第7話 ―流されゆくもの―
それは轟音のように大地を揺るがす響きだった。
何もかもを、今まで築き上げてきたものすべてを呑み込んだ。
家を
畑を
そして村や森さえも全て―――
「うわあああああん」
「ああ、ああ…俺達の家が、畑がぁ」
激しい雨に体を打ち付けられ、皆丘の上からその絶望を見下ろしていた。泣き喚く者、声を押し殺す者、膝から崩れ落ちる者。
長い日照りによってからからに乾いた大地に、今度は怒濤の嵐が吹き荒れ、村とその周辺一帯は大洪水に見舞われたのだ。
待ち望んだ恵みの雨が一変して人々に牙を向く。神がいるのなら、その御心はどれだけの試練を人に与えようというのだろうか。それとも悪の化身が人の苦しむ様を嘲笑おうとしているのか。度重なる苦難に、村の者達の精神力は限界へ達しようとしていた。
さすがの俺もこれには堪えた。家も、森も、あれだけ大量に作った蜂煎餅さえも、全てが濁流に消えたのだ。叫びたくても川の轟音がそれを掻き消して行く。
「・・・生きていればこそか」
俺はポケットの中から金貨を取りだし、まだ望みが消えてないと、自分に言い聞かせた。それに不幸中の幸いか、洪水による死者は一人も出なかった。村人全員が丘の上へ避難できたからだ。そして、降り続ける暗黒の雨の中、俺達はただひたすら、嵐が去るのを待つしかなかったのだ。
―――――――
翌朝、嵐は去り、吹き抜ける風が丘の上を通り抜けていく。辺りはすっかり静かで、心地の良い天気へと変わっていた。しかし、皆の心と体は疲弊していた。濡れた衣服も乾かぬまま、誰もが力なく座り込み、目の前に広がる惨状をただ呆然と眺めている。
そして昼を過ぎた頃、兄や村の中心にいる者達が集まり、今後をどうするのかを話し合う事になった。
意見は大きく二つに分かれる。
村そのものを諦め、新たな土地を目指すというもの。
一から村を立て直し、もう一度ここで暮らそうとするもの。
それから、話し合いは夜まで続いた。俺は復興をするのなら村はこの丘の上に立てるべきだという意見を出した。ここならば今後いかなる洪水が起きようとも流される心配は無いと思ったからだ。
その案に全員が賛同したが、そうなるとどうしても前の村のように大きな敷地は望めない。どちらにせよ村に残る者と出る者、それは各々が自由に決めて良い事になった。
ただし――村がある程度復興するまでは、村人全員で村作りに協力しようということになった。ここを離れる者も、残る者も、それまでは関係ない。まずは皆が暮らせる場所を作る。それだけは全員の共通した考えだった。
何故なら、ここが俺達の帰る場所、故郷だからだ。
復興作業は大変だったが、決して苦しいことばかりでもなかった。僅かばかりだが、国からの支援、そして周辺の村々からも食料や人手の助けを受け、新たな村の建設は順調に進んでいったのだ。
そして問題となったのが、新しい畑をどこに作るかということである。
その時、俺は大きな氾濫があった場合、上流から肥沃な泥が流れ込み、そこでは作物が豊かに実るという事をどこかで聞いたことを思い出した。そこで思い切って兄達に相談した所、やってみようという事になった。
「どのみち、家屋と畑は切り離さなきゃならんし、川の近くに畑を作るのも悪くない。なに、もし駄目だったとしても、別の場所を探せばいいだけだ」
そう言って兄達は軽く俺の肩を叩いた。この様子なら村作りもきっとうまく行くだろうと安心した。
――それから数カ月後
村は順調に回復しつつある。家屋の数は増え、丘の下には大きな畑が広がっている。川が氾濫したおかげで新たな小川もでき、長年の課題であった水不足も解消された。俺はその成り行きを見た時、改めて人は大地に生かされていると感じた。なんとも皮肉なものだ。
そうしているうちに一家、そしてまた一家が村に別れを告げ、旅立っていく。
餞別を渡し、そして何より復興に力を貸してくれたことへの感謝を伝えるため、村総出で一家の旅立ちを見送る。何があっても俺達は家族であり、そしてここは皆の故郷だという事を胸に刻むのだ。
そして――俺も村を出る事を決めた。
村の皆はありがたくも、村に残って前のように力を貸してほしいと言ってくれた。だが、これはあの時、金貨を握りしめた時に決めたことだった。独り身で肩身も狭い。なにより、俺には失うものがない。ここいらが潮時だと、肌で感じ取ったのだ。
そして、旅立ちの日――
兄達とその家族に別れを告げた。
「もう行くのか?」
俺は黙って頷き、生まれ育った村に別れを告げた。
「また帰ってこいよ!!ここはお前の故郷なんだからな!!」
「お前は村を救ってくれた英雄だ!!」
「元気にやりなよ!辛かったらいつでも帰ってくるんだよ!」
振り向くとそこには大勢の村人が、俺の門出を祝うかのように集まっていた。
例え二度と帰らぬ事になったとしても、俺には故郷がある。
俺は「さよなら」とは言わず、黙って手を振った。
また、戻ってくるさ。




