決勝トーナメント準々決勝 VS.東京代表⑥ 試合開始2分前
「うっ…………」
アイスを食べ終えたタイミングでさやかが上半身を抑える仕草をして、顔を真っ白にさせながら呻き声をあげた。
「えっ、本当に心臓に痛み?」
「いや、ちがう……」
千里が少し顔を青ざめながら言うが、新条は頭を抱えて呆れ顔でそれを否定した。
「お、お腹が痛くなってきましたの…………」
そう言って、さやかはよろよろしながら、おそらくはお花を摘みに向かった。少々、長い時間がかかりそうである。
もう、試合開始2分前の合図が出て、場にいる選手たちは各々が素振りを始め、バタンッ、バタンッと畳を叩く音が響き渡る。おそらく、試合開始には間に合いそうにない。
「そりゃ、朝からあれだけアイスばっか食べてたら、お腹壊すわよ…………」
結姫が引き気味の顔で言う。
いくら、外は真夏の猛暑とはいえ、中は空調も聞いて快適だ。かつ、さやかは実際に競技して体を動かしているわけでもない。必要以上に体を冷やしてしまったのだろう。
「まぁ、そう言うな。あの子は小さい頃から見ているが、あれでも中身はけっこうナイーブでな。それにこの大会の参加を見送ったのも父親の許可が得られなかったという理由から察することができると思うが、彼女の家柄や家庭環境は厳格でね。ストレスを常々感じるような日々を送っててもおかしくない。アイスをあれだけ食べるのも彼女の一種の処世術のようなものだろう」
「けっこう、家庭環境、複雑そうですね」
「あの人形と揶揄される振る舞いもそれに起因しているものだと俺は思っているが、まだ彼女もつい数か月前まで中学生だった少女だ。高校生になって、コミュニティが広がって、家庭以外でも居場所を見つけられるようになればいいのだがな。だからこそ、俺もこの大会には参加しなかったのは残念だと思っていた一方で、高校選手権には参加してくれたことはうれしいと思ったよ」
「…………でも、世界が広まろうと、狭かろうと、居場所なんて、自分で作るしかないものだと思っています」
新条の話を聞いた結姫が少し間を開けてから神妙な面持ちで言う。その言葉にはどこか実感がこもっていた。
「そうだな。君と四条の関係のように、石崎が目黒の心の拠り所になれればよかったんだが、彼では荷が重かったようだ」
「そりゃ、無理でしょうよ。四条くんとアレじゃ器が違いすぎますよ」
昨夜から、石崎に対して辛辣な言葉を並べる千里。この期に及んで、まだ名前を憶えていない。あるいはあえて、呼んでいないのか。
「そもそも、さやかちゃんの方が年下なのに、あんなにぺこぺこしちゃってさー。付き合い長いなら、まずは対等な関係築けって話ですよ~。ね、花山さん?」
「え、そこ、私に言われても…………人様の家庭の事情に首突っ込むのもどうかと思うし…………」
「俺も小さい頃にかるたを通して知っているというぐらいだからな。詳細までは知らないから、これ以上は深く踏み込まない方がいいだろう。ただ、彼女は自分の足りないところに気づけば、一時代を築く女流選手になるはずだ」
話の収集がつかなくなりそうだったところに新条は自ら話の腰を折って、話の焦点を変える。
「俺はもう最前線を退いてはいるが、本音を言うと、今でも名人位やタイトル戦を取れるぐらいの力はあるんじゃないかと思っている。そして、今、名人、クイーンともに第一線が入れ替わる時期で混迷期と言っていいだろう。その中でこの先、抜かれると思った選手は二人いる。一人はそこにいた目黒さやか、そして、もう一人は…………!」
そう言って、新条が階下の体育館スペースで軽く素振りをしつつ、暗記の仕上げに臨む光輝を視界に捉える。そして、暗記時間が終わり、運営から試合開始の合図が告げられると、場にいる選手が一斉に一礼。読手が序歌を詠み始めて、試合が始まった。




