ついに対決! 光輝VS.千里⑤ 勝つために取らなければならない札
試合は終盤に入っても一進一退で進む。ただ、千里がリードを得る展開が多い。87枚目「ながら」を光輝がゆっくりと守ると、続く88枚目「きみ」決まりの「きみがためは」を光輝が相手陣右下段の内側を深く潜り込みながら鋭く抜く。
千里は一つ前の「ながら」をゆっくりと取られたことに少し焦らされたか、「きみがためは」には少し手を伸ばしただけで反応できなかった。ここで光輝は送り札に長考。そろそろ、運命戦も視野に入れた展開に入るからだ。自陣で出づらく、なおかつ相手陣にあれば取りやすい札……
「!!」
送られてきた札を見て、千里は意識を強くした。
光輝は「い」決まりの「いに」の札を送り札に選択した。ただ、千里にとってはこの札は格別に思い入れのある札だ。
(ここで『いに』がまだ残ってたのね……)
千里は送り札を受け取り、スッと右下段に置いた。
かくして、試合は千里3-3光輝。一進一退、一歩も譲らない展開で進んできた。必然の結果ともいえる。
そんな試合展開の中で先に抜け出したのは千里。91枚目、自陣左下段にある「め」を少しぐっと手を前に出してから、鋭く戻って払い取った。さらに92枚目、光輝陣の左下段にあった「み」決まりの「みかの」を抜群の速さで抜き去る。
(速い……!!)
光輝はそう思うしかなかった。それぐらい、この2枚は抜群の取りをされた。もとより、感じの良さでは相手の方が上だ。千里は送り札を考える。こちらも運命戦を見据えて、最後に自陣に残す1枚はなにか。そして、相手陣で攻め取るとすれば……
(セオリーなら、左に置いてる『やえ』だけど…………)
千里はそう思いながらも迷いなく送り札を選択した。
「『やえ』、移動します」
そう言って、左下段に置かれていた「やえ」を自陣の右側に移した後にもともとあった「いに」を送り札に選択した。
「いに」の送り札を受け取った光輝は淡々と左下段に置く。光輝にとってはここが定位置だからだ。
現在の場の状況を整理すると、千里が右下段の「やえ」のみで1枚、光輝が右下段に「あわじ」、中段を空けて、右上段に「つき」、そして左下段に「いに」の計3枚。「あわじ」以外はすべて1字決まりとなっている。
(この展開なら、『あわじ』は絶対に最後に読まれるはずだ。それまでは無視。他の自陣の1字札をケア。ただ…………)
光輝は今一度、「いに」が送られた意味を考える。ただ、攻め取りやすいからか?
(おそらく、千里は『いに』を攻め取れる自信があると思っているはずだ。だとすれば、ここよりも自陣の『つき』、敵陣右に残った『やえ』のこの対角線の方が取れるイメージがある!)
光輝自身は父・悟、結姫のような勝負勘はないが、それでも6年ものあいだ結姫との相手をしてきただけはある。ここぞの勝負のポイントを読み取る能力は漠然とながらはある。
(これでいけるか~?)
ただ、大会における実戦経験に乏しい光輝は自分の判断に少し迷いが生じていたが、すぐに腹を括った。
(ええい! やっちまえっ! 『いに』が出たら、仕方ねー。よしっ、こいつで勝負をかけるっ!)
光輝は当初の狙い通り、相手陣右下段「やえ」、自陣上段「つき」への対角線を比重多めにする方向でこの最終盤に挑む。
(あれ? 俺って、こんなキャラだっけ?)
光輝は体験したことのない高揚感に戸惑いを覚えるが、悪くない気分だった。
(あたしにとって、『いにしへ』の札を四条くんから抜くのはあの時の自分を越えること、そして、あたしの成長を見せるため…………)
千里は光輝と初めて対決して、唯一、光輝から取れた「いに」の札を思い出す。思えば、当時、小学生世代で無類の強さを誇った光輝の陣で取った「いに」の札、あれが千里にとっての本当のかるた選手としてのスタートだった。今も千里にとって、あの1枚を越える会心の取りはない。
(あたしのかるたはあの1枚から始まった。でも、この7年、四条くんがいない中で取り続けても、あれ以上の取りはできなかった。きっと、A級で優勝しても、クイーンになれてもダメなの。あなたが相手でなくちゃ…………)
空虚の中で取り続けた7年間で一色千里はクイーン候補と呼ばれるほどの強さを身に着けた。しかし、どれほど輝かしい結果を残しても満たされず、いつも「なにか違う」とばかりに違和感を持ち続けていた。
だが、自分が何を求めてかるたをやっていたのか、その答えが今、目の前にあった。
(今日、四条くんに会えたこと、ここで当たったこと、すべてが運命! こんな楽しい時間、終わってほしくないし、ここまで来たら運命戦までいきたいけど……)
千里は先ほど送った敵陣左下段の外側に置かれる「いに」の札に目をやる。
(『いに』を狙う……! あの日以上の取りでこの札を抜いて、あたしは四条くんに勝つの!!)
いつも千里が無関心かつ飄々とした感じで取ってる様子しか知らない結姫は勝負師の目をした姿に思わず息を呑んだ。




