高校選手権個人戦A級決勝 光輝VS.目黒クイーン③ 悲壮感の中で生じ始めた変化
「さっきの試合であたしが勝っていれば…………」
思わず千里が口を開いた。
「一色さん……」
「あたしが勝っていれば、あんなケガもなかったし、こんな試合もさせなかったのに……! あたし、試合に負けたことよりも四条くんにこんな試合をさせてることが悔しいです……!」
試合中のため、大声は出せない。しかし、今にも泣きそうな声音ながら強い口調で発した千里。もしかすると、競技人生で初めて「悔しい」という言葉を口にしたかもしれない。
「一色さん、ありがとう。こんなにみーくんに期待してくれて。私もこんなものじゃないと思ってるから。悔しいけど……」
無念さに打ちひしがれる千里を宥める結姫。ただ、そんな中でも千里は結姫が発した「みーくん」という言葉にまたもひっかかりを覚えた。ただの同会の関係じゃなさそうという空気を感じ取った。
「見て、みーくんを」
結姫が俯く千里に光輝を見るように促すと、そこには痛みに顔を歪めながら、大差になってもあきらめない目をして、試合に臨む光輝の姿があった。
(あきらめてたまるか……! こんな状態の俺でもクイーンから取れる札はあるんだ……!! それに相手が、決勝を戦う相手がいるんだ! せめて、倒れるまではボロボロになっても、どれだけ差が開いても最後まで試合をしないと……!)
当の光輝はこのように心の中で叫んでいた。目黒クイーンという胸を借りるレベルの相手だったこと、ケガによる痛みに気が向く状態だったため、目黒クイーンを相手にしてもプレッシャーを感じる暇がなかったことは不幸中の幸いだったといえる。
ただ、じわじわと差を広げられているのも事実で、
(いつも、こうですの。10枚ぐらい差がつくと、皆さま、わたしから離れていくように思いますの……)
目黒クイーンはこのように思っていた。彼女には同世代では相手がいない、という話を光輝は聞いた。おそらく、彼女はかつての7年前に敵なしの天才小学生といわれた自分と同じだろう。
現に目黒クイーンの心境は光輝の予想通りだ。
(たとえ、どんな結果になっても、今持てる全力をクイーンに最後までぶつける……! このままじゃ、終われない!)
だからこそ、この舞台に立っている以上、誰が相手であろうと、自分がどんな状態であろうと、絶対にあきらめてはいけない。それだけは彼女相手にはしてはならない。本能的にそう感じた。
(みーくん……!!)
結姫の目に映るのは痛みに顔を歪め、どれだけ差を広げられても悲壮感を漂わせながら、目黒クイーン相手に試合を続ける光輝の姿。今はただ、彼とおそろいのお守りを強く握りしめて、目を閉じて祈ることしかできない。
ただ、その祈りが奇跡を起こそうとしていた。
苦痛に喘ぎながら試合を続け、悲壮感さえ漂わせる光輝の内面にはある変化が起きはじめていたのだ。
7年間のブランクにおいて、焦点がぼやけていた何かが次第に合わさっていく感覚。それは、いつも自分を応援してくれていた母を亡くした喪失感、強すぎて同世代から疎外されたことでモチベーションを失い、7年間、かるたの表舞台から退いていた後ろめたさを感じる臆病な自分、かるたから背を向け、多感な年ごろにおいての答えの出ない自分探し。
この決勝という舞台において、悲壮感を漂わせる状況の中、そうしたものがはがれ落ちて、浄化されていき、最後に残されたものが三つあった。
一つ目は幼いころから身に着けて、習得したかるたの技術、二つ目は内に秘めた闘争心、三つ目は自分が勝つことで自分以上に喜んでいた母親の顔を見るのが何よりも好きだったことで身についた勝利への執念、皮肉にもこれらの複合的な要素が噛み合って、光輝は自身のピークを取り戻していた。
ただ、右腕のケガで払いなどの技術に支障が出ており、心身ともに万全ではなく、大量ビハインドで厳しい状況なのは依然として変わらない。
(それでも…………!)
光輝は相手である目黒クイーンに向き合う。
(俺といつも相手をしてくれる人がいる…………俺の相手をいつまでも待っていてくれた人がいた…………)
結姫と千里の二人の顔を思い浮かべ、もう、かるたからは背を向けないと、カッターシャツの胸ポケットに忍ばせてあるお守りを右手でギュッと握りしめて誓う。
(俺は…………もう、逃げない!!)
その瞬間だった。光輝のマインドが一瞬、クリアになった。
ここから、光輝の逆襲、真の覚醒、始まります




