高校選手権個人戦A級決勝 光輝VS.目黒クイーン⑤ 狂い始めた精密機械
40枚目ぐらいから、光輝にとっての守護霊とでも言うべきか。母・月子が舞い降りてきて、光輝をやさしく包み込み、負傷した右腕をさするように包み込み、導くように負担なく動かしていく。いつもの光輝の取りの冴えが戻ってきた。
いや、それ以上の冴えを見せている。
『みーくん、かるたって楽しい?』
月子の思念がそのように語りかけたように見えた。
(今日は改めて思うよ。誰かと取るかるたって、楽しいんだな)
実際に会話をしていたわけではないが、光輝はこのタイミングで小さく微笑みながら、ふとそのように思った。
(でも、俺が楽しいだけじゃだめだ。あんたはどうだい? 目黒さやかクイーン……!)
光輝は握りこぶしを作って畳をドンっと叩いて気合を入れ直す。時折、同門の結姫や舞などもそのような仕草を見せる。それを見様見真似で自然と行い、目の前の目黒クイーンに鋭くも勝気な目で見据える。後ろに見えるであろう母・月子も一緒に。
「…………!!」
その視線とオーラを感じ取った目黒クイーンは一瞬、たじろぐ。
(この重たい空気は、なんですの……?)
感情の起伏が薄く、普段からも無頓着かつ無関心な目黒クイーンにはその感情が何かわからなかった。目黒クイーンは56枚目「あわれ」を攻め取るも、58枚目の「わた」決まりとなった「わたのはらこ」を攻め取られ、60枚目「もも」もキープされる。
(相手の人がいつも離れていきますのに…………いえ、離れているのは札の方? なぜ、ですの…………?)
相手が遠くへ行くのではなく、相手陣の札が離れていく、そんな初めての感覚に戸惑う目黒クイーン。実際はそんなことはないのだが、相手陣が遠く感じている。
(何がきっかけかはわからないが、四条のスピードが戻ってきた。それだけじゃない……)
新条永世名人は光輝の現在の札の配列を見る。基本的に自陣の札が減った場合、外側へ詰めるように置いていくのだが、この試合では光輝はその間隔を詰めず、穴あき状態のように自陣の札を並べて試合を進めていた。
試合序盤は押されて自陣の持ち札が多かったため、あまり機能しなかったが、中盤以降、ペースを取り戻して持ち札を減らしてから、その威力が発揮されつつある。
札の間隔があるということは札押しという取り方ができず、札直で取りにいかなければならない。さらに上段、中段の札を内側よりに、下段の札を外側に置くという目黒クイーン攻略のささやかな対抗策となる布石も打っていた。
(目黒クイーンは全方位で正確無比に見えるが、序盤から中盤にかけては相手陣の奥や外側にわずかにトップスピードで届かないタイミングがある。意外と内側から札押しで払い飛ばす取りの粗さが彼女の弱点の一つだ。狙ったのか、それともたまたま閃いたのか……
ただ、この札の配列は目黒クイーンの弱点を上手く突ける理に適ったやり方だ。こうなれば、目黒クイーンも多少は相手陣への意識が強くなる。そうなると……)
61枚目「みよ」を光輝が自陣の右上段のやや内側で払い飛ばすと、1枚置いて、63枚目「みち」を目黒クイーンの陣の右側へ強襲。さらに67枚目、目黒クイーンの左中段の「こぬ」も抜群の速さで光輝が攻め取る。
(やはり、相手陣への意識が強くなって、わずかに自陣へのフォローが崩れている。目黒クイーンの右下段と左中段は並のA級選手ならまず取れない。ここをいかに攻め取れるかが肝なのだが……)
目黒クイーンの攻めの意識が強くなったことで自陣への反応がやや鈍る。決して、手が止まっていたり、伸びていないわけではないが、わずかな差で光輝の感じの速さ、伸び、なによりリーチが勝る。
(自分の強みを生かして、あっさりと取りやがった。たいしたやつだな。攻め手で勝負できる以上、これで勝負はわからなくなった。間違いなく、ヤツは本物だ)
序盤とは一転、目黒クイーンの精密機械のようなかるたが狂い始め、光輝にだいぶ連取が増えてきた。
66枚目、「おおけ」を目黒クイーンが意地で攻め取った段階で光輝7-4目黒。中盤以降は光輝ペースとはいえ、純粋なスピードは目黒クイーンが上回っていることもあり、差を縮めることはできても追いつくまでには至らない。
3枚差のリードを保ったまま、試合は終盤へと入っていく。試合前は束負けの予想がほとんどで、束負けしなければいい方という周りの下馬評だったが、もはやお手つきなどで持ち札が増えない限りはその志の低いハードルもクリアしている。
68枚目「よを」は光輝が攻め取る。この取りは大きい。つかず、離れずを繰り返す中でお互いに自陣の持ち札が10枚を切って迎えた終盤の局面では1枚の重みが違う。ここで4枚差になるか、2枚差になるか、そういう意味でも大きい1枚だった。




