第5話 ―味は悪くない―
子供の頃、自分の両親がもしかしたら宇宙人なのではないか?と、本気で疑った事はないだろうか?この世界の母も親父も、最初は一体何を考えているのか分からなかった事を覚えている。
まず母だ。
貧しい農家を支えるしっかり者の母だが、子供達を叱りつけた事が一度もない。俺が食べられる野草を初めて母に教えた時だって、頭を撫でながら「お前は凄いね」と褒めてくれた。
逆に親父は、子供を褒めるなんて事はまずない。目が合えば、
「おい、仕事はどうした? またサボっていたのか?」
と、怒られる毎日だった。
まあ、実際にサボっていたのは事実なので、怒られて当然なのだが、その度に母が、
「ほらほら、もういいじゃないの~」
と止めに入り、親父は、
「お前がそんな調子だから……」
と続ける。
そこから夫婦喧嘩が始まる――かと思えば、始まらない。大抵は母の優しい雰囲気に流されるように、親父は黙ってしまうのだ。
親父は不器用で頑固で、素直に思った事を口に出来ない性格。
それに対して母は器用で素直。それでいて兄弟皆に優しかった。
今なら二人の性格も、夫婦としての関係もよく分かる。だが、子供だった俺には、この二人の凸凹っぷりがどうにも不思議だった。
母はあまりにも優しい。
親父はあまりにも不器用。
そして、そんな二人が妙に仲良く一緒にいる。
だから俺は最初、本気で思っていた。
――もしかして、あの二人の中には宇宙人が入っているんじゃないか、と。
あの頃の俺にとって、両親とはそれくらい不可思議な存在だったのである。
そして、そんな母が数年前に亡くなり、親父も大分丸くなったように見えた。
兄に農地を任せてからは、以前のように口うるさく怒鳴る事も少なくなった。畑に何かあった時だけ兄達に助言をし、それ以外は農具の手入れや、大事な家畜である牛の世話などを静かにしていた。
今にして思えば、貧しくも、幸せな日々だったと思う。
だが、食事だけは本当に貧相だった。生活はいつもぎりぎりで、食料の備蓄などほとんどない。食卓に並ぶのは、毎日のようにスープやお粥、それにずっしりと重みのあるパン。それでも食卓が暗くならずに済んだのは、母の手料理が美味しかったからだろう。
塩と少しの野菜にそら豆を入れて煮込み、そこへ少しだけ小麦を足して、とろみを付ける。そんな粗末なスープだったが、俺はそれが本当に大好物だった。味気のないパンも、そのスープを付けて食べれば、腹はすぐに膨れたものだ。
今では俺も、母に負けないぐらい美味しい虫料理を考えたというのに、この感動を誰とも共有できないのは少し悲しい。
「全く、畑も耕さないで何をしてるかと思えば・・・」
てっきりこっぴどく怒鳴られるかと思ったが、意外にも父の言葉は呆れかえっていた。
「それで、それは何だ?また虫なんて危ない物を食べているのか」
今親父にこれを説明した所できっと理解してくれるはずがない。普段ならそれで諦め、素直に親父の説教を受け入れるのだが、今日は何故か違った。
「これは、余った蜂の肉をせんべ……保存食に加工しているんだ」
口を滑らせた途端、俺はしまったと後悔する。親父から見れば、仕事をサボっている口実にしか聞こえないだろう。また怒りを買ってしまったと思ったからだ。
だが、今日の親父は違った。
「この山積みになっているやつがそうか・・・全く」
バリッ
そう言うと親父は上にあった煎餅を一つ取り、なんとそれを一口食べたのだ。
一瞬、沈黙が流れる。
「思えばお前はいつもそうだった、皆真面目に働いているのにお前だけは
いつも畑仕事を抜け出しては奇妙な事ばかり・・・」
「全く・・・まぁ味は悪くないがな、だがこんなものより畑を何とかする方が先だ、あと早く嫁を貰え、そうすればお前も落ち着く」
そう言って親父は煎餅を咥えながら家へと帰っていく。
その日は親父が俺の事を初めて認めてくれたような気がして嬉しかった。
だけど、同時にその背中は少し小さくなったような寂しさを感じたのだ。




