お前ごときが花山結姫を語るんじゃねーよ①
他人のスマホを借りて、地図アプリを見ながら、飯を食いつつ、方向音痴な2つ年上の幼なじみの女子大生に道順を教えるとかいう骨の折れる作業を終えた光輝は大浴場でひとっ風呂浴びて、気持ちも体もさっぱりすることにした。
風呂から上がった後、今日もロビーのソファーに腰掛けて、飲み物を入れて一服しようとする。まだ飲酒ができない光輝は風呂上がりのビールの気分を味わおうと、今日は自販機で炭酸の栄養飲料を購入した。蓋の栓を開けようとした時だった。
「お前、大阪の四条光輝だな」
不意に男に声をかけられた光輝は蓋を開けようとしていた手を止め、その男の声の方へと振り向く。
「そうだが、そう言うあんたは東京の石崎、だっけ?」
「そうだ。そして、今日はお前にちょっと忠告をしておこうと思ってな」
この2日間、光輝に声をかけてきた人は目黒クイーンに勝った選手という物差しで見てきたり、友好的に接してくる者が多かったが、どうも石崎にはどちらの雰囲気も感じない。
「さやかさん、クイーンに一度、勝ったぐらいでいい気にならないことだ」
「別にいい気になんかなってねーよ」
少々どころか、かなり刺のある口調を光輝にぶつける。明らかに気に入らない様子だったのは表情を見ずとも感じ取れたので、ぶっきらぼうに返した。
「自分が一番、信じられないぐらいだし、もう一度、あの取りをしようと思ってもできないと思ってるからな」
光輝は手のひらを見つめて、母・月子が力を貸してくれたようなあたたかな感覚を思い出していた。だが、それを追い求めようとすると、自分の取りが崩れるような気がするため、その感覚を振り払うように首も振った。
「ふん、謙虚なことだな。だが、俺はお前がさやかさんに勝ったことは認めていない」
「いちいち、突っかかってきやがって、何が言いたいんだよ?」
石崎が自分自身を気に食わないのだろうという態度はひしひしと伝わっているのだが、その理由がわからない光輝も苛立っていた。
「あの1勝だけでお前がさやかさんよりも強いという空気になってるのが気に食わない」
「気が合うじゃねーか。俺もクイーンに勝って、周りがうるさいのが気に食わないんだよ。そもそも、あの1勝だけでクイーンよりも強いなんて、微塵も思ってねーよ。それはあんたが意識することでもないんじゃないのか? お前になんの関係があるんだよ」
「関係はある。俺は、さやかさんとは小さい頃から一緒に育ち、研鑽を積んできて、今がある。誰よりもさやかさんの力を認めているからこそ、クイーンにふさわしい強さを持っていると思っている。最年少タイのクイーンも驚きはない」
「そう思ってるなら、それでいいじゃねーか。俺に負けたぐらいでクイーンとしての価値が下がるわけでもないだろ?」
「いや、お前に負けてからというもの、周囲はお前をクイーンに勝った男というだけでもて囃し、さやかさんは不愛想で人形のような取りがおもしろみがない、クイーンらしい振る舞いじゃないという理不尽な批判を言われるようになった。さやかさんも最近はそれに悩んでいるようだ」
たしかに理不尽な理由ではある。そこはさやかには同情すると光輝も思った。




