千里からの二つのお願い②
「ん? 今、なんでもするって言ったよね?」
千里はある種、お約束のフレーズを言い下す。地べたに這いずり、土下座をする光輝に千里が右手をスッと差し出す。その手の行方に光輝には緊張がはしる。
「四条くん、顔上げて」
千里にそう言われて、光輝が恐る恐る顔を上げると、そこにはスマホを持った彼女の手があった。
「ん?」
「お願いが二つあるんだけど、一つ目は連絡先の交換」
「え?」
もっと過激な要求をされるのではと思っていた光輝は拍子抜けなお願いについ固まってしまう。
「…………いやなの?」
その様子に千里は満面の笑みで言うが、今は逆にその笑みが怖い。未だに覗きスポットを発見してしまった弱みは握られたままだ。
「いや、全然! 逆にそんなんでいいの?」
光輝は慌てて、取り繕いつつ、自分もスマホを差し出す。
「うん。とりあえず、RIME交換しよ♪」
「いや、それは全然いいけど……」
と、そんなことはお安い御用とRIMEを交換する二人。試しに光輝がテストメッセージを送り、千里とのトークルームができる。それに千里はご機嫌な様子だ。ホッとした光輝だったが、千里は「お願いが二つある」と言っていた。まだ油断はできない。
「で、もうひとつのお願いってなんだ?」
と、光輝は身構えながら言う。
「あと一つはね~? 空白の7年間や普段のこと、聞かせてほしいな」
「え?」
これまた、過激な要求に身構えていた光輝はその程度のことでいいのか? と驚いて固まってしまう。
「…………いやなの?」
「いや、全然! そんなことでいいのかって思ってさ」
光輝が慌てるように両手を顔の前で振るノーの仕草をして言う。
「そんなことを聞きたいんだよ。個人戦の時にも言ったけど、7年間、何もしてなかったわけじゃないし、何かもあったんでしょ?」
「まぁ、たしかにいろいろあったけど……」
「あんまり、言いたくない?」
「いや、別に。まあ、自分でも黒歴史だと思ってるけど、今はちゃんと向き合えたっていうか、吹っ切れたかな」
まず、光輝は「どこから話したものか……」と頭をひねってから、千里と初めて試合をした小4の3月にあった小・中学生大会の後、すぐに母が急死したこと。5年生に上がって、すぐの頃に行われた地区の小学生を集めた合同練習会で女子たちと揉めたのがきっかけで一時期、かるた自体から離れていたことを話した。
しかし、それを聞いた千里は顔は笑ったまま、こめかみをぴくぴくさせていた。
「ねぇ、四条くん。その女子たち、ヤキ入れてきてもいいかな?」
「物騒なこと言うんじゃありません」
千里が女子に似つかない握りこぶしを作りながら言うもんだから、光輝は平静を保って真顔で返す。
「ていうか、もう、そんなに気にしてねーし、今は俺も大人げなかったなーって思ってるから」
「マジでどこにでもいるのねー。気に入らないからって嫌がらせして、排除する女子の集団。あたしのところにもいたからね、そういう子。あたしの場合は弱すぎるからってハブられてたんだけど……」
「そういや、俺と小・中学生大会で当たった時はまだ弱かったって言ってたっけ」
「ま、それから、実力でハブってやったけどね! あたしに勝てなくなって、遊び相手じゃなくなったら、勝手にフェードアウトしちゃって、マジでくっだらない!」
あっけらかんな感じを出しつつも、当時の同世代の連中には思うところがあったのか吐き捨てるように言った。千里もここまでの強さと実績を得るのにいろいろ苦労があったのだろうと推察できる。
「四条くんは同世代の相手がいなくて、寂しかったみたいだけど、あたしは年の離れた大人しかいなかった『ことおいかるた会』の方が気が楽だったなー。かるたの試合してしまえば、年齢も性別も関係ないもん。変な付き合いもなかったしね」
そういう考え方もあるのかと、光輝は感心した。
光輝の場合は大人もよそよそしくなったので、当時、小中学生だった千里にも対等に向き合ってくれた大人がいたことは大きかったのだろうと思うと同時に、そういう存在がいたことを羨ましく思った。




