総文祭2日目 予選リーグ第3試合 VS.山口代表④(暗記時間)
というわけで、それぞれ、試合が行われる観客席下の柔道畳が敷かれた体育館スペースに選手たちが集まった。大会役員によって、第三試合に出場する大阪代表と山口代表の選手たちが読み上げられる。
「大阪1番・四条君、山口1番・一色さん」
大会役員に呼ばれた光輝と千里が1番席にそれぞれ座る。光輝は観念したのか特にノーリアクションだったが、
「“待”ってたわァ! この瞬間をねェ!」
千里はなんか90年代ぐらいのヤンキー漫画のようなノリのリアクションをしてくる。オタク気質のある光輝はその元ネタが何かがわかるため、どういうノリで返すべきか悩んでしまい、スンとした顔になってしまう。
「しかも47都道府県あるのに予選リーグで四条くんのいる大阪代表に当たった! あたしの胸は高鳴ったね! まるで恋する女子高生のようだったわ!」
「お前、現役の女子高生じゃん」
これまた、元ネタがわかる光輝はスンとした顔で冷静に返した。ただ、千里は消化試合とか関係なく、この試合は本気で勝ちに来る模様であることは見て取れた。ちなみに他の組み合わせはこのようになっている。
1・主将 四条光輝(翔国③・A級四段)×主将 一色千里(桜光女学園③・A級五段)
2・副将 仙崎拓也(春日山③・B級三段)×副将 三奈木愛子(周英女子③・D級初段)
3・四将 渡辺亜美(金城大付属③・D級初段)×三将 兼重凛子(周英女子③・E級無段)
4・八将 才木恵(金城大付属①・D級初段)×四将 村重亜紀(周英女子③・E級無段)
5・六将 高山愛(桜花女子③・D級初段)×五将 桜井智子(周英女子③・E級無段)
山口代表は下級生のC級の選手が欠場したため、大阪代表は1番席以外は段位や級位で勝る組み合わせとなった。山口代表は周英女子がほとんどで、今後はここを中心に強化を図っていく方針のようだ。その中で急遽、参加を決めた千里の加入は大きかったようで、同年代のクイーン候補級の強さを目の当たりにできたことでモチベーションの向上に大いに役立った。
当の千里本人は指導や引っ張る意識は皆無だったが、A級トップクラスの反応や技術、取りや佇まいを見せるだけでも周英の女子たちは勝手についてきた結果、今では「千里様」と呼ばれるほど彼女は崇拝の対象にすらなっている。
「それでは15分の暗記時間に入ります!」
大会役員の一人がそのように言うと、光輝はいつも通り、手を後ろの方で突いて、リラックスした座り方をしつつ、並べられた50枚の札を俯瞰するように眺める。
ただ、畳に座る前の普段の姿とは違い、この時点で目つきが違う。人によってはこの鋭い眼光を放つ光輝の姿を見て、背筋をゾッとさせる者もいるのだが、向かいに座り、それを見ている千里は、
(あ~、この四条くんのスイッチが切り替わるように目つきが変わる瞬間が好きなのよね~!)
光輝の暗記時間の振る舞いを向かいの席から推すように悶えていた。
一方で千里もすぐに切り替え、ぺたん座りしながら、札を俯瞰するように眺めて暗記をこなしていく。
この辺の集中する時の思考のオンオフの切り替えはこの二人の似通った部分である。
そして、暗記時間が進み、2分前となり、「失礼します」と言って、千里が立ち上がる。
「準備はいい……?」
そう言って、首からぶらさげた胸元に忍ばせてあるアミュレットのペンダント部分をシャツの中から取り出し、握りしめ、目を閉じる。
「神よ、私に栄光を追い求める力と、敗北を受け入れる潔さを与えてください。そして、相手への敬意と、喜びを分かち合うことができますように。私の心と体をあなたに捧げます……」
そして、祈りの言葉をつぶやき、
「Amen」
最後に結びの言葉を発して、少し天を見上げるような角度でペンダント部分に口づけを交わすと、シャツの中にアミュレットを入れて、目を開けて、試合前のルーティンというか、一連の儀式が完了した。
その立ち姿はとても神々しかったのか、山口代表のメンバーはその千里の姿に見惚れていた。
光輝も同じくいつものルーティンをしようと立ち上がり、お守りを右手で握りしめ、心臓の位置あたりに持ってくる。というのも、総文祭では配布される専用のTシャツを着ないといけないため、いつものワイシャツが羽織れない。普段は胸ポケット越しに握るのをこの日は直接握ることにしている。ちなみに光輝は襟付きの長袖シャツじゃないとしっくりこないため、薄手のジャケットのようなものを羽織っている。
「大丈夫、味方だから大丈夫…………うん、よし、行ってきます」
母から贈られた言葉、試合前のやり取りを思い出すように言葉を紡ぐ。光輝もルーティンを終えると、「失礼しました」と言って、座り込み軽い素振りを始める。
ちなみに光輝は試合前のルーティンなので、1試合目も2試合目もやっていたが、千里はやっていなかったので、本気で臨むときのサインと受け取ってもよさそうだ。
(あいつ、上村と取ってた時、本気じゃなかったのかよ、恐ろしいな。だが、負けるつもりはない!)
(思い出づくりだけで終わらせない! 今日こそ、四条くんに勝って、あたしという存在を見せてあげる!)
他の山口代表のメンバーは思い出作りの消化試合という側面が強かったが、この二人の対決だけはそんな空気は微塵もない。今から、A級の決勝でも行われるかのようなバチバチとしたものが感じられた。
千里は最初に五段という設定をしたのですが、後で調べると選手権優勝1回という六段の昇段基準を満たしているようです。この方が強敵感があって、よかったかな~と後悔してます




