千里からの二つのお願い③
「あ、四条くんのこと聞いてるのにあたしばっかりしゃべってるね。で、いつ、かるたに戻ってきたの?」
「本格的に戻ってきたのは今年の春ぐらいだけど、千里が聞きたいのはそこじゃないよな?」
「うん。絶対にそれ以前から、戻ってきてるよね?」
「復帰っていうか、もう一度、かるたに戻ってきたのはさっきの件から半年、いや、もうちょっと後だったかな? ゆき姉…………あ、花山さんのことね」
「知ってるよ~。この前の近江神宮でも四条くんがゆき姉、花山さんがみーくんって呼び合ってたじゃない」
「知ってたのか。なんか、恥ずかしいな。まあ、いいや。続けるぜ。
その頃、花山結姫ことゆき姉がB級の壁にぶち当たってたうえに中学に上がって、練習環境で苦労してたんだよ。1月のシーズン前だったと思うから、年末ぐらいだったかな? それまでは月1回ぐらい明星会の練習に行く以外は家で一人取りするぐらいしかなかったんだ。さすがに中学生が小学生グループの練習に参加するわけにもいかないし、中学にはかるた部なんてなかったしな」
光輝はそう言いながら視線を落とし、当時の結姫のいたたまれなかった姿を思い返していた。事の詳細は光輝の口から語る必要はないだろうと、細かいところは伏せた。
「その時に気まぐれでゆき姉の相手をして、コテンパンにやられてさー。そりゃブランクあるし、ゆき姉はずっと練習してたから、負けてもともとなんだけど…………
なんか、ゆき姉に負けるの悔しくてさ。最初は週一か週二ぐらいだったのにだんだん、ゆき姉と試合する頻度が増えて行って、俺が小6に上がったぐらいにいつの間にかほぼ毎日、試合するようになってた…………」
「なるほどねー。四条くんの、というより、四条くんが花山さんの練習のパートナーだったってわけかー。そりゃ、強いわけね」
と、千里は呆れたような感心したような納得の表情を見せる。
「パートナーっていうのかなー? 俺が勝手に付き合ってもらってるだけのような気もするしなぁ…………
で、休止状態だったゆき姉の母さんがやってた市民サークルをゆき姉と俺で再開させて、小学生のガキやおっさん、おばちゃんとかの世話をしつつ、合間時間でゆき姉と取り続けて、今に至るって感じでござる」
「そうでござるか」
光輝の空白期間の概要を話し終えた。千里も概要を聞き終えて、聞きたかったことはあらかた聞けたといった様子だ。
「でも、意外とかるたに戻ってきたのは早かったんだね」
「別にかるたがいやで離れたわけじゃなかったからな」
「じゃあ、なんで、これまで大会とかには出てなかったの?」
「うーん…………自分の実力に自信がなかったっていうのがあるかな」
「いや、自分でそうは思ってなくても周りがうるさいでしょ」
「実際、俺が中学に上がる頃にはゆき姉から『大会に出てみれば?』っていうようなことは言われてたんだけど、なんか踏ん切りがつかなくてね。でも、最近になって、大会に出たくなかった理由がわかったんだよなー」
おそらく、千里が最も聞きたかった言葉が光輝の口から語られる。
「俺さ、ガキの頃は母さんの喜ぶ顔がうれしくて、かるたやってたんだ。でも、母さんが小4の終わりに突然、死んで、それをつい最近まで受け入れられなくて…………大会に出てしまうと、母さんがもういないことに嫌でも気づいちゃうのが怖かったんだ、きっと」
少し悲痛な面持ちになるが、語られる口調はすっきりしていた。こうして、赤の他人に打ち明けれるぐらいに光輝の中ではだいぶ、母・月子の死を受け入れたようである。
「四条くんのお母さん、覚えてるな~。ボロ勝ちしてるのに、いっつも心配そうに見てて、勝ったら大はしゃぎで四条くんを迎えに来て…………優しそうなお母さんだったな」
「うん、とても、優しかった」
光輝は往時の母を思い浮かべたのか、穏やかな表情と口調で言う。
それだけに彼にとってはかるたをするうえで大きな存在だったに違いない。




