのか。なんてことを考えてみた。


 やがて、綿帽子を外した花嫁が入ってきた。綺麗な日本髪に、黒い角隠しをつけて。

 彼女は音もなく入ってきて、下座に座り、頭を下げた。

「不束者ですが、これからよろしくお願いいたします」


 礼節を学んだと聞いていたが、確かに完璧な所作だった。姉に直接教わった雪でさえも、まだ完璧でないというのに。


「よろしくお願いしますね」

 そう答えたのは、詩乃だった。

「家族が増えて、嬉しいですわ」

 詩乃がいてくれてよかった。このぴりっと張りつめた空気は、どうにも苦手だ。


「わたしも、嬉しいです。仲良くしましょう」

 お面は外せなくても、表情は声に出る。だから、笑顔で言った。


「彼女には雨の間を与える」

 そう言ったのは、兄だった。

「1ヶ月間、穢れを清めるため、部屋を出ることを禁止する」


 そんなことになるのか。でも、忠誠心を確実なものとできていない今、仕方がないのだろう。


「わたしたちも近づきませんわ」

 姉の静かな声が、そう答える。この場合の「わたしたち」には雪と詩乃も入っている。せっかく外から来た人と仲良くなれると思ったのに。


「はい」

 花嫁は、頷いた。それが当然と言わんばかりに。覚悟が決まったような力強い目線に、雪は敵意を感じられなかった。


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