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高校選手権の後はしばらく大変だった……②

 かるた界以外は数日程度で騒ぎは収まったが、かるた関係はなかなか落ち着かなかった。これは光輝(みつき)本人というより、その周囲が騒がしかった。


「お電話ありがとうございます。かささぎ橋かるた会の代表の花山結姫(はなやまゆき)です。練習の見学の申し込みですね。この日は他にも見学者が多数、訪れる見込みとなっておりまして、少し窮屈かもしれませんが、それでもよろしければ……」


 というものや、


「入会の申し込みですか? 市民の方でしょうか? 当会は市民サークルなので、入会は市民の方が優先になっております。現在、入会希望者が増えておりまして、市民以外の入会希望はお断りしております。大変、申し訳ございません。もし、よろしければ、お近くのかるた会やサークルをご紹介できるように取り次ぎますので……」


 と、こんな感じでかささぎ橋かるた会に練習見学や入会の申し込みが多数、来るようになった。普段なら、隔月に1度、そういう連絡が来るぐらいなのだが、この数日だけで20人ぐらいから連絡を受けた。

 結姫がそれを一身に受けているため、大変そうな様子に光輝は罪悪感を覚える。


「ごめん、ゆき(ねえ)。なんか、ここまで影響出るとは思わなくて……」


「ううん、みーくんが謝ることじゃないわよ。入会をお断りするのは心苦しいけど……まぁ、うれしい悲鳴ってやつね」


 結姫はいつもよりも多い電話対応をこなしながら、表情は充足感に満ちていた。


「それに私、こうなる予感してたから、加勢さんにも手伝ってもらったの」


 加勢さんは大阪明星会に所属するベテランのA級選手であるが、某大手の家電メーカーのSEをしていることもあり、メーリングリストや連絡窓口などのツールを開発したりし、某漫画の影響で入会希望者が増えた昨今はこのようにガチの初心者から経験者まで入会希望者にかるた会やサークルなどを斡旋したりしている。

 実はこの10年ほどで競技人口が爆発的に増加したかるた界において、裏方としても大きく貢献している人物なのである。今回の対応も加勢さんに大いに協力してもらったようである。


「まぁ、俺も少しは覚悟してたけど、ここまでの騒ぎになるとはね……」


「みーくんはもう少し、自分のしたことを自覚した方がいいと思うわ。今をときめく目黒さやかクイーンに勝った男って言われてるんだから」


「わかってるよ」


 しかも、運がいいのか、悪いのか、配信で多くの人に見られてしまったのだ。

 たしかに見積もりは甘かったが、光輝は自他ともに意識されたり、意識したりするような事態になるのだという心の準備はしていた。

 

 まず、高校選手権の翌朝に父・悟からの連絡の時のこと。


「おう、起きてたか。まったく、A級デビュー戦で優勝とはたいしたもんだな~。しかも目黒さやかに勝っての優勝なんだから、相当、価値が高いぞ」


「おっ、そうだな」


 光輝は前日の疲労と寝起きでぶっきらぼう気味に言うが、「親父のくせに妙に褒めるな、珍しい」という感想をはっきりと抱いていた。


「だが、ここからが大変だぞ。まず、お前は『目黒さやかに勝った男』っていう枕詞がつくし、そういう風に見られる。お前自身がどう思おうが、今後、不甲斐ない取りをすれば、『なんだ、実際はたいしたことないじゃねーか』とか自分の物差しとは別の視点で物を言われるようになる。相手だけじゃなく、そういう空気とも戦わなきゃならねーんだ。俺が名人になった時もそんな感じだった」


「親父はそれをどうやって克服したんだよ?」


「自分ではコントロールできないことだから、気にするなって言いたいところだが、まず無理だろう。せいぜい、押しつぶされないように受け流すか、向き合いながら、やるしかねーよ」


 解決になっていないが、悟の言葉には実感がこもっていたこともあり、光輝はその時はしぶしぶ悟の言うことを聞き流すように黙ってうなずくだけだった。


 A級優勝者というだけでも十分な箔であるが、なにせ2年近く無敗を誇った難攻不落の目黒クイーン相手に勝って優勝している。当然、かけられる期待は相当なものだ。ただ、どんなに期待の言葉をかけられたり、他の人に目黒クイーンとの決勝の振り返りをしても、光輝は決まってこのように言った。


「たぶん、もう二度とあんな取りはできません」


 あんな誰かに導かれるように手が伸びて、神がかりなかるたは理想的ではあるが、とてもじゃないが再現はできないと自分でもわかっていた。後日、アーカイブで試合を見返すと、余計に自分じゃないような感覚を抱いた。

 今は亡き光輝の母・月子がなんらかの力を貸してくれたように見えたという結姫の荒唐無稽な証言を信じるしかないほどだった。結姫の想像通りだとすれば、月子は光輝にさよならを言いに来たのだという。そういう意味でも二度とあんな取りはできないだろうと光輝は思っていた。

 なので、これまでの自分の別の強さを追い求めないといけない。そして、元名人で父・悟の言う通り、自分でコントロールできない周囲の声はどうにもならないと割り切るしかない。その一方で目黒クイーンに勝ったのを意識しない、というのも無理な話だ。

 A級優勝をしても、まだまだぶつかる壁は多い…………というのが高校選手権を終えてからの光輝のここ数日の日々である。


「というわけで、みーくんは目黒さんを目標にしてた人たちにとって次のターゲットになったわけよ」


「考えたくないから考えないようにしたいけど、無理なんだろうなぁ……親父からも気にするなって言われても無理だろうってさ」


「おじさまらしいなー。でも、どうなるかは実際に経験してみないとわからないんじゃない? 私からは開き直るしかないわね、としか言えないわ」


「開き直るねぇ…………」


 さすがの結姫もこういったメンタル面は未知の領域だ。高校選手権前のスランプとは違い、またも暗中模索の日々を過ごしつつ、総文祭まで一週間を切り、強化練習が始まった。

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