高校選手権個人戦A級決勝決着! 驚愕の結果に沸く近江神宮
すごいものを見た、すごいことをやってのけた。この場にいない、配信を見ている人たちも同様だった。浦安の間は拍手がいつまで経っても鳴りやまない。
この間も札の片づけなど、試合終了後の片づけを淡々と行う。勝利した光輝が50枚あることを確認し、残りの空札50枚が入った外箱に入れて、競技委員長の新条永世名人に直接渡す。
「お願いします」
それを受け取った新条永世名人が光輝に語りかける。
「おめでとう。いい取りだったよ」
「はい、ありがとうございます」
「いずれ、また会うこともあるだろう」
「え?」
「ははは、そう深く考えるな。俺のちょっとした気まぐれみたいなものだ」
「は、はぁ……」
要領を得ない様子の光輝を置いて、その場を離れる新条永世名人。
(フッ、久しぶりに俺が本気で熱くなれる相手を見つけたような気がするな……どこかの大会で当たるのが楽しみだぜ)
そう不敵に笑いつつ、閉会式の準備に入っていった。
そして、光輝が息を吐きながら、すうっと立ち上がり、ギャラリーのいる方向を向いた。
そこには知らない人たちも自分のことを祝福しているのがわかったが、中には春日山高校の仙崎や後藤先生、桜花女子の部員や顧問の先生などの姿も見られた。
そして、試合中から応援してくれていた千里と結姫の二人の女の子の姿も目に映った。
(やっぱり、四条くんはすごかった! 7年も待ち望んだあたしのスターでヒーローだった! あたしもおめでとうとごめんを言わなきゃ…………)
そう思って、光輝の方へと向かおうとした矢先、隣にいた結姫がダッと走り去った。
「え?」
それを見て、千里は歩みを止めた。
そして、駆け足で光輝のもとへとやってくる結姫を見て、光輝はなにかホッとした。
「みーくんっ!!」
「あっ、ゆき姉。なんか、優勝しちゃったよ、俺…………って、うわっ!?」
ガバッと結姫は光輝の胸に飛び込み、背中に両手を回して抱き締める。
「え、え、ゆき姉?」
「よかったっ……! ほんとによかった…………っ!!」
結姫は光輝の胸の中に顔を埋めて、文字通り胸の中で泣きながら、絞り出すように言った。光輝は結姫にあらためて感謝の一言でも言いたかったのだが、
「…………うん」
それよりも『心配かけたんだな』って思いが勝って、肯定の一言が先に漏れた。目の前で泣きながら抱き着く結姫の体温を感じつつ、やさしく温かな眼差しで見つめる。
『みーくん、ゆきちゃん』
すると、光輝をやさしく、あたたかく包み込んでいた何かが、二人の心の中へ問いかけた。
「え?」
「?」
涙目の結姫が顔を上げる。涙でにじんでいた目が見せた幻か、蜃気楼か、そのあたたかなオーラは光輝の母・月子の姿をしていた。
だが、光輝は試合中もそうだったのだが、その正体が何かがわかっていない。
ただ、あたたかな何かとしか認識しておらず、月子としての姿で見えているのはこの場では結姫のみである。そのため、急に顔をあげた結姫の様子にきょとんとしていた。
『みーくん、かるたって楽しい?』
月子が光輝に問いかける。光輝には聞こえていないはずだったが、
「あー、最っ高に楽しかった…………!」
光輝が何の気なしに声に出した独り言はまるで月子の問いかけに答えているように結姫には映った。
『ゆきちゃん、今までほんとにありがとね。これからもみーくんのこと、よろしくね。いつまでも、みーくんの味方でいてくれるとうれしいな』
「…………はいっ!」
月子からの言葉を聞いた結姫は潤んでいた瞳の目頭を再び熱くしながらも、月子に見えていた何かに向かって返事をした。
それを目の前で見ていた光輝はまたもきょとんとした様子になるが、そこも含めて二人の姿を見た月子は満足そうに微笑んで、光のようなものを降り注ぎながら、天に昇るように消えていった。
それと同時に、試合中盤から光輝を守るように包んでいたあたたかい何かが抜けていった。今、感じるのは自分に抱き着いてる結姫の体温、匂い、涙で自分のシャツを濡らしていること。そして、
「ゆ、ゆき姉…………」
「なぁに? みーくん」
「右手が、痛いです」
「え?」
結姫が目を点にして、我に返り、背中あたりまで回していた手をゆっくりと離した。
「いててー…………やべー、痛みがぶり返してきやがったー…………!」
「み、みーくん、大丈夫?」
右手の肩か脇辺りを左手でさすりながら、うずくまる光輝に結姫は慌てふためく。そこそこ強い痛みはあるものの「大丈夫」というサインを出す光輝と心配そうな結姫のやりとり。
「……仕方ないか、今日は」
それまでの仲睦まじい二人の様子を複雑な心境で見ていたひとりの少女・一色千里は肩をすくめながら、そう漏らす。
(でも、次は負けないんだから!)
この「負けない」という言葉にはいろいろな意味が含まれ、それまで千里にとって定まっていなかったかるたをやる意義のようなものが見えてきていた。
光輝だけでなく、千里にとってもこの日が競技人生において、節目となる大きな1日になったのだった。
祝福モードに沸く中で一人蚊帳の外なのが敗者となった目黒さやかクイーン。
この大会で敗れたからといって、クイーン位が剥奪されるわけではない。連勝記録にもそこまでこだわっていたわけではないし、この試合に敗れたこと自体は目黒クイーンはそれほど気にはしていなかった。
しかし、周囲の光輝への祝福の空気、結姫が光輝に熱く抱擁をしている姿を見て、目黒クイーンは何かモヤっとした感情を抱いていた。
「さやかさん」
そんな中、一人、目黒クイーンに駆け寄る男、石崎良太。
「ねぇ、石崎。わたし、負けて悔しいということはありませんの。ただ、なにか、このあたりがチクチクと痛いのです。ケガや病気などでもないのに…………」
目黒クイーンはいつものように表情を変えることなくそう言った。ただ、やや伏し目がちに胸に手を当てていた。
「さやかさん、それは……」
「石崎、あなたなら、このチクチクの原因、わかりますの?」
「いえ…………それは、俺にはわかりません」
「…………そう」
石崎が答えると、目黒クイーンは興味なさげに返事をする。彼女の心の奥底ではこの痛みの正体が漠然とではあるが、理解できていた。
『わたしがクイーンになった時、みなさま、こんなに喜んでくれませんでしたの。この差はなんですの?』
そんな言葉が脳裏に感覚として浮かんでいたのだが、今の目黒クイーンはそれを言葉に表すことができなかった。
なによりもそれを伝えたり、教えてくれるような人物も周りにいなかった。目黒クイーンが試合に負けたことよりも、この孤独感を今の自分に覆せない、伝えられないことにもどかしさを感じ、それが彼女に敗北感を与えていた。
おそらく、目黒さやかがクイーンでい続けることができても、この敗北感、心の痛みの正体を理解できなければ、真のクイーンにはなれないのだとも感じ取った。
目黒クイーンにとってもこの一敗が大きな分岐点となったが、それがわかるのはもっと先の話である。




