第6話 ―俺、二回目ー
数カ月後――
親父の埋葬は家族全員で行った。
家族全員で親父の棺に土を被せていく。
まだ幼い子供たち以外は全員泣いていたと思う。
そういえば、俺も昔はよく泣いていた。
涙が出るたびに、なんでこんなに悔しくて、悲しくて涙が止まらないのか、その理由をずっと探し続けていた。親父に打たれた時も泣き、兄弟喧嘩をした時だって泣いた。
・・・どうして俺は弱いのだろう。
どうして泣くのだろう。
結局、俺はその答えを探せなかった。いや、元々そんなもの、探しもしてなかったのだ。いつしか、理屈ではどうにもならないと誰かが言って、そういうものだと思うようにした。
さようなら、親父
―大凶作の訪れ
それから数日後、悲しみに暮れる暇もなく恐れていたことが起きた。凶作である。日照りが長く続いたせいで畑の作物の殆どが弱まり、そして枯れて行ったのである。
それはこの村だけの話ではない。噂によれば食べるものさえなく滅んだ村も出てき始めているという。間違いない、大凶作である。この村でも井戸は枯れ、食料は尽きかけようとしていた。
だが、この村は何とか持ちこたえることが出来た。
森が近くにあったおかげで水源はどうにか確保でき、食料は俺の作った大量の蜂煎餅によって何とか食いつなげている。あれだけ虫食を毛嫌いした皆がこうやって抵抗なく口にしているのは親父のおかげだ。親父がくすねたあの一枚の煎餅。あれを村の皆に触れ回っていたのだ。
おかげで俺は大忙しである。まだ大量にあるとはいえ、この凶作がいつまで続くか分からない。今のうちに作れるだけは作っておかないと、備蓄が切れてからでは遅い。
そして、今日も煎餅の香ばしい香りが白い煙となって立ち上がっている。そんな中、村に新たな問題が迫っていることに、俺はまだ気づいていなかったのだ。
―俺、処刑される
それは、重々しい銀色の甲冑を身に纏った騎士たちの一団だった。
村人たちは広場に集められ、全員がその場にひれ伏す。そしてそして二人の従者を伴い、その奥から美しい馬に跨った一人の青年がゆっくりと姿を現した。
年の頃は二十歳前後だろうか。重々しい銀色の甲冑を身に纏い、上品な金髪は貴族らしく短く整えられている。端正な顔立ちではあるものの、鼻の下には年齢に似つかわしくない立派なちょび髭を蓄えていた。
従者が大声で口上を述べる。聞けば、その男は領主様のご次男で、男爵様であらせられるらしい。
「貴様ら、一体何を隠して居る?正直に申せ」
馬上から村人達を見下ろしながら、唐突に言った。
皆、困惑する。この村に隠してある物など無いからだ。
「男爵様、そのようなもの、この村には・・・」
村を代表して兄が返事をしようとしたその言葉を遮り、その男爵様はまくし立てるように言い放つ。
「噓をつくな、ではここにも漂わせるこの香ばしい臭いは何だ!?周辺では噂になっておるぞ?この村の者は我が領に納める税を逃れ、この大飢饉の中のうのうと食にありつけているとな!!」
「そ、それは・・・」
兄は言葉に詰まる。俺は咄嗟に前へ出て、説明しようとした。
今にして思えば、もっと冷静になるべきだったのかもしれない。
「この匂いは、俺が虫の肉を加工して作っている保存食なんです。乾燥してますので日持ちもします、何でしたら男爵様も一枚・・・・」
そう言いかけたところで、俺は従者や取り巻きの騎士たちに体を押さえつけられた。
「貴様、ご子息様に向って何を訳の分からない事を・・・!」
「虫の肉をだと・・・気でも触れているのか!?」
「いや、これは本当に!」
「黙れ」
男爵は、羽交い絞めにされた俺を冷酷な目で見下ろしながら言った。
「何を言うかと思えば、赤子でさえ騙せないような嘘を言いよって、者共、そやつの首を即刻跳ねよ」
その命に従い、一人の騎士が剣を抜き、俺の首元に剣先を当てる。
本当に、こんな理由で処刑されるんだな。
俺はその時、妙に冷静に現実を見ていた。
理不尽極まりない、この世界。
でもまぁ、俺はよく頑張ったと思う。
願わくば、次こそはチートやハーレムのある世界に―――。
そう覚悟を決めた、その時だった。
「止めよ」
振り下ろされようとした剣を遮るように、もう一頭の馬が男爵の前へと進み出た。
馬上にいたのは、一人の女性だった。
年の頃は俺とそう変わらないように見える。身に纏っているのは、他の騎士たちと同じ銀色の甲冑。だが、その装いには男爵のような華美さはなく、無駄のない洗練された造りをしていた。栗色の髪は三つ編みに編み上げられ、後頭部でまとめられている。その結び目には、王家の紋章をあしらった髪飾りが一つだけ飾られていた。
その姿を目にした瞬間、男爵を始め、その場にいた者たちはすぐさま地面にひれ伏す。
「男爵殿、まずはその者が本当のことを申しているのか、この村に他の備蓄がないかを確かめるのが先ではないのか?」
「ですが殿下、こんな下賎の者の言葉など・・・」
「黙れ、それを信ずるか否かは、村を調査してからでも遅くは無かろう」
「はっ、では・・・」
そう言うと男爵は黙ってマントを翻し、手を挙げて皆に合図をする。
その合図で一斉に騎士団は村のあらゆる場所を荒々しく探し回って行く。
「ふぅ、助かったのか俺は……」
痛めた首元をさすりながら、俺はまるで独り言のように呟いた。九死に一生を得たというのに、心は驚くほど落ち着いていた。
そんな俺の背中を、誰かが軽く小突く。
振り返ると、馬上から伸びた甲冑のつま先が俺の背中に触れていた。
見上げると、何とも不機嫌そうな顔で、あの高貴な女性が俺を睨んでいる。
「おい、お前」
「はっ、なんなりと」
「顔を上げよ。仰々しい」
そこで俺は改めてその女性の顔を見る。
その目は冷たく、鋭い。まるでこちらの心の内まで見透かすような眼差し。女性は美しくも凛々しい顔立ちをしている。そのせいか少し苛立っているようにも見えた。
「何故、命乞いをしなかった」
「は?」
「なんだ、お前は死にたかったのか」
そう言うと、なんと姫は剣を抜き今にも俺を切り殺そうとするではないか!
「ちょ、ちょっとお待ちを!!いきなり何なんですか!?」
「お前がくだらぬ返事をするからだ」
そう言うと剣先を俺の鼻の前に突き刺し、再度聞き返してきた。
「なぜ命を乞わなかった?」
怖いわこの人、さっきの男爵よりヤバイ女じゃないか。ここは一言一句でも間違えたら本当に首が跳んでしまう。
「俺、二回目ですから」
「・・・何?」
「いえ、あのような状況でどう足掻こうが、俺には成す術などありませんから」
「あの、もしかしてそれを確認する為に俺を助けたんですか?」
「調子に乗るな。私がお前を助けたのは、それを確かめるためだ」
そう言うと女性は俺が手に持っている煎餅に剣先を向けた。
「お前、これをどうやって作った。言え」
そこから俺はその女性に隠す事無く、煎餅のレシピを教えた。
「ふむ、なるほどジャイアントビーの肉に、ジャイアントワームの油をな」
「はい、普段食べているものと違うものをあえて選ぶことでこういう状況になっても保管が利くという訳でございます」
「あい分かった。では私はこの事を国王陛下へ進言するとする。これはその褒美だ、受け取れ」
そう言うと女性は地面に金貨を一枚、ぼとんと落し騎士団の方へ戻って行った。拾ってみるとそれはずっしりと重い、それでいて間違いなく金貨である。というか金貨なんて初めて見た。それに国王陛下に進言??この方一体何者なんだ?もしかすると相当位の高い人かもしれない。
それからしばらくして、騎士団の連中は村を散々荒らした挙句、この村を去って行った。勿論、俺が作った煎餅以外に食べ物など出るはずもなく、男爵の目論見は見事に外れたわけだ。村を去る前に物凄い形相で俺を睨んでいたが、逆恨みもいいとこだ。願わくば領主様がこの虫煎餅の重要性に気づき、他の村々にも伝授させてこの凶作を乗り越えていければと願うばかりだ。
だが、その願いは、数日後に起きたある出来事をきっかけに、すべて無に帰すことになる。
あの日、俺は――村を出ることになったのだ。




