第43話:赤土の乾燥渓谷と、聖女のバーム
第43話をお読みいただきありがとうございます!
今回から新章「赤土の乾燥渓谷編」がスタートいたします!
湿原の次は、強烈な直射日光と超乾燥風が吹き荒れる過酷な断崖絶壁の世界。
過酷な環境で真っ先に活躍するのは、ヒーラーとしての知識を持つフィオナ! タクミとの見事なコラボDIYと、健気で可愛らしいヒロインイベントをお楽しみください!
湿地のぬかるみが嘘だったかのように、世界は突如として鋭利な赤と黄の色彩に塗り替えられた。
視界の果てまで広がるのは、見上げるような断崖絶壁と、真っ赤な岩肌。
頭上からは容赦ない太陽の熱線が降り注ぎ、谷底を吹き抜ける風は、皮膚の水分を一瞬で奪い去るほどカラカラに乾いていた。
「うぐぐ……! なんつう暑さと乾燥だ……! 湿地の泥沼も酷かったが、この干からびそうな風も勘弁願いたいぜ……!」
ガルドが額の汗を大塗りの手で拭うが、汗は肌を伝う前に干上がり、白い塩の粒へと変わっていく。
バアルも重厚な甲冑の隙間から熱気を吐き出し、険しい表情で首を振った。
「日差しもさることながら、この風だ。肌がひりひりと痛み、呼吸をするだけで喉の奥が焼き切れる感覚がするな」
タクミも【万能資材目録】の革袋を肩に掛け直し、乾いた唇を噛みしめた。
「想像以上の乾燥ですね……。ただ水を用意するだけじゃ、この直射日光と乾燥風で身体の水分が片端から奪われてしまいます」
その時――。
「タクミ様、少しお待ちください!」
一行の後方から、凛とした、しかし優しい声が響いた。
フィオナが崖の裾野に生える、赤紫色の不気味なトゲに覆われた多肉植物――『赤結晶サボテン』の前にしゃがみ込んでいる。
「フィオナ? そんな棘だらけのサボテンに何かあるのか?」
「はい、ガルド様。この植物は、この過酷な赤土のわずかな夜露を吸い上げ、強力な『保湿油分』として肉厚な葉に蓄える性質があります。……タクミ様! このサボテンの果肉から油分を抽出できれば、日焼けと乾燥を防ぐ保護バームが作れます!」
「サボテンの保湿成分……! なるほど、肌に保護膜を作れば水分の蒸散を防げるんだ!」
タクミはすぐに【万能資材目録】から熱に強い竹筒と圧搾ギアを取り出した。
「よし、サボテンを加熱して油分を精製しよう――」
「あ、待ってくださいタクミ様!」
フィオナがそっとタクミの手に自分の手を重ね、制した。柔らかい体温とハーブのほのかな香りが伝わり、タクミの心臓がトクンと跳ねる。
「このサボテンの有効有効成分は熱にとても弱いのです。加熱ではなく、冷圧搾で油分を絞り出し、そこに私が持っている薬草ミントの精油を混ぜ合わせてください。そうすれば冷却効果も加わります!」
「フィオナ……! 了解です、フィオナの指示通りに圧搾します!」
タクミの【極限加工】と、フィオナの植物・薬学知識が完璧に噛み合った。
竹製コールドプレス機から、鮮やかなエメラルドグリーンの、ひんやりと冷たい清涼感あふれる軟膏がトロリと搾り出されていく。
「できました! 『極冷アロマ保湿バーム』です!」
フィオナは完成したバームを手に取り、まずは作業で手を痛めていたタクミの前に立った。
「タクミ様、失礼しますね……」
「え、あ、自分で塗るよ?」
「駄目です。タクミ様はいつもご自分の身体のことを後回しにして、夢中でDIYをなさるのですから」
少しだけ眉をハの字にして、いたずらっぽく小悪魔的に微笑むフィオナ。
彼女の白く繊細な指先が、タクミの手の甲や頬、首筋へと優しく滑り、ひんやりとしたバームを丁寧に伸ばしていく。
――スーッ……。
「わ……! すごい、ひんやりして痛みが一瞬で消えていく……!」
「ふふ、良かったです。……たくみ様のお肌は、私がしっかり守っておきますからね?」
至近距離で見つめられるフィオナの潤んだ瞳と、柔らかい指の感触に、タクミは顔を真っ赤にして固まってしまった。
後ろで見ていたガルドが「へっ、ごちそうさまだぜ」とニヤニヤし、バアルも満足そうに頷いている。
バームを塗り終えた一行が再び歩みを進め、巨大な峡谷の裂け目へと差し掛かった時――。
「――ひゃっはーっ!! 崖の上からヘンな服着た奴らが降ってきたぞーっ!」
突如、頭上の断崖絶壁から、風を切る甲高い叫び声が響いた!
見上げれば、風を捕らえる翼のような布を背負った一人の少女が、鳥のように崖から崖へと旋回しながら飛んでくるではないか。
「なっ……!? 人間が空を……!?」
アルヴィスが驚愕で叫ぶ。
褐色肌に鮮やかなターコイズブルーの刺しゅう衣装を纏った少女は、見事な着地でタクミたちの目の前に舞い降りた。風になびく黒髪と、爛々と輝く野性味あふれる瞳。
「あたしは風谷族のスカウト、セナ! アンタたち、この乾いた谷に何の用……って、あれ? なんだかすごく良い匂いがする!」
少女――セナは、タクミに一気に顔を近づけると、鼻をヒクヒクと鳴らした。
「ふはーっ! 冷たくて清々しい匂い! アンタ、すごいもの持ってるじゃん! なになに、これどうやって作ったの!? ねぇ『たくみ』って言うの!? すごいよたくみ!」
距離感ゼロでタクミの手を握り締め、目を輝かせるセナ。
その瞬間――。
「……あの、セナさん?」
セナの後ろから、にっこりと微笑みながらもどこか絶対零度の気配を纏ったフィオナがそっと割り込んできた。
「たくみ様……あ、タクミ様は今、長旅でお疲れなのです。あまり急に抱きつかれますと、危険ですので……ね?」
すっとセナとタクミの間に立ち、やんわり(しかし確固たる圧で)二人を引き離すフィオナ。
「ふえ? お姉ちゃん、なんだか迫力ある……」
セナが気圧されたように目を丸くする中、赤土の乾燥渓谷での新たな出会いと開拓の幕が、静かに切って落とされたのだった。
第43話をお読みいただきありがとうございました!
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