クイーンとの決戦前 ゆき姉がいてくれたから
札を返しに行った後、選手控室の広間に移動して、経口ゼリーで糖分を補給しつつスマホを眺める光輝。そのスマホを触る右手に少しの違和感を感じながら。
「みーくん」
「おー、ゆき姉。なんとか、勝て…………」
違和感を抱きつつ、わずかに滴る汗を拭いながら、光輝が結姫の声に振り向くと、どうにも冴えない表情をしていて、言葉に詰まった。
「ど……どうした?」
「え? いや、そっちこそどうしたの? あれだけの試合した後だもんね。疲れてるんじゃない?」
明らかに取り繕ったような感じでしゃべる結姫に光輝はどこか解せないと感じた。
「いや、こう見えて、あんまり疲れてないんだよ。しっかし、A級デビュー戦でいきなり決勝か。実感ねーな」
「そ、そうだね」
いつもなら、自分のことのように喜ぶのにどこか素直に喜べないという風に光輝の目には映っていた。そんな微妙な空気の中で先に口を開いたのは、結姫の方だった。
「ねえ、みーくん。さっきの一色さんとの試合、楽しかった?」
「そうだなぁ……血がうずくっていうのかな? 試合中も妙に楽しい感覚だったなぁ。あんな風に取れたのは久しぶりだったかも?」
「その…………毎日、私と取ってる時より楽しい?」
結姫はあえて試すように聞いた。自分でも卑怯だとわかってるし、毎日、同じ相手と取ってれば飽きるし、新鮮味もないというのに……
「確かにゆき姉とはほぼ毎日、取ってるから、飽きがないといえば嘘になるけど……」
光輝の言葉に結姫の表情がさらに曇る。
「でも、そんなのわかんないよ」
「え?」
結姫は予想外の光輝の返答に驚く。
「だって、ゆき姉と取っててつまんないと思ったことなんて一度もないし、これでもけっこう日々の楽しみにしてるんだぜ。ゆき姉と試合取るの」
「みーくん……!」
ずっと、曇った表情をしていた結姫にいつもの屈託のない明るさが戻る。
「たしかにさっきの千里との試合は楽しかったけど…………それは日々、ゆき姉に負けないように、少しでも離されないようにと取ってきた日々の延長っていうかさ。あの日々があったからこそ、そういう試合ができたんだと素直に思えるし……だから、今日、千里とあんないい試合取れたのも、ゆき姉が毎日、俺なんかと取ってくれるおかげだよ」
「なんかって……私の方こそ、いつも取ってもらってるのに」
「いや、その…………この前の明星会の練習でゆき姉と舞さんが取ってるの見た時、俺ってゆき姉の足引っ張ってないかなって思ってさ。俺なんかと取るより、もうちょっと別の場所でもっと強い人たちと練習した方がって…………だから、そんなゆき姉に応えたいと思って、ここんとこ、なんか、焦って無理な取り方して、空回っちゃってさ」
「それは私も思ってたけど……」
「全部が解決したわけじゃないけど、なんとなく、一試合ごとにいい感覚になってきてるよ」
「そっか。やっぱり、みーくんって序盤はエンジンがかからないタイプなのかな」
「そうかもなー」
「私、最近ね。みーくんが大会に出て、一試合ごとに強くなっていく姿を見てたら、なんかみーくんが全然知らない男の子のように思えちゃって……」
結姫が寂しそうな声音で話す。
「さっきの試合見てたら、もう、私は必要ないのかな、私の手を離れたんだなって感じちゃって…………なんか、素直に喜べなくて」
「ゆき姉…………」
「ごめんね。ダメなお姉ちゃんだ、私。せっかく一色さんに勝てたのにね。これって、すごいことなのにね! やったね!」
結姫は無理な笑顔を作って、いつものように派手なアクションで喜ぶようにするが、
「ゆき姉!」
「!」
「いつも、心配かけてごめん。俺が競技から離れてる間もずっと気にかけてくれて、ありがとう。こんな舞台に上がれたのもゆき姉のおかげなんだ」
「…………」
「でも、これからも俺との相手はしてほしい。まだまだ、ゆき姉に教えてもらいたいこともあるし、俺はゆき姉がクイーンになってほしいと本気で思ってるからさ。それにふさわしい男になるからさ、俺」
「みーくん、そんな、私の方こそ…………私でよろしければ、これからもよろしくお願いします」
結姫がそう言うと、しばし沈黙の時間が流れる。
今、振り返ると、二人はものすごく恥ずかしいセリフを言ってることに気が付き、二人して顔が真っ赤になる。こういう時の沈黙に耐えれないのは意外と結姫の方である。
「あーあ、みーくんはまだまだお姉ちゃん離れができないってことかー。仕方ないなー」
先ほどまでのどんよりした空気はどこへやら、結姫はいつもの調子を取り戻し、その様子を見て光輝もほっとする。
その瞬間、光輝の右腕あたりに電流のようなものが走った。




