【閑話㉔】フィオナ過去編③:救済のログハウスと、溶け出した心
【閑話】フィオナ過去編の完結話をお届けします!
【閑話㉒】から続いたフィオナの過去エピソードもここでフィナーレ。絶望の果てにたどり着いたタクミのログハウスで、スリッパや緑茶、ソファといった「当たり前の温もり」に触れ、傷ついた心が救われて涙するエモーショナルな第1話裏側完結編です!
暗闇を押し戻すように広がっていたのは、奇跡のような無風と温もりの空間だった。
黒い雨も、毒の瘴気も、怪異の足音すら嘘のように遮断されている。
その中心にひっそりと佇んでいたのは、木の温もりに満ちた一軒のログハウスだった。
「……だ、誰か……いるのか……!?」
ガルドが息を荒らげながら大剣の柄に手を伸ばし、身を挺してフィオナをかばう。
だが、警戒する二人を余所に、カチャリと軽やかな音を立てて木製のドアが開いた。
『あ、大丈夫ですか? 怪我、すごく重そうですね』
そこに立っていたのは、禍々しい魔境の主でも、伝説の隠者でもない——どこか抜けたような、穏やかな笑みを浮かべた黒髪の青年、タクミだった。
呆然とする二人をよそに、タクミは二人をログハウスの中へと招き入れた。
足を踏み入れた瞬間、フィオナは息を呑んだ。
部屋全体を包み込む柔らかな木の香り。壁の隙間からそよぐ心地よい風。そして、冷え切った身体にじわりと沁み込んでくる、春のような暖かさ。
『はい、これ履いてください。足、痛かったでしょう』
差し出されたのは、何の変哲もないふかふかの『低反発スリッパ』だった。
傷だらけで血が滲む足を恐る恐る滑り込ませた瞬間、フィオナの全身を強い衝撃が貫いた。
(あ……あたたかい……柔らかい……)
破れた靴越しに地面の冷たさと痛みに耐え続けていた足裏を、吸い付くような優しいクッションが包み込んでいく。それだけで、背負っていた重圧がふっと軽くなるような感覚。
『立ちっぱなしも大変ですから、そこに座って待っててくださいね』
促されるまま腰掛けた『特製低反発ソファ』は、凍りついた身体を優しく抱き止めてくれた。
続いて手渡された湯呑みから立ち上る、芳醇で温かな緑茶の湯気。
一口含んだ瞬間、喉からお腹の底へ向けて、優しい温もりがじわじわと広がり、全身の恐怖と緊張を溶かしていく。
「あ……う……っ」
フィオナの目から、ぽろぽろと大粒の涙が溢れ出した。
政変の夜も、裏切られた時も、死の樹海で泥を這った時も、決して流さなかった涙。
「聖女」として完璧であることを求められ、絶望に身を晒されても耐え続けてきた感情の堤防が、この小さなログハウスと、目の前の青年がくれたあまりにも純粋な「温もり」によって決壊したのだ。
『ええっ!? ご、ゴメンナサイ! お茶、熱すぎましたか!?』
慌ててうろたえるタクミの姿を見て、ガルドもまた、手渡されたスリッパと緑茶を交互に見つめながら、毒気を抜かれたようにドカッとソファに背を預けた。
『……ハッ、アホらしいぜ。俺たちが命がけで戦ってきたのがバカらしくなるくらい……最高の場所じゃねえか』
フィオナは溢れる涙を拭いもせず、胸の前で深く手を合わせた。
(神様……古代の救済とは、秘宝や強力な魔法などではありませんでした……)
ここにいるのは、ただ『人が安心して過ごせるように』と心を込めて日常を作る、一人の心優しい青年。
この温もりに救われたあの日から、フィオナの新しい人生と、世界で一番温かい旅が始まったのだった。
【閑話㉔】までお読みいただきありがとうございました!
フィオナとガルドの過去を深く掘り下げることで、タクミの無自覚なDIYが彼らにとっていかに大きな「救い」であったかを改めて描くことができました。




