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第31話 ―新たなる仕組みへ―




王都商議会は、商業ギルドが所有する立派な会館で行われることになり、ナジーム爺さんとカリメア、そして俺の三位一体は、最後の議題を任されることになった。




それにしても、さすがに王国中の有力者達が集う場所というだけあって、空気が違う。俺もナジーム爺さんも、そういう礼儀や身だしなみには疎い方なので、礼服やちょっとした作法はカリメアから教えてもらったわけだが……まぁ、これが似合わないのなんのって。




服自体は悪くない。問題は、それを着ている俺達だ。どう取り繕ったところで、上から下まで完全に田舎者のそれである。



というか、こういう場所はさすがに少し緊張するなぁ。



「ふぉっふぉっふぉ……おしっこいくぞい」




おいおい、ナジーム爺さん、これでもう何度目だよ。いくら年寄りとはいえ、どんだけ頻尿なんだよ。心なしか、さっきから体も小刻みに震えている。爺さんもきっと緊張しているんだろう。



「アンタ…ちょっと…」




ナジーム爺さんがトイレへ向かったタイミングで、カリメアが俺に耳打ちをする。そして、ちょうど死角になっている場所へ俺を誘導するように体を動かした、その途端――。



「いいか、最初に言っておくが、とにかくダーリンの勢いに吞まれるな。気持ちをしっかり持て」



小声だが、しっかりと男モードに戻っている。どうやら本気で心配してくれているらしい。



「はい…ってか、その口調でもダーリンなんですね」



「当たり前だろ?俺はこれでもあの人を本気で愛しているんだぜ?」



完全に美しい淑女の姿であれば羨むべき言葉なのだが、いかんせん男声でそんなこと言われても…。



「具体的にどういう感じでくるか、分かります?」



「いや、でもダーリンの事だ絶対にダメ出ししてくるぜ、それも皆がお前の案に好感を持ってきたタイミングでな」



「うげぇ、一番最悪な展開じゃないですか・・・」



「あの人はそういう人なんだよ…でも、それを乗り切ればきっと認めてくれるはずさ」



「好きなんですね…」



「まぁな、周りから散々言われる人だけど、根は良い人なんだぜ?」



愛の形は人それぞれというヤツか…。


それからしばらくして―――。



「ナジーム・アル=ファリード殿、次の議題になりますので、そろそろ準備をお願いします」


「承りましたぞ」



・・・いよいよ、ここからが本番だ。




―商売はまったく甘くない



商議会場は、発議者を中心に、その周囲を商議会の皆様方が取り囲むような形で席が配置されている。進行役を務めるのは商議会長らしく、発議者と議会員の間に割って入るような位置に立ち、会議全体を取り仕切っていた。



「では、これより今議会最後の議題、紙の販売権について審議を行う。発議者、ナジーム・アル=ファリード殿。壇上へ。発議の内容を説明されよ」




とりあえず、冒頭はナジーム爺さんから始め、説明の流れで俺にバトンタッチするという形になっている。その際、俺はナジーム爺さんの秘書という肩書きを取り、カリメア嬢には必要な書類等を全員に配る役目を担ってもらう。



そんな訳で俺は、この国のトップに君臨するであろう財界の有力者たちを一瞥するのだが……探すまでもなく、一人だけ異彩を放っているヤバイ男にすぐ目がいく。



その体は巨漢という言葉が相応しい。だが、けっしてぶくぶくに太っている訳でもなく、どちらかといえば全身筋肉だるまのような出で立ち。


そして、どう転んでも貴族には見えない厳つい顔つき。おまけにその頭には、お気持ち程度にモーツァルトを連想させるようなかつら?を被っている。



そんな強烈な印象を放つその男こそ、まごうことなきホラレイゾン・シルパッテ・エモンズ卿、その人だろう。



確かに…あれを貴族と呼ぶには少々無理があるってもんだ。まぁ百歩譲って常に肉ばかり食っている暴食貴族だと思えば納得もしようもんだけど…。




「ふぉっふぉふぉ、お呼びに預かりました。ワシはナジーム・アル=ファリードと申す者でございます。」『ナジーム製の紙』と言えば皆様方にも少々覚えがあると存じます」



ナジーム爺さんはそう挨拶すると、議席から少しどよめきが起こった。



「今回は、今まで皆様方の間でも話に上がっていた紙の販売権を分配し、その権利を皆様方に買っていただきたく、馳せ参じた次第でございますじゃ」



続けてそう言うと、辺りが一斉に騒めき始める。



「では、ナジーム殿! いよいよ、その販売権をここで売るという訳ですな!?」


「ならば、善は急げである。我が商会こそ、その全権を購入するとしよう!」


「抜け駆けとは、なんと無礼な! それこそ交渉次第だろう!!」



「静粛に!! まだ発議者の話の途中である。議員は最後まで話を聞くように!」



さすがに紙の販売権となれば、皆も食いつきがいいな。


まぁ実際、かなりの売り上げになっているわけだし、当然っちゃ当然だけど。


「なお、この度の発議に際しましては、ワシ一人では説明の至らぬところもございますゆえ、こちらの者にも補佐を務めさせております」




そう言うと、ナジーム爺さんは俺に目で合図を送る。


さぁて、いよいよか……。



「えーっと、こんにちは。一応、ナジーム爺さんの秘書を務めておる者でございます。本日はどうかよろしくお願いします」



俺は口上を述べ、さらに全方位にしっかりと斜め45度のお辞儀をしまくる。これで掴みはバッチリのはず……。



しーーーん



……さっさと議題を説明しろってか。




「まず、皆様が最も気になっている、販売権についてご説明いたします……カリメアさん、これを…」


俺はカメリアに事前に用意してあった書類を配るようお願いする。


「あいよ……」



そして、カメリアがホラレイゾンに書類を渡す時、ホラレイゾンがカメリアに何か耳打ちしている様子が伺えた。周囲の目など気にする様子もなく、ああして親しげに言葉を交わしているということは、やはりそれなりに密接な関係なのだろう。



「ほぅ、これはまた立派な……。紙の裏にインクの滲みもない、素晴らしい印刷技術ですなぁ」



「お判りいただけましたか。実はこの用紙もさることながら、その印字も全てナジーム工房で作られた最新の印刷技術を用いているんですよ」



「では、いずれは……新聞などにも手をつけるおつもりか?」



「それは……既存の新聞社や王国報を無視はできません。どちらかと言うと我々としては、紙の製造や、それを印刷するところで利益を出したいと考えています」



それから俺は出資をする事を条件とした販売権の分配方法を説明する。とにかく、誰の目からも分かりやすく理解できるように、事前に黒板も用意し、図を描きながらどのように販売を分配するのか、そして具体的な数値なども示す。



「なるほどな、出資の額に応じて販売率も向上するとな」


「それで、そちらに支払う販売手数料とやらの割合は一律か、なかなか理に叶っておるわ」


「だが、製造や運営に携わる人選は能力のみで…うーむ、だがその能力はどうやって選ぶのだね?」



「それは、ある程度実務を経験させた者を対象に登用面接を実施しようと考えてます」



・・・今の所、感触は概ね好評のようだ。まぁ別に議題としては単純でここで挙げておきたい点は、販売権の分配とそれに伴う出資がメイン。こちらがその資本を元に巨大な経済圏やそれに続く第二の紙市場に対抗する防衛策を講じている事などまで話す必要はない。



―――そうやって議論は順調に進み、大方全員に理解が回った所で議会長が最終的な有無を決める決議を取ろうする。




「では、これより紙の販売権についての議題についての是非を…」




バンッ!!



バンバンバンッ!!!




ホラレイゾンが渡していた書類を台に強く叩きつける。




「ダメダメ、これせっかく良い案なのにさぁ、こんなお粗末な感じで終わらせたらダメだって」



なんともフランクに喋る男だな…まぁ、こっちはその方がありがたいけどさ。



「このさ~販売権を出資と交換ってこれ誰がどれだけ出すの?」



「それは…出資する額に応じて販売の規模も増えるという風に説明しましたが…」



「具体的には?」


「・・・へ?」



「だーかーらー!数字だよ数字、出資者がいくら出したらどれだけのマージンが得られるかって何も書いてないじゃない」



・・・そういう細かい所は、今後の出資する者との対応で決めるものだと思っていただけに…盲点だった。



「それは、出資額に応じて個別に決めようと思っていたので、具体的な数字は出してませんでした」



「いやそれは最初から出せよ。100万金貨出したらいくら分の販売権を得るとか、その規模はどこまでなのか、ある程度の地域で独占していいのか、もしくは競争していいのか、契約は何年までか」



うおおおおーーー‥‥さすがに商いでこの国のトップに君臨しているだけの事はあって、こちらの抜けてる部分を正確に突いてくる…。これは、冷や汗ダラダラの状態でみぞおちにボディブローを食らった程に苦しい。



「はぁ…仰る通りだと思います」



「あとさ~お前らそもそも、紙が売れまくっているこのタイミングで来た訳だろ?じゃあ今後紙が売れなくなったらどうする?出資した額は全額返金できるのか?」



「それは…すみません。それに関しても取り決めをしておりませんでした」



「ふぉっふぉっふぉ、ホラレイゾン殿。それに関しましては今年の売り上げを見ても分かる通り、右肩上がりから今後は概ね横ばいになる見立て。品質も今以上に研究し、量産性も高めます故、問題無いと…」




「じゃあ、逆にさ、売れ過ぎたらどうするんだ?」



「ふぉっふぉっふ……へ?」



「は?‥‥お前らばかじゃねぇの?売れ過ぎたら普通価格が暴落したりするよね?その場合のセーフティーガードはしっかりと用意してあるかって聞いてるの!!」



「・・・・・・・・・考えておりませんでしたぞい」



うわぁぁ…ナジーム爺の援護射撃もあえなく撃沈するとは!!というか、もうこれぐらいで良いだろう?こっちのHPはもうゼロよ!!!



「あとさー…この製造権を一元管理って具体的にどうするの?」


「それは…安易に技術が漏れないようにこちらで管理を徹底するという意味ですが」



「んで、それをどうやって守るの?」



「それについては完全に流用を防ぐ手立てはないと考えています。ですが、今働いている職人をしっかりと優遇させ、信頼を築いた上で約束を守らせるつもりです」



「ふぅん、まぁいいや。つまり、それでも裏切った誰かが勝手に商会を立ち上げて対抗した場合や、裏で誰かがそれを支援した場合の対抗策も特に考えてないというわけか」



「いえ、そもそも出資を募っているのはその流用防止の観念からでもありまして・・・」



「へぇ?」



「出資を巨大化する事によって他では到底真似できない規模にまで紙市場を独占していくつもりです」



「その前に真似されたら?圧倒的な資本になる前に新たに紙を売る商会が出来たらどうする?」



え‥‥?


まさか、これも突っ込まれるのか?


ここは絶対に納得してくれる自信があっただけに、俺の頭の中は真っ白になってしまった。




「それは…その時点で戦うほか…」



「そうだよなぁ、いくら金を集めたってその間を敵が指くわえて待ってるなんて都合が良すぎだわ。生き馬の目を抜くぐらいの直観力と判断力がなきゃ、どこで誰が何をしてるかも分からず後手に回るに決まってるぞ」



「・・・ごもっともでございます」



ぎょええええええ!!!


もうこれ以上はやめてくれぇええ!!!


胃がちぎれちゃうよおおおお!!!!



「んで、これは最後になるけど。そもそもお前は紙をどう見てるんだ?」



「・・・と、言いますと?」



「今後、紙市場はどれだけ伸びるかって聞いてるんだけど」



「そ、そりゃもう!ものすんごい伸びますって!!ねぇナジーム爺?」


「・・・・・・いや、実はワシもどこまで伸びるかは分からん」



小声でナジーム爺が返してきたので、小さくずっこけそうになる。あんだけ豪語してたくせに!!!最もそれは俺もなんだけど。



「紙は、紙はですね!これからかなり伸びますよ!!まず本の需要が恐ろしく向上します!」



「・・・本はそこまで増えなくてもいいだろ、読めるやつがそこまでいないし」


「・・・重要な記録を残す物としてももう既に効果は出てきています!」



「重要度で決めるなら、さらに貴重な羊皮紙でもいいだろ」



マ”ーーーーーーーーーーーー!!!



こうなったら一切合切なりふり構わずだ!!



「紙は情報を制しますよ!とくに新聞の発行数が倍増するのは庶民にも平たく情報が回る事を意味しています。あとは手紙などの通達性も各段に上り、遠方での情報交換も各段に上りましょう!」




後は…後は、なんだ?


ホラレイゾンは耳を穿りながら俺の話を適当に聞き流している。


クソ…あのふてぶてしい態度に一撃決める方法は…。



「・・・ま、漫画です!!!」



「・・・は? まんが・・・?なんだそりゃ?」



「えっと……漫画というのは、従来の絵をもっとコミカルにして、面白おかしくした……いや、違うな」



俺は頭を掻く。



「簡単に言えば、一枚の絵だけで何かを伝えるんじゃなくて、何枚もの絵を順番に並べて、一つの物語として読ませるんです」


「絵を、順番に?」



「そうです。例えば……」



俺は黒板へ向かい、簡単な絵を描いていく。



「ここに剣を持った男がいる。そして次の絵で、魔物と向かい合う。そして、その次で剣を振る。さらにその次で魔物を倒す」



「ふむ……」



「これを順番に見せることで、文章を大量に読まなくても、その男が何をしているのか、何が起こったのかを理解できるんです」



「なるほど……絵物語のようなものか」



「近いです。ただ、もっと娯楽として楽しめるようにするんです」



「娯楽?」



「ええ。笑える話でもいい。冒険でもいい。恋愛でもいい。怖い話でもいい。読者が『次はどうなるんだ?』と思って、続きを読みたくなるような物語を、絵と文章を組み合わせて作るんです」



俺はそこで一度言葉を切った。



「そして重要なのは……これを安い紙に印刷して、大量に売ることです」



ホラレイゾンの手が止まった。



「……ほぅ」



「まぁ、そういう娯楽が流行れば文字が読めない奴でもそれを買おうとするだろうし、台詞なんかを織り交ぜれば自然と文字も覚える…」



よっし!!本当に思い付きで言っちゃったけどなんかうまくいきそうだ!



「それで、その漫画ってのは誰が描くの?」




・・・・・・・




「・・・まぁ、そんな感じでこいつらの考えてるやり方って俺から言わせれば詰も甘いし穴だらけ。数字もないわ、権利の守り方も曖昧だわ、販売網の設計も甘い。市場予測だって今が売れてるから今度も売れているだろうって憶測にすぎん」



「特に数字だよ、す・う・じ。今俺が挙げた要点もそうだが、さらに追加で紙一枚単位の単価に輸送費、さらに不良が出た場合の補填、一カ月でどれだけの生産量が今現在あるのかもしっかり数字にしてまた再度出直してきてよ」



「他(・)の(・)議員の皆さんもそこまですれば納得せざるを得ない。そうですよね?」



ホラレイゾンがそう叫ぶと全員が顔を見合わせる。



「ホラレイゾン殿がそう言われるのなら…」


「た、確かに、我々も少し軽率になりすぎてたようですな」



「で、ではホラレイゾン殿、これより決議を取らせて頂いても?」




「どうぞどうぞ、ちなみに俺は否決で」




・・・・・・結局、決議の結果、俺達の議題は万場一致で否決が決定した。






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